関西学院大QB星野太吾 入学2カ月で2番手争い、エースの兄・秀太に「食らいつく」
アメリカンフットボールの名門・関西学院大学ファイターズは昨年12月の甲子園ボウルで史上初の6連覇を飾った。いま春シーズンの交流戦で新戦力を試しながら、7連覇へ向けたチームづくりが進んでいる。その輪の中に頼もしい1年生QB(クオーターバック)がいる。星野太吾(だいご、足立学園)。昨年の甲子園ボウル最優秀選手に輝いたエースQB星野秀太(3年、足立学園)の弟だ。太吾は「兄に食らいついて、最後にはエースを奪いたい」と言いきり、すでに2番手争いをしている。
とても1年生とは思えない落ち着き
5月26日の関西大学戦。関学は星野兄を温存し、昨年はDB(ディフェンスバック)でプレーしたリンスコット トバヤス(愛称トビー、2年、箕面自由学園)を先発QBに起用。0-6で折り返すと、第3クオーター最初のオフェンスから星野弟が出てきた。大学でのデビュー戦となった1週間前の立教大学戦では兄の2番をつけたが、この日は19番。いきなり左サイドライン際へ走った同じルーキーのWR片桐太陽(大産大附)へ20ydのパスを決めた。続けてWR百田真梧(ももた、2年、啓明学院)へショートパスを決めたが、次のプレーで右からフリーで入ってきた関大DL森本祥希(4年、関大一)にサックを食らった。
2シリーズ後のオフェンスは関大のパントミスでゴール前15ydからと願ってもないチャンス。第3ダウン残り10ydでハッシュ左。関大が6人でラッシュをかけてきたところにRBへのスクリーンパス。星野弟は迫り来るDL(ディフェンスライン)、LB(ラインバッカー)の頭越しに伊丹翔栄(4年、追手門学院)へ投げ、伊丹が左サイドライン際を駆け上がってタッチダウン(TD)。7-6と逆転した。ジャンプしながらポイッと投げた太吾のプレーには、とても入学してわずか2カ月で春のビッグゲームに出ている1年生とは思えない落ち着きがあった。
第4クオーターに入り、関大に7-9と逆転されて迎えた次のシリーズは自陣8ydから。2度の第3ダウンをともにRB澤井尋(じん、4年、関西学院)の力強いランで切り抜け、自陣38ydからの第1ダウン。ここで星野弟はドローの動きから中央付近を縦に走ったWR百田へロングパス。ボールの先には関大のDBがいたが、パスインターフェアの反則を恐れてボールへのアプローチが遅れた。すかさず百田が両腕を伸ばしてキャッチ。44ydのロングパスが決まり、会場が大いに沸いた。星野弟は百田から「俺がお前のボールを絶対に捕るから」と言われていたそうだ。有言実行のキャッチだった。攻めきれなかったが、キッカー大西悠太(3年、関西学院)のフィールドゴール(FG)が決まって10-9と再逆転した。
続く関大オフェンス最初のプレー。関学のラッシュがかかり、QB須田啓太(4年、関大一)は左へ逃げながらWR塚本響(4年、関大一)へパス。これが少し短くなり、手前にいた関学DB酒井麻陽(あさひ、3年、佼成学園)がジャンプしてインターセプト。流れは一気に関学へ。中央付近から始まったオフェンスの締めは、ゴール前19ydからRB澤井のドロープレー。右からタックルに来た2人に当たりながら、うまくステップでかわして右サイドライン際へ。追いタックルにも倒れない。最後はDBにぶち当たってエンドゾーン右端に飛び込んだ。関学の4年生らしい、6人のタックルを外す粘りのTDランだった。これで17-9。ここから関大が怒濤(どとう)のパスオフェンスを展開し、試合残り8秒でTD。しかし、同点を狙った2点コンバージョンのパスを関学が通させず、17-15で春の関関戦は2019年以来で関学が制した(20年は中止、21年は雷鳴のため第3クオーター途中に関大リードで試合終了、22年は引き分け)。
日本一に対する気持ちや練習の熱意に感激
逆転勝利を支えた太吾はハキハキと言った。「いままで動画とかビデオで見てた関関戦に出られるっていうのは楽しかったんですけど、最初はフワフワしてる部分があって、足も動いてませんでした。でもやっていくにつれて、だんだんだんだん動けるようになったかなと思いました。最後までどうなるか分からない緊張感というのは、本当に『大学ならではだな』っていうのを感じました。いい経験をさせてもらいました」
後半まるまる出場し、8回投げて7回のパスを決めて98ydのゲイン。2度のQBサックを受けたため、ランは3回で-9ydだった。サイドラインで見守った兄は試合後、私に遠くからひとこと「頑張ってました!」とだけ言った。弟によると、試合中は兄に「いいゲインをしたあとにロスタックルを食らうのは、お前に甘さがあるからだ」と言われたそうだ。「試合中は自分でも気づけない部分があるので、そうやってすぐに反省を言ってくれるのはありがたいです」。弟はそう言ってほほえんだ。
星野兄弟は千葉県出身。父は大東文化大学時代にLBでプレーし、現在は敬愛学園高校(千葉市)のアメフト部監督を務めている。兄弟が幼いころから家には楕円(だえん)のボールがあって、兄は小学1年の途中からジュニアシーガルズに入り、弟も5歳で入った。フラッグフットボールで2学年上の兄のチームと試合をすると、決まって打ちのめされた。
ともに足立学園中、高(東京)と進み、3年生と1年生の関係に。弟が当時とそこからの道のりを振り返る。「中学に入ったらQBとして兄の方がもう全然上で、僕はレシーバーに回りました。高校もレシーバーをやりながらサブのQBみたいな感じで、兄が抜けた高2から本格的にQBを始めました」。そして関東を離れた兄は2022年、関学の1年生QBとしては有馬隼人さん以来26年ぶりに秋の初戦のスターターになった。「兄が大学1年から活躍して、『負けてらんないな』ってなって、最初は別の大学に進んで直接対決して勝ちたいと思ったんですけど、関学も含めていくつかの大学の練習を見に行って、関学の日本一に対する気持ちとか、練習での熱意とかにすごく感激して、もう関学で直接抜いてやろうという気持ちに切り替わりました」
「めっちゃ弟に厳しいな」と言われる兄
強気の一方で、自分の現在地も冷静に受け止めている。「兄のプレーを見たり、話を聞いたりしてると、高校時代とは考えてることの量が明らかに違うなと思います。高校って感覚でも少しできる部分があると思うんですよ。でも大学ってなると、そんなんじゃ全然通用しない。兄には『高校までの考え方は全部捨てろ』と言われました。兄が関学で2年間やった分、すごい差がついてると思うので、そこをどんどん吸収して頑張りたいです」
すっかりイントネーションが関西風になった兄はこの春、アメリカ遠征でさらに成長したところを見せた。19回投げて13回のパスを決め、233ydをゲイン。「監督にアメリカ用に自分らでプレーを考えろって言われて、ワイドユニットと梅本コーチと一緒に考えました。それを何回も練習して本番でも通用したので、ワイド陣には自信になった試合でした」
最近、兄は周りから「めっちゃ弟に厳しいな」と言われている。兄は言う。「僕はアイツが2番手になるくらい成長して頑張ってほしいですし、僕をもっと慌てさせるくらいの存在になってもらいたい。それくらいの気持ちでないと、関学のQBは絶対に務まらないので。厳しいのも、星野家では普通の会話なんです。僕も親父からめちゃめちゃ厳しい指導を受けて育ったし、弟も同じ。僕が太吾に厳しく言うと周りの4年生がフォローしてくれるので、そこは任せて、関学でQBとして出たかったらこうするしかないっていう現実をずっと突きつけてる感じですね(笑)」
とはいえ、兄もフォローを欠かさない。同じアパートのA棟に弟、B棟に兄の部屋があり、しょっちゅう一緒に晩ごはんを食べたり、動画を見ながら改善点を確認したり。弟は「グラウンドを出たらめちゃくちゃ優しい兄なんで、気遣いしてくれますし、ありがたいと感じてます」と話す。
兄によると高校まで、自分の方が弟より周囲のメンバーに恵まれてきたという。「だから太吾は『自分が何とかしなきゃ』というのが、僕よりも強い。それで勝手に走ってしまったり、見て見てサックされたりするんで、心の持ち方を変えれば全体的に見えるようになると思います」と語る。
大村和輝監督「肩はお兄ちゃんより強い」
ここ30年ほどの間で、ファイターズに同時に在籍した兄弟選手は約30組。ただ、日本の学生フットボール界の顔ともいえるファイターズのエースQBを兄弟で争った例はない。
大村和輝監督は弟について「めっちゃいい。たぶん肩はお兄ちゃんより強くて、パスだけ見たら、お兄ちゃんよりいいんちゃうかな。経験を積んだら、ちょっとお兄ちゃんもうかうかしてられない感じになるんちゃいます? それぐらいのポテンシャルは感じてます」と評する。すでにトビーとの2番手争いをしていると話したうえで、「すごく落ち着いてるんですよね。お兄ちゃんとは違うタイプで。弟はあまり感情の起伏がないというか。いい意味で。ポケットワークも上手やし、オフェンスに慣れたらまったく遜色なくやるんじゃないかと思います。顔つきも1年っぽくないんですよね」と語っている。
6月9日には23年ぶりの開催となる春の関立戦がある。関学は関大戦同様、トビーと星野弟にQBを託すことになるだろう。太吾は関大戦のあと、「練習でしっかりアピールしつつ、反省を一つひとつつぶしていかないと。また気持ちを入れ替えて頑張っていきます」と話した。兄と一緒にやれるのは2年だけ。その間に立場をひっくり返してやろうと本気で思っているからこそ、彼はどんなルーキーよりも全身全霊でフットボールに向き合っている。