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仙台大学・渡邉一生(下)ケガを機に「球速にこだわらない」最速151キロ左腕へ変貌

飛躍の要因には球速に対する考え方の変化があった(すべて撮影・川浪康太郎)

来秋のドラフト候補に挙がる仙台大学の最速151キロ左腕・渡邉一生(3年、日本航空/BBCスカイホークス)。大きな飛躍を遂げている今春は150キロ台の速球を連発しているが、本人が「球速にこだわるのをやめて、『スピードが出てしまった』くらいの感覚で投げている」と話すように、その投球スタイルは大きく変化した。1年時は「160キロを投げたい」と意気込んでいた渡邉は、どんなプロセスを踏んで〝新投法〟にたどり着いたのか。後編では、大学入学後の試行錯誤の日々を探った。

仙台大学・渡邉一生(上)クラブチームから進学した左腕が〝ロマン枠〟を脱却するまで

打撃投手を務めて心得た「力感のないフォーム」

昨冬から今春にかけて重点的に取り組んだのが、投球フォームの改善だ。渡邉は「去年までは『150キロが来るな』というフォームで150キロを投げていて、威力はあったけどそれではダメだと思った。今年は『140~145キロくらいが来るな』という力感のないフォームで150キロを投げることを目指してきました」と狙いを明かす。さらにチェンジアップやカーブなどの変化球を磨いたことで、直球だけに頼らない投球を組み立てられるようになった。

1年時は球速にこだわって直球を全力で投げるスタイルだった。自慢の速球を武器に早い段階から登板機会を得たものの、1年冬に肩とひじを故障。しばらく投げられない時期が続き、その間は体への負担を減らしてケガをしないための方法をひたすら模索した。

きっかけをつかんだのは、ケガが治った直後に打撃投手として帯同した昨年の全日本大学野球選手権(以下・大学選手権)の期間だ。チームが2勝を挙げて準々決勝まで駒を進める中、渡邉は毎日、打者に向かってボールを投げた。「思い切り投げるだけだと何日間も連続で投げられないし、ケガをしてしまう。そこで変化球を使ったり、力を抜いて投げたりすることを覚えると、体に負荷をかけずに連投することができたんです」。長いトンネルを抜け、光が見えてきた。

ケガをきっかけに投球フォームの改善に励んだ

「投げたい」気持ちを抑え、ケガと向き合った1年間

一方、気持ちの面では焦りが出始めていた。大学選手権では試合が始まるとスタンドに移動して応援に徹したが、当時1年生の佐藤幻瑛(2年、柏木農業)や同学年の樫本旺亮(3年、淡路三原)が好投する姿を目の当たりにして悔しさが募った。渡邉は「もちろん応援しているし、口では『ナイスピッチ』と言っているんですけど、自分の中では悔しい思いが強かったです」と振り返る。

特に、1年時からしのぎを削ってきた同じ左腕の樫本の活躍には大きな刺激を受けた。「正直、あいつがすごいのは自分が一番分かっています。でも、もともと球速帯も自分の方が速かったのに、全国であれだけの投球をしているのを目の前で見て、どんどん差がついていく気がして……」。ライバルの背中が遠のくにつれ、「自分も投げたい」欲が増していった。

仙台大学・樫本旺亮 チームを救う変則左腕が生み出した、サイドとオーバーの投げ分け
渡邉がライバルにしている同学年で同じ左腕の樫本旺亮

夏に実戦復帰を果たしたが、焦りが悪い方向に働いた。大学選手権の際にコツをつかんだはずの投球術を発揮できずに力を入れて投げてしまい、またしても痛みを発症。悪循環に陥った。

結局、2年時は公式戦で登板なし。悔いは残ったが、投げたい気持ちを押し殺し、時間をかけてケガと向き合ったことが、結果的に今春の飛躍につながった。支えになったのは周囲からかけられた言葉だ。坪井俊樹コーチからは「ここで投げたらまたケガを繰り返してしまう」と念を押され、ジャクソン海(現・日本通運)ら先輩投手からは「お前は焦らずにケガなくやればプロにいけるんだから」と励まされた。ケガを完治させるだけでなく、ケガをしないための投球スタイルを確立し、大学3年目に臨んだ。

インスタグラム投稿で「見られる意識」向上

1年時と比較すると、制球力も格段に向上した。渡邉は「人に見られる意識が強くなったから」だと分析する。

昨年は「野球ノート」を書いて「師匠」である川和田悠太(現・三菱重工East)に提出し、助言を受けることを日課にしていた。今年の3月からは「ペンを持って書くのは面倒になるけど、スマホなら必ず手に取る」との考えでインスタグラムに移行。投球練習を終えた直後などに投球の動画と気づきをまとめたコメントを投稿するようになってから、より頭の中を整理できるようになった。

インスタグラムで自らの気づきを投稿し、脳内を整理している

今でも時折、投稿を見た川和田から電話で助言を受けている。また投稿した際にSNS上で質問が飛んでくることもあり、質問に答える中で新たな気づきを得る機会も増えた。現在のフォロワーは約2万人。筆者は、関西の強豪高校でエースを務める女子選手が渡邉の投稿を参考にしていると耳にしたことがある。渡邉の取り組みは、それほど多くの野球人の目に触れている。

「変化」を与えてくれた仲間に野球で恩返しを

強豪高校から通信制高校に転校し、クラブチームを経て仙台大に進学。大学では数々の出会いがあった。ライバルや仲間ができたからこそ挫折を味わい、それを乗り越えて大きく成長した。

「ここで出会えた仲間たちや指導者に恩返しがしたい。自分は野球でしか恩返しができないので」。大学野球生活は折り返し地点を迎えたばかり。新・渡邉一生の物語はまだ序章に過ぎない。

大学で数々の仲間と出会えたからこそ、成長につなげられた

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