野球

特集:第73回全日本大学野球選手権

上武大学・西原太一 甲子園“コロナ辞退”乗り越え大学で成長、何度でも全国舞台へ

今春のリーグ戦は打率5割超えも、今大会は安打を放つことができなかった(撮影・川浪康太郎)

2021年夏、春夏連続の甲子園出場を決めた宮崎商は、選手など10人以上が新型コロナウイルスに感染したとして、大会初戦の2日前に出場辞退を申し入れた。初戦の智弁和歌山戦は大会史上初の不戦敗に。甲子園自体が中止となった第102回大会の翌年、依然続くコロナ禍で悲劇は起きた。あれから3年――。宮崎商の当時のエースと主砲が、全日本大学野球選手権の舞台に、同じ日に立った。

当時のエースと主砲、同じ日に神宮に

6月13日。準優勝した2022年以来の4強入りを狙う上武大学は、東日本国際大学とのタイブレークまでもつれる激闘の末に敗れ、準々決勝で姿を消した。

1点を追う十回は無死一、二塁からスタートした。先頭の2番・荒巻悠(4年、祐誠)はバントを試みるも併殺打になり2死一塁。両校スタンドの大応援が鳴り響く中、続く3番・西原太一(3年、宮崎商)が放った打球は遊撃への平凡なゴロになった。二塁走者がアウトになり、試合終了。一塁を駆け抜けた西原は相手の歓喜の瞬間を見つめ、がっくりと肩を落とした。

最後の打者になり肩を落とす(撮影・川浪康太郎)

「スタンドの応援を見て、絶対に(走者を)かえさないといけないと思い、打席に立ちました。チームのみんなに申し訳ないです」。今大会は2試合で計8打数無安打。自慢のバットで快音を響かせることができず、「調子が悪かったのもありますけど、単純に実力不足です」と唇をかんだ。

西原はこの日、高校時代の旧友の姿を目に焼きつけてから試合に臨んだ。一つ前の試合で救援登板し、早稲田大学相手に2回無失点と好投した九州産業大学・日高大空(3年、宮崎商)のことだ。劣勢の中、緩急をつけた投球で強打者が並ぶ打線を翻弄(ほんろう)した。

宮崎商では日高がエースで西原が主砲。今大会の直前、LINEで連絡を取り、「いずれは当たる相手だから、それまでお互い勝ち進もうな」と誓い合った。両校とも同日に敗れ、約束は果たせなかった。それでも、一度は絶望の淵に立たされた2人が、時を同じくして大学野球最高峰の舞台を踏んだことには大きな意味があった。

早稲田大戦で好投した九州産業大・日高(撮影・川浪康太郎)

センバツで不発、夏を前に打撃改造に手応え

2021年春の選抜高校野球大会。52年ぶりの出場を果たした宮崎商は天理(奈良)との初戦に1-7で敗れた。先発した日高が7回6失点(自責2)と力投するも、打線は相手エース・達孝太(現・北海道日本ハムファイターズ)を打ちあぐね1得点。「5番・右翼」でスタメン出場した西原も3打数無安打2三振と沈黙した。

西原は宮崎に戻ってすぐに打撃改造に着手した。プロ野球選手の動画を参考にしながら打撃フォームを修正。効果はすぐに表れ、センバツから約1カ月後の春季九州大会では1試合3本塁打の離れ業をやってのけた。すべては、最後の夏、甲子園でリベンジするためだった。

夏は激戦の宮崎大会を勝ち抜き、再び聖地への切符をつかんだ。初戦の相手はまたしても強豪の智弁和歌山。相手にとって不足なし。舞台は整った、はずだった。

東日本国際大戦の第2打席では四球を選び、得点につなげた(撮影・西田哲)

悔しさ押し殺し、次のステージへ誓った「努力」

甲子園での開会式を終え、来たる初戦に向け最終調整を重ねていたさなか、出場辞退を余儀なくされる出来事が起きた。新型コロナウイルスへの集団感染。まさに天国から地獄。選手たちはすぐには現実を受け入れることができず、落胆した。西原ももちろん「悔しかった」。しかし、引きずることはしなかった。

「あの一件があって、野球に対する思いがさらに強くなりました。自分はこれから先も、野球を続ける。それなら、また全国の舞台に立てるよう努力しないといけないと思いました」

あの夏が野球人生の最後になったチームメートもいる。一方、高校時代からNPB入りを目指していた西原にとっては通過点にすぎなかった。最後の夏、甲子園でアピールする機会は得られなかったが、秋にプロ志望届を提出。ドラフトで指名はかからず、4年後を見据えてレベルアップするため地元を離れて名門・上武大の門をたたいた。

甲子園出場辞退の経験をその後の成長につなげている西原(撮影・川浪康太郎)

逆境乗り越えた経験糧に、走攻守で成長

上武大では通常の練習に取り組むだけでなく、野球指導施設に通ったり、技術向上のための情報を自ら調べたりして実力を磨いた。

昨秋の明治神宮野球大会で大学での全国デビューを果たし、初戦で敗れたものの富士大学のプロ注目左腕・佐藤柳之介(4年、東陵)から2安打をマーク。今春のリーグ戦はスタメンに定着して打率5割(30打数15安打)、1本塁打と好成績を残しベストナインに輝いた。本人も「走攻守、すべてで一段上に上がれた感じがします」と大学での成長に手応えを感じている。

大学では走攻守にわたって成長を遂げている(撮影・西田哲)

「高校のチームメートともう一回全国の舞台に立てたのはうれしかったです」。激しいレギュラー争いを勝ち抜き、自らの手で手繰り寄せた全国大会の出場機会。3年前に誓った「努力」は、間違いなくかたちになって表れている。

ただ、目指すところはさらに上だ。西原は秋に向け「これまで以上に練習します」と、シンプルかつ力強い意気込みを口にした。逆境を乗り越えたあの夏の“宮商ナイン”の一人として、何度でも全国の舞台へ帰ってくる。

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