野球

特集:第73回全日本大学野球選手権

早稲田大・山縣秀 理論的指導と昔ながらの猛練習で打撃開花「守備の人」が代表候補に

三遊間の当たりを逆シングルで滑りながら好捕し、一塁でアウトにした(すべて撮影・西田哲)

第73回全日本大学野球選手権で準優勝した早稲田大学。優勝した青山学院大学と同様ドラフト候補と呼ばれる選手が多い中、「2番ショート」として渋い輝きを見せているのが山縣秀(4年、早大学院)だ。守備の評価は元々高かったが、今春のリーグ戦で初めて打率が3割を超えてベストナインに選ばれ、今大会後には侍ジャパン大学代表選手選考合宿にも招集されるなど、注目度が上がっている。

チーム唯一の適時打を喜ぶ

早稲田大が6-2と勝利した九州産業大学との大学選手権準々決勝。点差がついたとはいえ失策や押し出しがらみの得点が多かったこの試合で、チーム唯一の適時打を放ったのが山縣だった。

準々決勝の九州産業大戦で、山縣はこの試合チーム唯一となる適時打を放つ

試合後にそう伝えられた山縣は「そうだったんですか?」と驚き、スコアブックをのぞき込みながら一瞬笑みを漏らした。この試合では2安打。「1試合目(1安打だった初戦の大阪商業大学戦)がそんなにいい内容ではなかったので、今日は何とか打ってやるという気持ちで打席に立っていた。結果が出てよかったかなと思います」

山縣は本人も認める「守備の人」。この試合でも、当たり前のゴロを当たり前にさばいたり併殺を処理したりするだけでなく、三遊間の難しい当たりを滑りながら逆シングルで捕ったり、ピッチャーのはじいたゴロに素早く反応してアウトにしたりと、スタンドをうならせる場面もあった。

ただ山縣は、この試合最初の失点となったタイムリーエラーを悔いた。センターに抜けそうな当たりに追いついてしまったが故とも言えたが、「いや、エラーです。自分の中で一番悔しい形のエラーになってしまいました」と反省の弁を述べた。

飛び出した二塁走者を刺した山縣。大きく広げやすいようにと、グラブの紐はゆるくしている

金森助監督の指導と冬季の振り込み

打撃開眼のきっかけは何だったのか。本人が挙げるのが、昨年就任した金森栄治助監督の指導だ。

「小さく強く速く(振れ)と言われています。体幹を使って、ミートをうまく出来るよう小さくコンパクトに、っていうのが金森さんの一番の指導です。詰まってもヒットになるようになったりと、少しずついい方向に行けています」と手応えを感じている。

とはいえ、指導をうのみにしたわけではないという。

「自分は(金森さんの理論に)合う選手だったと思います。全部のコーチの方々から言っていただいたことを採り入れた上で、自分の中で取捨選択するのがうまくいったのかなと思います。自分の中で試してみて合ってると思ったので、採り入れて練習したという感じです。自分のスイングの中に金森さんの指導を採り入れる、というのが一番よかった」

適時打を放ったあとのガッツポーズは、「守備の人」らしく少しぎこちなく見えた

また、冬の期間のウェートトレーニングと振り込みにも手応えを感じている。野手の間から、「ピッチャーにおんぶに抱っこだとちょっと申し訳ない。野手陣ががんばらないと」という話が出て、自主的に取り組んだというティーバッティングは、嘔吐(おうと)する選手が出るほど激しいものだったという。

「過呼吸になって倒れるくらい振り込んできました。とにかく回数を多く、もう息が出来なくなるくらい振っていました。過呼吸っていってもすぐ立ち上がれて大丈夫な程度ですけど。数と強さ、それだけを意識して取り組んできました」

大学入学時に無名だった内野手は、守備でポジションを勝ち取り、さらに目標とする「攻撃でも守備でもどちらでもチームに貢献する」という選手へ近づきつつある。

決勝戦の七回、四球で出塁するとすかさず盗塁を決めた

筋道立った語り口「野球を続けないなら理系に」

早稲田大の付属校で、難関で知られる早大学院に、スポーツではなく自己推薦で入学し、そのまま早稲田大に進学した。スポーツ推薦の選手が多い中で異色の存在だ。

母親の実家がある新潟の強豪校に進学して野球を続けようと考えていた中学3年時。内申点がよかったことから、自己推薦で早大学院に入学し野球を続けるという方向に切り替えた。一般入試も視野に夏から猛勉強を開始し、進学塾内の模擬試験で偏差値を30ほど上げたという。

三遊間の当たりを捕ってジャンピングスロー、走者を二塁で封殺した

両親とも理系で、自身も「野球を続けないのであれば大学は理系に進もうと思っていた」と語る。野球について話す内容も筋道立っていて、自分の意図を正確に伝えようと説明も丁寧だ。

昨年1年間セカンドを守った経験について山縣は、「セカンドをやったことで少し引き出しが増えたと思っています」と表現する。「例えば逆シングルでファーストに投げるとき、ショートより角度があります。ショートでは少し楽を出来るというか、セカンドなら厳しい角度のところをショートだったらもうちょっと楽に出来る、というような形で、体の使い方が少しうまくなったかなと思います」

ベンチを鼓舞、勝利への執念あらわに

青山学院大との決勝戦。山縣は堅実な守備を見せ、打撃でもうまく流し打って1安打。だが、山縣の思いがよく表れたのは、そのヒットではなく、終盤の二つの四球だった。

決勝戦の九回。先頭打者で四球を選ぶと、自軍ベンチに向け雄たけびを上げ、鼓舞した

1点リードされたまま迎えた七回。1死無走者で打席に入った山縣は、四球を選ぶと大きな声でほえ、右腕を振り下ろしてガッツポーズを見せた。次の打者のときには、ヘッドスライディングでタッチをうまくよけて盗塁も決めた。先頭打者として迎えた九回も、1ボール2ストライクと追い込まれてからよく見て四球を選び、七回にも増して大きな身ぶりでベンチを鼓舞し、一塁へ向かった。

いずれの出塁も後続が倒れ、本塁は踏めず、山縣は青山学院大の歓喜をグラウンドから見ることになった。

青山学院大の歓喜を横目に、ベンチへと引き揚げる山縣(左)

チームは準優勝に終わったものの、山縣個人としては、春のリーグ戦と今大会を通じた実績から、7月の国際大会に派遣される「侍ジャパン大学代表」の選考合宿に招集されるという成果を得た。

小さい頃からプロ野球選手になるのが夢だという。理論的指導と冬の間の昔ながらの猛練習で、バッティングはこの春に開花した。小さい頃から磨いてきた守備力や勝利への執念を土壌として、山縣はどんな実りの秋を迎えるのだろうか。

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