日本大学・伊藤京介 どん底を乗り越え、次なる夢へ「いつかGPレースを兄弟3人で」
インカレで総合3連覇中の日本大学自転車部。その中で短距離部門の主軸として活躍しているのが伊藤京介(4年、朝明)だ。今年5月の東日本学生トラック男子スプリントで優勝を飾ったが、前人未到の4連覇がかかった7月の全日本学生トラック男子スプリントではまさかの3位に終わった。飽くなき「夢」を追い続ける世代トップスプリンターが、先に見据えるものとは――。
高校までは苦手だったスプリントを大学1年目で払拭
伊藤は短距離のスプリントを専門にしている。これまでも多くの大会に出場してきたが、高校時代まではスプリントに対して苦手意識を持っていたという。「対戦はすごく苦手だった。タイムは出るのに、大事な試合では取りこぼしてしまう。そんな大会ばかりだった」と振り返る。
払拭(ふっしょく)できたのは、大学1年のときに出場した全日本学生トラックだった。我妻敏コーチ(現・監督)から「持ちタイムを上げるため、スプリントに出ないか」と勧められて出場した。大学で初のタイトル戦だったが、伊藤は勝負に固執せず「自分の最善を尽くしたい」という思いだけで臨んだ。
強敵ばかりが居並ぶ中で勝ち進み、優勝を成し遂げた。「相手と自分の動きがすごくよく見えていた。これが(スプリントに対する)自信につながるきっかけになった」と話す。その後は着々と力をつけ、2年生になる頃にはスプリントのセオリーを完全にマスターするまでに成長した。
勝負以上に大切にしている「楽しんで走る」
7月に開催された全日本学生トラックは4連覇がかかっていた。レース前には「1年生からずっと優勝してきて、思い入れも出てきた。ここまで来たら、きっちり勝って歴代最多優勝を成し遂げたい」と意気込みを語っていた。
しかし、大会本番は調子が上がらず、予選を10秒341の5位で通過した。4分の1決勝には進出できたものの、100mから200mにかけてのタイムが今までに感じたことのないくらい遅かったと振り返る。ただ「自分の持ち味は対戦での強さ。持ち味をしっかり生かして勝ちたい」と気持ちを切り替えた。4分の1決勝を制し、2分の1決勝に駒を進めた。
相手は同じ日大の吉川敬介(4年、日大豊山)。大会前に伊藤は「昨年まで1kmタイムトライアルに出ていた吉川がスプリントに出場するので、昨年よりも厳しい戦いになる」と身構えていた。その悪い予感が的中した。2本ともわずかな差ながら吉川に敗れ、4連覇の夢はついえた。レース後、「目標としていた4連覇を果たせず、本当に悔しい」と唇をかみ締めた。
ただ、伊藤は勝敗以上に大切にしていることがあるという。「いつも楽しんで走ること」だ。そして「自分が納得できるワクワクする走りを目指し、その先に勝利がついてくる」とさわやかに言い切った。
自転車競技への気力を失いかけた父親の死
伊藤の競技生活は順風満帆に見える。だが、実際はそうではなかった。ペダルをこげなくなるほど苦しい時期を味わった。
昨年10月の国民体育大会(現・国民スポーツ大会)後のオフ期間中。これまで一番近くで応援してくれていた父親を亡くした。そのショックはあまりにも大きく、なかなか父の死を受け入れられず、自転車競技への気力も失いかけた。とても練習できる状態ではなく、寮に引きこもり、何もする気にならなかった。東京から三重県の実家まで自転車で走り、左ひざの腸脛靭帯(ちょうけいじんたい)炎を起こしてしまった。心身ともにボロボロだった。
立ち直るきっかけをくれたのは競輪選手として活躍する兄の存在だ。同じようにつらい思いをしているにもかかわらず成績を残し続ける姿が、失意のどん底にいた伊藤に前を向かせた。徐々にメンタル面を克服し、けがも治った今年3月に練習を再開した。
ただ、一度休んだ体を元に戻すことは、そう簡単ではなかった。頭では動きを理解できても、体がうまくかみ合わない。そんな状態が続き、本来の姿を取り戻すまでには時間がかかった。回復の兆しが見えたのは4月に長野県で行われた松本サイクルトラックレース。ペダルをこぎながら徐々にレース勘を取り戻し、翌週の東日本学生トラックで完全復活を遂げた。
どん底からはい上がってきた伊藤は、心身ともにさらに強くなったようだ。全日本学生トラックこそ優勝を逃したが、大学での競技生活はまだ終わらない。「僕たちにとって一番大切なことはインカレで勝つこと。昨年は総合優勝を果たせたが、個人では2位。今年は楽しむことを忘れずに優勝したい」と強い意気込みを見せた。
きっかけをくれた2人の兄を追いかけて
伊藤は大学での競技生活の先も見据えている。それは自転車を始めたきっかけにまでさかのぼる。
競技を始めた中学2年の時、父に連れられてよく競輪場に足を運んだ。選手として活躍する2人の兄の雄姿を見続けてきた。ロードからはじめ、最初は趣味で走る程度で勝ち負けにこだわっていなかった。しかし、中学3年の時に速く走ることへの面白さに気付き、高校からトラックに転向。めきめきと実力をつけていった。競技を始めるまで細かった体も、見違えるように成長した。
伊藤にとって、自転車を始めるきっかけをくれた2人の兄は自転車の師匠であり、憧れでもある。だからこそ、一番の目標は競輪選手になることだ。「兄の背中を追いかけて今まで走ってきた。いつか競輪最高峰のGPレースを兄弟3人で走るのが夢」と目を輝かせる。
卒業後に目指す競輪選手は、これまでと違って結果だけが求められるシビアな世界だ。そんな環境でも持ち前の楽しさを忘れず、疾走する伊藤の姿を見てみたい。