勝ち点5「完全優勝」の早稲田大学 原動力は守備、当たり前の「球際」を広げた猛練習
東京六大学の春季リーグ戦は早稲田大学が勝ち点5を挙げる「完全優勝」で、リーグ単独最多となる47度目の覇者になった。リーグ優勝の原動力になったのはディフェンス力。守備で「球際」を拡大するための猛練習が、勝利への執念を育んだ。
伊藤樹、伝統のエース番号を背負う重み
早稲田大学が優勝まであと1勝に迫った早慶2回戦。雨中の激闘になった中、早大打線が19安打12得点と爆発した。初の首位打者に輝いた尾瀬雄大(3年、帝京)と、小澤周平(3年、健大高崎)はともに、本塁打を含む4安打3打点をマークした。
シーズンを通しても、チーム打率はリーグトップの3割4厘。早大はよく打った。打率トップテンには尾瀬をはじめ、主将・印出太一(4年、中京大中京)、山縣秀(4年、早大学院)、そして小澤の4人が名を連ねた。
だが、2019年からチームを率いる小宮山悟監督はこう言った。
「ディフェンス力で、守りで勝ち取った優勝だと思います」
早大の失点はリーグ最少の19で、失策数もリーグ最少タイの4。チーム防御率はリーグ1位の1.57だった。投手を中心とする守りで作ったリズムが、打線のつながりを生んだのだろう。
ディフェンス面で中心になったのが、エースの伊藤樹(3年、仙台育英)、捕手の印出、遊撃の山縣、中堅の尾瀬の4人だ。いずれも春のベストナインに選出された4人(印出は2回目、他の3人は初)が形成する「センターライン」は強力だった。
今春から早大のエース番号「11」を付けた伊藤樹は、重みのある番号を背負うにふさわしい存在に成長した。ターニングポイントになったのが、明治大学3回戦だ。延長11回、147球を投げ抜いて、リーグ戦初完封。21年秋以来となる明大戦での勝ち点奪取に貢献した。
試合後の会見で小宮山監督は「130球を超えてたら交代させるつもりだった」と明かしたが、伊藤樹の「延長12回に突入しても投げるつもりでした」という言葉ににんまり。「背番号がそういう意識にさせたのかな」と、明大戦で初完封を遂げたエースをねぎらった。
小宮山監督はここ2年間、壁になっていた明大戦で勝ち点を取ることを大きな目標としていた。「この試合(明大3回戦)に勝つために(春の練習を)やってきた」。重要視していた試合でエースが躍動。早大は3カード目にして、一気に上昇気流に乗った。
リーグ最多タイの3勝を挙げた伊藤樹は今春、持ち味のコントロールが進化。印出の配球通りに投げることを基本にしながらも、時にマウンドから打者の雰囲気を察知し、直感で自分が意図するコースに投げ込んだ。聞けば、高校時代から「打者を見ながら投げていた」という。それができるのは「ここなら」というところに投げ切る自信があるからだ。
扇の要と打線の中心を両立させた印出太一
四つ目の勝ち点を挙げ、優勝に大きく前進した法政大学との2回戦の後。印出は疲労困憊(こんぱい)の様子で会見場に現れた。この試合、宮城誇南(2年、浦和学院)と安田虎汰郎(1年、日大三)による下級生リレーで、法大打線を完封した。捕手からすれば会心の展開だったが、苦心のリードだったようだ。
特に頭を使ったのが、2点リードで迎えた九回だったという。相手の先頭は2番打者からで、一発があるクリーンアップが控えている。それまでの自己最長が1イニングだった安田は、この回が3イニング目。「初見では打つのが難しい」と他校の監督に言わしめたチェンジアップを主体に、2回を無失点に抑えていたが、九回は2巡目にも回る。小宮山監督は先頭を四球で出したところで継投を考えたようだが、印出は安田を信じた。安田のチェンジアップをスタンドまで運ぶのは難しい、と。
大学最初のシーズンで2勝をマークした安田は、印出のミットを目がけて右腕を振り、後続を抑えた。
下級生投手をリードして、完封試合を演出した印出はこの試合で、打っても2打点。チームの全得点をたたき出し、4番打者の役割を果たした。疲労困憊だったのは、捕手としても打者としても、持てる力を出し切ったからだろう。
「扇の要」で打線の中心。練習で捕手と打者の時間の割合をどうしているかと尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「どうしてもブルペンにいる時間が長くなりますが、4番を打っている責任もあるので、時間は半々になるようにしてます」
印出は今季、リーグ最多の17打点をマーク。守備と攻撃、二つの大役を両立させた。
山縣秀、ウェートに力を入れ送球安定
小宮山監督は「守りはできて当たり前」と考える。さらに「捕れる打球が捕れるのも当たり前」とも。沖縄県浦添市で行われた春季キャンプでは、捕れる範囲を広げようと厳しい守備練習が展開された。ノッカー1人に対して守る側も1人の特守では、小宮山監督もノックバットを振った。
名手・山縣もユニホームを泥だらけにしてボールを追った。あと1cmでもいいから、打球を処理できる限界地点を伸ばしたい。その姿勢は他の選手の手本になったという。
山縣はショートでは珍しく、大きめのグラブを使っている。「大きければ、それだけ打球が入るからです」。一方でポケットは浅い。素早くボールを握り替えるためだ。幼稚園の年長時から守備の魅力にはまった山縣は、グラブと球際の強さの関連性もよく知っている。
一方、捕れる範囲を広げただけでは、アウトにはできない。そこからいかに正確に送球するか。山縣は「上でも横でも下でも、どこからでも投げられるように、ウェートトレーニングにも力を入れました」と話す。今季はアンダースローのように、腕を下げた位置からでも送球できるようになった。
守備でのさらなる進化を見せつけたのが、法大2回戦だ。2点リードの九回1死一塁。法大の4番・松下歩叶(3年、桐蔭学園)が放った三遊間へのゴロに飛びつくと、尻を滑らせながらセカンドに送球し、一塁走者をアウトにした。
2年前の秋のリーグ戦。無名だった山縣をショートに抜擢(ばってき)した小宮山監督は、試合後に予言していた。「東京六大学でも一番のショートになる可能性がある」。今春はそれが的中した。ただ、秋は明治大学の主将・宗山塁(4年、広陵)がけがから復帰するだろう。ハイレベルなベストナイン争いになりそうだ。
チームを支えた強力センターライン
話を法大2回戦の九回に戻そう。実は山縣の超ファインプレーの前にも、美技があった。センターの尾瀬が、ヒットになりそうな打球をダイビングキャッチでアウトにしたのだ。印出のリードに、山縣と尾瀬の好守。今季四つ目の勝ち点は、早大が標榜(ひょうぼう)する守りの野球でもぎ取った。
不動のトップバッターとして貢献し、小宮山監督から「春のMVP」と最高の評価を得た尾瀬は、守備面でもたびたびチームのピンチを救った。小宮山監督からすれば「当たり前」だったかもしれないが、尾瀬や山縣だけでなく、全ての野手が「当たり前」の範囲を広げたからこそ、優勝にたどり着いたのだろう。
2年の春からマスクをかぶっている印出は「勝負どころでの執念は、去年のチームよりあると思います」と胸を張る。守りの球際をミリ単位で拡大してきた積み重ねが、執念を育んだところもあったに違いない。
前回のリーグ優勝時は、早川隆久(当時4年、現・東北楽天ゴールデンイーグルス)がチームの柱だった。今回は伊藤樹、印出、山縣、尾瀬の4人が柱となり、チームを支えた。
間もなく始まる全日本大学野球選手権大会でも、早大は覇者を目指す。