野球

あの逆転被弾から1年 優勝かけた早慶戦で雪辱期す慶応の左腕

リーグ連覇を目指す慶應義塾大学投手陣に欠かせない生井惇己(撮影・朝日新聞社)

 東京六大学野球の秋季リーグは30、31日、優勝をかけた早慶戦が神宮球場で開催される。両校に優勝がかかるのは早大が2連勝して逆転優勝を飾った昨秋以来。九回2死から逆転2ランを打たれた慶大の生井惇己(じゅんき)(3年、慶応)にとっては、雪辱の舞台となる。

慶應義塾大学が34年ぶりの日本一、初代王者が70回の節目に4度目の頂点

 昨年11月8日にあった早大―慶大2回戦。慶大が2―1とリードして迎えた九回表、早大の攻撃は簡単に2死になった。ここで、八回から投入したエースの木沢尚文(現ヤクルト)が安打を許すと、慶大の堀井哲也監督は、2年生左腕の生井をマウンドに送った。早大の打者は左打ちの蛭間拓哉(現3年、浦和学院)。

 生井はしかし、初球の変化球を、センターバックスクリーンまで運ばれてしまう。土壇場の逆転2点本塁打。優勝まであと1死という状況からの、まさかの暗転だった。

 生井はマウンド付近で、ひざまずいた。何とか次打者を打ち取ると、ベンチに戻り、木沢に「すみません」と謝った。「お前の責任じゃない」と答えた木沢は、2学年下の後輩を気遣いながら、試合後の記者会見でこう語っている。

 「この秋はずっと中継ぎも粘ってここまできました。生井には全幅の信頼がありましたし、監督が決めたことですので。僕も監督も、生井ならやれると。学年の差を感じさせないほどのボールの力がある。もっと強くなって、慶応を背負ってほしい」

 生井は1週間ほど、食事ものどに通らないような状態だったという。それでも、悔しさを胸に前を向いた。今春もリリーフで5試合に登板し、リーグ優勝に貢献。優勝を決めた後に臨んだ早大1回戦では、1点リードの七回から登板し、2イニングを無失点に抑えて勝利を呼び込んだ。

 「昨秋は自分が打たれてしまって逆転された。今年こそと、熱い気持ちで(マウンドに)上がりました。八回はばたつきましたが、ゼロで抑えられて意地は見せられました」

 6月の全日本大学野球選手権大会でも登板し、日本一に貢献した。

 そして、再び優勝がかかる早慶戦を迎える。

 「去年の悔しさは消えるものではない」と言う生井にとって、1年間の成長を見せる舞台になる。

■2020年秋季リーグ

  早慶戦前    早慶戦  最終成績

慶大①6勝2分(7) →●●→②6勝2敗2分(7)

早大③5勝3分(6.5)→○○→①7勝3分(8.5)

■2021年秋季リーグ

慶大①4勝4分(6) →??→ ??

早大④4勝2敗2分(5)→??→ ??

カッコ内はポイント=勝利1、引き分け0.5。同ポイントの場合は勝率で順位を決める

■プレーバック 昨秋の早慶戦

 東京六大学秋季リーグは8日、最終第8週の早慶2回戦が神宮球場であり、早大が慶大に3―2で逆転勝ちし、10季ぶり46度目の優勝を決めた。土壇場の九回2死から蛭間拓哉(2年、浦和学院)が中越えに逆転2点本塁打を放ち、最後は1回戦で完投したエースの早川隆久(4年、木更津総合)を投入して競り勝った。

 慶大は2季ぶり38度目の優勝に、あと1アウトだった。四回に主将の瀬戸西純(4年、慶応)の適時打で勝ち越し、8投手をつないで逃げ切りをはかったが、逆転を許した。

 コロナ禍での今季は延長なしの2回戦制(10試合)のポイント制(勝利1、引き分け0・5)で実施され、早大は7勝3引き分けの8・5ポイント。慶大は6勝2敗2引き分けの7ポイントになった。(2020年11月8日配信)

     ◇

 両チーム合わせて14投手を投入する総力戦。慶大・堀井哲也監督は1点リードの九回、エースの木沢が2死から安打を許すと、迷わずベンチを出た。

 「ピッチャー生井」

 早大の次打者は左打ちの8番蛭間。木沢は前日の1回戦で決勝2ランを打たれている。「ええ、そういうこともあって私が判断をしました」と堀井監督。

 左投げの生井惇己(じゅんき)が投球練習を始めると、早大の小宮山悟監督は蛭間を呼び寄せた。「何を狙っていく」。蛭間は「外角の直球を待ちます」と答えた。「よし、腹を決めて、いけ」

 初球、狙い球とは違う変化球を、蛭間が完璧なタイミングでとらえた。「4年生の思いが後押ししてくれたんだと思います」。打球はグングン伸びて、センターバックスクリーンに飛び込む。「狙い球と全然違う球に反応する。あれが蛭間のすごいところ」。小宮山監督もびっくりする逆転2点本塁打となった。

 数々の名勝負を刻んできた伝統の早慶戦。1960年秋にあった伝説の「早慶6連戦」から今年で60年になる。両校を指揮した早大・石井連蔵監督と慶大・前田祐吉監督が今年、そろって野球殿堂入り。2人の教え子でもある小宮山、堀井両監督に率いられ、両校がまたも名勝負を演じた。

 殊勲の蛭間はベースを一周しながら、目頭を押さえた。九回裏を締めたエースの早川も優勝を決めると、涙を流した。右翼席にいる控え部員と応援団にあいさつするため走りながら、小宮山監督の目にも涙が浮かんだ。

 「石井さんの墓前にいい報告ができます」

 優勝インタビューで小宮山監督は声を震わせた。(編集委員・安藤嘉浩)

(編集委員・安藤嘉浩)

=朝日新聞デジタル2021年10月28日掲載

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