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特集:2022年 大学球界のドラフト候補たち

早稲田大学・蛭間拓哉 ドラフト上位候補が向き合っている、スラッガーの宿命

今年のプロ野球ドラフト会議での指名が注目される早稲田大学の蛭間拓哉(早大の試合はすべて撮影・井上翔太)

3年ぶりに本来の勝ち点制が復活した東京六大学野球の春季リーグ戦。今年のプロ野球ドラフト会議で、上位候補として視線を集めているのが、早稲田大学の蛭間拓哉(4年、浦和学院)だ。左のスラッガーは高校の後輩にビデオレターを送るなど、他の人を思いやる性格も併せ持つ。本人へのインタビューや、恩師の言葉を通じて、人間性や目指している姿に迫った。

慶應義塾大・山本晃大 浦和学院から浪人を経た長距離打者の能力が、ついに開花

ターニングポイントになった早慶戦での一発

蛭間は高校時代から、注目のスラッガーだった。1年春から4番を打ち、2018年に迎えた最後の夏は、第100回全国高校野球選手権記念大会に出場。初戦の仙台育英戦で本塁打を放つなど、ベスト8進出に貢献した。大会後に行われた第12回 BFA U18アジア選手権の代表にも選ばれている。

ただ、その名が広く知れ渡ったのは、大学2年秋の早慶2回戦で放った逆転2ランだろう。九回2死一塁、あと1死で慶應義塾大学の優勝が決まる中での一発は、早大に10季ぶり46度目の優勝を呼び込む劇的なアーチとなった。早大に蛭間あり。前日の1回戦でも決勝2ランを放っており、一躍、全国区になった。

笑顔でインタビューに応じてくれた(撮影・上原伸一)

「あのホームランが自分にとってのターニングポイントになったのは確かです。でも、奇跡でしたね」

蛭間はこう振り返るが、コロナ禍で8月に延期されたこの年の春季リーグ戦でも、1試合総当たりの全5試合という少ない公式戦期間で、3本塁打を放っていた。秋も、早慶戦での2本を含む3本。野球人生のターニングポイントになった一打は、決して奇跡ではない。

最後の夏を奪われた後輩たちへのビデオレター

最終学年となった今は、副主将を務めている。明るい性格で、埼玉西武ライオンズジュニアに選出された小学生時代から、チームの盛り上げ役を担ってきた。その人間性を高く評価しているのが、浦和学院の森士・前監督だ。昨夏限りで勇退した名将には、印象深いエピソードがあるという。

2020年は新型コロナウイルスの影響で、第102回全国高校野球選手権大会が、地方大会を含めて中止になった。ショッキングなニュースが駆け巡ると、蛭間はすぐにアクションを起こした。高校時代の同期に声をかけ、後輩たちを励まそうとビデオレターを作ったのだ。

「自分が同じ立場になったらどういう気持ちになるか…と思いまして。浦学は高校野球で勝負しようと、覚悟を決めて入った部員ばかりですしね」

埼玉・浦和学院時代は、攻守にわたりチームを引っ張った(撮影・朝日新聞社)

蛭間の高校時代は、苦しかった思い出ばかりだという。「良かったのは出だし(1年春)と最後(3年夏)だけで、その間はずっと打撃フォームに悩み通しでした」。それでも浦学時代があるから今がある、野球に打ち込んだ2年半は必ず将来につながる、とメッセージに込めた。

森前監督は「蛭間ら2年先輩の言葉に、甲子園という目標がなくなった3年生は、大きな力をもらったようです」と話すと、こう続けた。

「当時、彼は大学2年になったばかりで、まだレギュラーに定着していなかった。いま思うと、自分に余裕はなかったと思います。東京六大学もコロナで、リーグ戦がどうなるかわからなかった。そういう状況でも後輩を思いやれる。蛭間の人間力があの一打につながったような気がします」

50メートルは5秒台、走攻守そろった選手を目指す

高校通算28本塁打の蛭間は、3年秋までにリーグ通算10本塁打を記録している。「ホームランの数を意識していない、と言うとウソになりますが、僕は本来、ツーベースヒッターなので。あくまでもヒットの延長と考えています。センター方向に低い打球を打ち返すことを心がけていて、それがたまたまいい角度になるとスタンドインするイメージですね」

小学生のときに打撃フォームの原型を作ってくれたのが、父親の昌久さんだ。群馬・桐生高校で硬式野球部だった昌久さんは経験に頼らず、技術に関する本を読むなど、自ら勉強しながら教えてくれたという。よく指導されたのが、どっしりと構えること。それは今も意識しており、村上宗隆(東京ヤクルトスワローズ)の構えを参考にしているという。

注目される打者だけに、相手チームからのマークは厳しい

目標としている打者は、吉田正尚(オリックス・バファローズ)だ。「ホームランも打てて、勝負強く、三振も少ない。僕にとっては理想のバッターです。よく動画で吉田さんのタイミングの取り方を研究しています」

身長177センチ、体重87キロ。がっしりとした体格も相まって、打撃に視線が集まる。だが、脚力も見逃せない。

昨年12月に行われた、野球日本代表「侍ジャパン」大学代表候補選手の強化合宿。そこで全選手の50メートル走を計測したところ、蛭間は光電センサーによる計測で、5秒94を記録した。周囲は「そこまで速いとは」と驚き、投打二刀流で注目されている日本体育大の矢澤宏太(4年、藤嶺藤沢)に次ぐ2番目のタイムだった。

リーグ通算盗塁数は、3年秋までで6。肩も強く「打って守って走れる選手になりたいので、盗塁数も増やしていきたいです」と意欲を見せる。

結果が出ないとき、励ましてくれる同期

今年は、蛭間にとってドラフトイヤーとなる。すでに上位指名候補となっているスラッガーは「志望届を出すと決めています」と、進路をプロ一本に絞っている。3月にあった日本ハム2軍とのプロアマ交流試合ではライトスタンドに叩き込み、ネット裏のスカウトたちをうならせた。
ただ蛭間の表情は、やや浮かない。

「結果を残さないといけない、(早大の4番として)チームを勝たせなければいけない、と二つ重圧を感じている中、打撃をより良いものにしようとして、3、4月は少し考え過ぎてしまいました。打席で構えるときは呼吸を落とし、気持ちを静めるのが僕のルーティンなんですが、『無』になり切れていないですね」

最終学年の今季は、勝負を避けられる場面も目立つ

無になり切れていたのが、2年秋の早慶戦だという。打席に入る前、スタンドとベンチを見渡したときは気持ちが高まっていたが、打席では全く何も考えなかった。いわゆる「ゾーン」に入った状態だったのだろう。

結果が出ていないときは、今でも仲がいいという渡邉勇太朗(埼玉西武ライオンズ)が親身になって励ましてくれる。「焦るな。周りは見てくれているよ、と。プロのことも『自分の頑張り次第』などと、いろいろ教えてもらい、刺激を受けてます」

体を休める、気持ちを静めるための音楽

野球で結果を出すために、寮でもストイックな生活を送っている。余暇も「時間がすぐに経ってしまうので」とスマホをいじることもなく、インターネットで映画を観ることも控えているという。ジャスティン・ビーバーなど、好きな洋楽を聴きながら、もっぱら体を休めている。

リズムを大事にしている蛭間にとって、音楽は欠かせないツールになっている。神宮球場に向かうバスの中ではイヤホンを付け、音楽で気持ちを静める。そして、もうすぐ到着というところで勝負曲を聴く。

「『傷だらけのhero』(TUBE)です。高校時代に、いつも試合に向かうバスでかかっていた曲なんですが、これでぐっとテンションを上げ、試合モードに入っていきます」

自分へのご褒美は、試合前日と試合後のコンビニスイーツだ。蛭間は甘党で、どら焼きが好物だという。

学生野球の父と呼ばれた飛田穂洲の教え「一球入魂」の言葉の脇に立つ蛭間(撮影・上原伸一)

スラッガーの宿命を乗り越え

現在行われている東京六大学野球の春季リーグ戦。蛭間はさらなる打撃の形を追い求めながら、優勝を目指して戦っている。スラッガーの宿命で、甘いボールは来ない。好機の場面で勝負を避けられることも多く、四球の多さがそれを物語る。東京大学のエース・井澤駿介(4年、札幌南)は、「試合前の打撃練習でも蛭間だけ打球が違う。厳しいところを突いて、結果四球なら仕方ないと思っています」と明かす。

スラッガーの宿命――。乗り越えた先に進化が待っている。今日も明日も、蛭間は無心で打席に立つ。

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