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特集:あの夏があったから2023~甲子園の記憶

青山学院大・谷口勇人 高校最後の夏のような東都の雰囲気、実力あふれる選手にもまれ

1年春の春季リーグから出場機会を得ている大阪桐蔭の谷口(撮影・佐伯航平)

3度目の甲子園春夏連覇を目指した昨夏の大阪桐蔭。1年間、すべての大会で強さを見せつけてきたが、なかでも春の選抜高校野球大会での勝ちっぷりは圧巻だった。初戦の徳島・鳴門戦こそ3-1の競り合いだったが、2回戦は相手の広島商が新型コロナウイルスの陽性者が複数出たために試合を辞退。大阪桐蔭は不戦勝でベスト8に進出すると、以降3試合はすべてで2桁得点を挙げ、4年ぶり4度目の優勝を果たした。打線は大会新記録の11本塁打。その中でチームトップの打率6割を残し、決勝戦の満塁アーチを含む2本塁打を打ったのが「強打の2番打者」谷口勇人だった。

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監督からいつも言われていた「最初は常に五分五分」

谷口は自分の代のチームで戦った甲子園、春夏計8試合の中で、一番心に残る試合を尋ねられると、大活躍した春ではなく、唯一の敗戦となった夏の準々決勝、山口・下関国際との一戦を挙げた。

「春の選抜はお客さんが入ってはいたけど、制限があった中での開催でした。夏はそういったものがなくなって、自分たちが小さい頃から見てきた憧れの甲子園の風景の中でプレーできた。それ自体はすごく良い経験をさせてもらったと思っているんですが、ちょっと複雑な気持ちもあって」

スタンドを埋めた3万4000人の大観衆が、すべて敵になったかのように、大阪桐蔭の選手たちの心に重くのしかかった時間帯があった。

1点リードの九回表の守備。1死二、三塁のピンチを迎えた。スタンドのボルテージが上がり異様な雰囲気に包まれ始める。大阪桐蔭の選手たちには、みんなが下関国際の逆転を期待しているかのようにも感じられた。相手4番打者の賀谷勇斗(現・城西大1年)の高く弾んだ打球がセンター前に抜けると、2人の走者が生還。土壇場での逆転劇に対し、裏の大阪桐蔭の攻撃は三者凡退。春夏連覇はならなかった。

「逆転された瞬間の、あの場面が、今も目に焼き付いていて、鮮明に覚えているんです。球場全体がもう完全なアウェーで、ほんまに何て表現したらいいのか……。今でも思い出すと苦しい気持ちになるんです」と谷口は当時の心境を打ち明ける。

下関国際戦ではレフト前にタイムリーを放った(撮影・西畑志朗)

春王者の大阪桐蔭に油断があったのか? 谷口はきっぱりと否定した。

「試合というのは相手がいるもので、西谷(浩一)先生からも『(試合の)最初は常に五分五分なんや』ということをいつも言われていました。だからあの試合も、相手を甘く見る気持ちは全くなく、いつも通り自分たちの野球をしていこうとみんなで言い合っていました。それがああいう結果になってしまったんですけど、悔いが残るとか、甲子園が嫌な記憶とか、そういうことではないんです。負けたけど、子供の頃から憧れた舞台ですから、あの場所で野球がやれたことは大きな経験だし、成長させてくれる場所でした。でも、そこで勝つことの難しさとか、まだ足りないんだなという、課題のようなものを突きつけられた感じですかね」

中学時代からのチームメート・松尾汐恩に刺激

プロを目指す者も多い大阪桐蔭の選手たちにとって甲子園はある意味、自分の成長を見せる発表会だ。個人のパフォーマンスをチームの勝利につなげることが大阪桐蔭に求められる厳しさであり、強さの理由でもある。

「プレッシャーは無意識のうちに感じていたかもしれません。甲子園だけでなく、練習のときからよく取材の方が来られていて、いつも誰かに見られながら練習や試合をするという環境でした。でも逆に『それはすごく大事なことだ』とコーチの方からも言われていました。だから、それに対する緊張やプレッシャーが、試合でマイナスに作用するのではなく、むしろ力に変えられるような選手の集まりだったはずです」

3年春の選抜高校野球大会では打率6割をマーク(撮影・金居達朗)

見られているいないにかかわらず、当然ながら、どの選手も合格点のラインが高くなってくる。たとえば試合で5打数1安打でも、その1本が試合を決めるような場面での会心の一打であれば、自分の中では納得できるかもしれない。でも、誰もがその試合を詳しく見ているわけではない。「1本しか打てなかった」という見方をする人もいる。3本打っても、「長打がなかった」と言われるかもしれない。強いチームであるがゆえに、彼らはそんな1年間を過ごしてきた。

「そういうチームだからこそ、成長できたのは間違いないんで。僕は周りから刺激をもらっていました。たとえば中学時代から同じチーム(京田辺ボーイズ)でプレーしていた松尾(汐恩、現・横浜DeNAベイスターズ)がいて、あいつがホームランを結構打っていて、近くにいてすごく成長を感じるんです。自分よりも体がちっちゃかった松尾が、どんどんすごい選手になっていく。いつも『追いつきたい、負けたくない』と思っていたし、試合の中でも、自分が打てなくても、松尾だけじゃなく、誰かが打ってくれるという信頼感もありました」

ドラフト1位で横浜DeNAベイスターズに入団した松尾(撮影・山口史朗)

いつか松尾と同じ舞台で

青山学院大への進学は、選抜高校野球大会の後、グラウンドを訪れた安藤監督に、「ぜひ、うちに来てほしい」と声をかけられたのがきっかけだ。

「青学って、どちらかというと陸上(駅伝)のイメージが強かったんですけど、最近で言ったら、吉田正尚さん(現・レッドソックス)みたいな憧れる先輩もいますから、安藤監督に声をかけていただいたときには、すごくうれしくて、他と迷うこともなく決めました」

大学のトップチームでは珍しい青山学院大の少人数スタイルを聞き、そこにも魅力を感じた。「部員数が少なく、自主練習が豊富にできる環境というのが良いと思いました。たしかに高校時代と比べると、全体でやる練習が少ないですが、その分、やろうと思えばいくらでも自分で練習できますから」と言う。

子どもの頃から松尾に対しライバル意識を持ってきた。その松尾が高卒でプロに行くという。自分も同じようにしたい気持ちはあったが、1位指名確実の松尾に対して、現状で自分はそこまでの評価がない。プロに行くなら、同じように高い評価をされる選手になりたい。そのためにはもっと力を付けたい。「大学で4年間やって、それでも力が足りなければ社会人に行って、とにかくいつかプロで、松尾と同じ舞台で野球がやりたい」という強い気持ちがある。

全体練習は短い分「やろうと思えばいくらでも自分で練習できる」(撮影・佐伯航平)

大学初安打が代打ホームラン

早々にオープン戦で結果を残し、春季リーグ戦は開幕戦で「8番・ライト」としてスタメンデビューを果たした。しかし「レギュラーを取ったつもりだったのですが、甘かったです」と苦笑する。4試合無安打が続き、5試合目でスタメンを外れた。「悔しかった」と谷口。自分の代打で打席に立った大阪桐蔭のチームメート星子天真が初ヒットを記録したのも、焦りに拍車を掛けた。

「リーグ戦が始まってみると、高校野球の最後の夏の大会かのような、最初の試合から雰囲気がすごいんです。1試合ノーヒットなだけで、ずっと打ててないような圧というか、やばいなという気持ちになりました」

そこで踏ん張れた。初めてスタメンを外された試合で、終盤に代打で起用され打席に立つと、ライトスタンドにホームランをたたき込んだ。2ボールと待ちのカウントだったが、「打ちにいくことしか考えていなかった」と振り返る。そこにストレートが来て、しっかりとらえることができた。派手な大学初安打に「安心しました」と表情を崩す。

大学初安打はライトスタンドに飛び込む代打ホームラン(撮影・佐伯航平)

東都1部の各チームにいるプロ注目の好投手との対戦も経験した。「高校生の140キロと、大学生の140キロはボールの質が全然違いますね」と言う。「勝負する以上、名前で負けないようにという気持ちはありました。まだ本当の技術がついてきていないという感覚もありますけど、これからしっかり練習していけば、もう少し結果も出せるのではという自信もあります」

大学選手権でのスタメン出場はかなわなかった。何度か代打の指示が出て、ネクストバッターズサークルで待っていたが、打順が回らずに終わった。「1打席でも打ちたかったですよ」と谷口は悔しそうに言う。

「リーグ戦で苦労していても、大学選手権になってしっかり結果を出される先輩を見ていると、やっぱりすごいなと思いますよね。果たして自分にそれができたかどうか。自分をしっかり見つめ直す、良い機会になりました。最後の方は試合に全く出られなかったですけど、チームが日本一になって、1人の選手としてはすごく良いスタートが切れたというふうに思っています」

レフトへの長打が成長のバロメーター

また近くに星子がいることで、精神的な面だけでなく、技術的にも良い影響があるという。

「(高校で)3年間一緒にやってきて、自分のバッティングを知っていますから、崩れたときには言ってもらえる。あいつは高校時代もキャプテンをやっていて、ダメなものはダメとはっきり言うヤツでしたし。励みにも、刺激にもなります。2人で切磋琢磨(せっさたくま)していけたら」

高校時代のチームメート・星子(左)の存在は励みにも刺激にもなる(撮影・矢崎良一)

現在、青山学院大の外野は、センターに主将の中島大輔(4年、龍谷大平安)と、レフトには大学日本代表の4番打者・西川史礁(3年、龍谷大平安)がいる。残るライトのポジションも、高校時代から実績のある選手たちがひしめきあっている。谷口は「僕の場合は、バッティングで認めてもらうしかないと思います」と言う。

「甲子園でホームランを打ったといっても、もともと僕は狙ってホームランを打てるようなタイプの選手じゃないんで。どちらかというと率をしっかり残して、良い形で打てたら長打、ホームランになるというイメージが強いんです。逆方向(レフト)への打球が多いのも、決して狙って打っているのではなく、ボールをとらえるポイントで自然にそっちに飛んでいく感じです。ホームランもほとんど逆方向でしたから。プロでもしっかり逆方向に打てる選手が活躍できている印象があるので、そこは目指していきたいところですね」

この秋はレフトに長打が出るかが、谷口の成長のバロメーターになりそうだ。

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