野球

慶應義塾大学が38度目の東京六大学制覇、次は34年ぶりの日本一へ

早大1回戦で2回を無失点で切り抜けた慶大の生井惇己(撮影・全て朝日新聞社)

ポイント制で行われていた春の東京六大学リーグ戦。優勝を果たしたのは慶應義塾大学だった。投打の中心がよく機能し、8勝2敗(勝ち点に相当するポイントは8)の好成績で3季ぶり38度目の王者に。その戦いは昨秋の早慶2回戦の敗北を乗り越えるための戦いでもあった。

熱い視線が注がれた生井対蛭間の再戦

早慶1回戦(5月29日)の八回裏1死走者なし。七回から救援登板の生井惇己(じゅんき、3年、慶應義塾)が早稲田大学の蛭間拓哉(3年、浦和学院)を迎えると、スタンドは大きな拍手に包まれた。

上限いっぱいの5千人の観客はもちろん覚えていた。昨秋の早慶2回戦、九回表2死まで慶大が1点をリードしていた場面で、早大の蛭間に劇的な逆転2ランが飛び出したことを。この試合、早大は勝ちか引き分けで、慶大は勝てば優勝が決まる大一番だった。そして、天皇杯がすぐ手に届くところにあった慶大のマウンドにいたのは生井だった。

今度はリベンジなるか――すでに慶大の優勝は前週に決まっていたが、見逃せない勝負だった。スコアも慶大の1点リードと、昨秋と状況が似ていた。生井が初球、145㎞のストレートでストライクを取ると、慶大側スタンドのボルテージが上がる。

が、4球目のスライダーをライトにはじき返され、またも軍配は蛭間に。昨秋被弾したスライダーをとらえられた。なおもヒットと四球で塁を埋められ、生井は2死満塁のピンチを招く。それでも後続を抑え、七回に続きこの回も無失点に。九回は橋本達弥(3年、長田)がきっちりと3人で締め、慶大はひとまず昨秋の雪辱を果たした。

進化した打撃で核となった四番の正木

「あの敗戦を糧にチームでやってきたことが結果につながってよかったです」

試合後、四回に同点アーチを放った正木智也(4年、慶應義塾)はこう言った。表情を崩さなかったのはまだ2回戦が残っていたからだろう。

今季の正木の働きは「四番」にふさわしいものだった。他校に厳しくマークされる中、リーグ最多の4ホーマー。通算本塁打を10本に伸ばした。打点もリーグ最多タイとなる12。「開幕前にホームランと打点の数を意識していこうと考えていたので、この数字は素直にうれしいです」

早大1回戦でバックスクリーンへ本塁打を放った慶大の正木智也

昨秋のシーズン後から取り組んできたことの成果でもある。「スイング軌道が遠回りしないよう、常にバットを内側から出すことを心がけたのと、長打が増えるようにフォームを修正しました。具体的にはタイミングを取る時に少しヒッチ(腕を上下動)するようにしたのです」

東大2回戦ではインコースのカットボールを上手く拾い、左翼席中段のポール際へ運ぶ技ありの3ラン。早大1回戦のホームランは、ヒット狙いでミートした打球がぐんぐん伸びてセンターフェンスを越えた。「上手くバットが内側から出たからだと思います」

他の2本も勝利を呼び込む本塁打だった。今季1号は法大2回戦。開幕試合となった同1回戦で三浦銀二(4年、福岡大大濠)に史上3人目のノーヒットワンラン(無安打1失点)の珍記録を献上し、出鼻をくじかれたムードを一掃した。また、優勝を争う立教大学との直接対決となったカードでは、2回戦の八回に決勝3ラン。優勝をぐっと近づける貴重なホームランにもなった。「打線の核にふさわしいバッターだと思います」。堀井哲也監督は正木に最大級の賛辞を送る。

もう1つ見逃せないのが、四死球の多さ。四死球「10」もリーグ1位である。これはすなわち、いかに真っ向勝負を避けられたかということであり、その中でもしっかりとボールを見極めた証でもある。四死球が多い分、安打数は「9」にとどまったが、9安打のうち6本が長打であり、9安打で12打点を稼いだ。今季、正木は確かにスラッガーとして進化した。

3番に入った福井主将

攻撃陣では正木以外のレギュラーも存在感を示した。下山悠介(3年、慶應義塾)、朝日晴人(3年、彦根東)、廣瀬隆太(2年、慶應義塾)、福井章吾(4年、大阪桐蔭)の4人が打率3割超え。「五番」を担った下山は、正木が歩かされた後の打席でしばしば快打を放ち、初のベストナインに選出された遊撃手の朝日は打席でもしぶとかった。

計14安打のうち長打が7本と“攻撃型一番打者”として打線に勢いをもたらしたのが廣瀬だ。東大1回戦では2本の二塁打を含む3安打、春の天王山となった立大とのカードでも2試合で計5安打とよく打った。

堀井監督から「考え方がしっかりしていて、すぐにでも監督が務まる」と評されている主将の福井は、立大1回戦から「三番」に座り、この試合で3ランを含む4打点をマーク。捕手としても「司令塔」の役目を全うし、3季連続のベストナインになった。

優勝が決まり喜ぶ福井章吾主将(中央)とエースの森田晃介(左)、正木(慶大野球部提供)

投手陣では森田晃介(4年、慶應義塾)と増居翔太(3年、彦根東)の先発2本柱が安定していた。エース森田は最優秀防御率賞を受賞し、リーグ最多の4勝で初のベストナインの増居はリーグ2位の防御率をマーク。2人のテンポがいい投球はチームに好リズムをもたらし、要所での打線のつながりや、野手の球際の強さを引き出した。

ストレートの質が向上したのが、最速150㎞を誇る森田だ。「僕はもともとゴロアウトが多い投手ですが、春はフライアウトが増えた気がします」。打者がボールの下を叩(たた)くようになったのは、それだけストレートが伸びているからだろう。練習の賜物(たまもの)だ。「通常の位置より後ろにホームベースがあるつもりで投げています。捕手のミットを突き抜けるボールを投げようと」

4勝を挙げた慶大の増居翔太

慶大は早慶2回戦こそ敗れたものの、38度目の優勝を果たし、“昨秋の悪夢”を「過去」のものとした。その「過去」は重たいものであったに違いないが、目の前の試合に全力で向き合うことで乗り越えた。それでも秋のリーグ戦が始まれば、「春の歓喜」もまた過去のこととなる。生井と蛭間との新たな名勝負も繰り広げられることだろう。

その前に、東京六大学の王者として臨む全日本大学野球選手権が6月7日から始まる。1987年以来となる4度目の優勝を勝ち取り、「春の大学日本一」の称号を得て、春秋連覇に挑むつもりだ。

in Additionあわせて読みたい