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近畿大QB勝見朋征 関西3強・関西大を破る金星、平本恵也コーチとのコンビが原動力

近大が関大に勝つためには、得点の取り合いを制する必要があった。そのカギを握ったQB勝見と平本QBコーチ(すべて撮影・北川直樹)

2024関西学生アメリカンフットボールリーグ1部

9月8日@MK TAXI FIELD EXPO(大阪)
近畿大学 35-31 関西大学

アメリカンフットボールの関西学生1部リーグは、9月8日に第2節で関西大学カイザーズと近畿大学KINDAI BIG BLUEが対戦した。大方の予想では、昨年チャックミルズ杯(年間最優秀選手賞)を受賞したQB須田啓太(4年、関大一)を筆頭に、攻守にタレントを擁する関大が優位に見られていたが、近大が攻守でこれ以上ない集中力を発揮。先手でゲームを組み立て流れをつかんだ。第4Q序盤、一時は関大に逆転を許したが、その後も力強い攻撃でひっくり返し、35-31で金星を挙げた。その原動力は、攻撃を得点につなげ続けた、QB勝見朋征(ともゆき、4年、近大附)と、平本恵也QBコーチだった。

常に先手、残り4分で決勝TD スタッツも完勝

近大が常に一歩先をいく試合だった。振り返ると、関大がコイントスに勝ち、後半をチョイスした時点で近大の勢いに拍車がかかっていたのかもしれない。近大は、最初の攻撃シリーズは得点につなげられなかったが、守備が関大のパスをインターセプト。徐々にモメンタムを手繰り寄せ、3シリーズ目に、勝見のパスで先制点を奪った。その後もWR坂本壮梧(4年、関大北陽)へのTDで得点を追加。第2Qに一時14-17と逆転を許したが、WR梶原優真(2年、追手門学院)へのパスで追加点を上げ、21-17で前半を終えた。

DB藤田朋大(4年、浪速)が関大最初のシリーズでパスをインターセプト。DB陣の頑張りは、古橋HCも「故障者が多い中、よくやってくれた」と高く評価した

第3Q4分には、RB島田隼輔(4年、近大附)がボールを押し込み得点を追加。その後関大にTDを二つ許して28-31と逆転されたが、第4Q残り4分を切って島田がTDを追加し35-31。逆転を目指す関大須田のロングパスを、DB森壮太(2年、大産大附)がインターセプトし、攻撃も手を緩めずタイムアップ。近大は、17年ぶりに、対関大戦の勝利を決めた。

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守備が何度も関大からボールを奪い、攻撃にバトンをつないだ

獲得距離は、関大攻撃の328ydsに対して近大は486ydsと上回った。ターンオーバーも関大の4ロストに対して近大は1。加えて反則も関大の7回64yds罰退に対し、近大は1回15ydsと差が開いた。関大は勝負どころのボールロストと反則で流れが作れず、そのことを表すようにボール所有時間も、関大の18分12秒に対して近大が29分48秒と差があった。近大にとっては攻守が完璧にかみ合った、快勝と言える内容だった。

対関大戦に2007年以来17年ぶりの勝ち星を挙げた。攻守とも、完璧と言ってよい試合の流れをつくった

体制刷新の初年度 QB勝見が覚醒

チーム体制が刷新した初年度、近大が大仕事をやってのけた。今季から、ヘッドコーチ(HC)に立命館大学で長年にわたってHCと監督を歴任した古橋由一郎さんが就任し、チームに新しい風を吹き込んだ。加えて、日本大学でHCの経験がある平本恵也さんをQBコーチに迎えた。攻守ともに、新しいチャレンジに取り組んできた中での成果だった。

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新しい環境の中でひときわ輝いたのが、ラストイヤーを迎えたQB勝見だった。この試合、勝見はパスを27回投げて16回の成功、197yds3TDを稼いだ。ターゲットは実に9人に投げ分け、関大守備を翻弄(ほんろう)。加えて自らも17回走って94ydsを獲得。攻撃の司令塔として十二分の活躍で、チームを勝ちに導いた。

昨年まではパスよりランのイメージだったが、パス能力も飛躍的に向上した。試合を配信したrtvの一言コメントには「ええパスはええドロップバックから」と書いた

勝見は、昨シーズンの中盤は当時の1年生小林洋也(大産大附)にスタートの座を奪われる形だったが、今年はエースの座をつかみ取り、完全に覚醒した感がある。その背景には、一体何があったのか。

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平本QBコーチ「勝見は持ってるモノが違う」

平本コーチは、日大と富士通時代の後輩にあたる成田竜馬オフェンスコーディネーター(OC)の紹介で、今年4月に近大のコーチに加わった。日大の学生たちが苦しむ中でコーチを続けることに葛藤があったというが、日大選手の保護者から「人間万事塞翁(さいおう)が馬、前を向いて進んでください」という言葉をもらい、就任を決めたという。

日大のHC時代に近大と対戦したことがあったが、関西の中堅チームというイメージしか持っていなかった。「選手の基礎的な動きはしっかりしているものの、昨年の映像などを見た感じでは、やりたいオフェンスを実現するには時間が必要だと感じました」(平本コーチ)

ただ、実際に練習に参加すると、その予想は裏切られていく。「QBは投げられますし、WRもしっかりルートを走って捕れる。RBはサイズもスピードも良いので驚きました。何よりもあいさつの徹底や、選手間で指摘し合う姿勢、教えられたことをすぐにやろうとするひたむきな姿勢がありました。成田コーチに『今年、ひょっとしたらいけるかもよ』と話しました」

サイドラインに戻る際はグータッチのコミュニケーション

何よりも驚いたのが、勝見の素質だ。「成田コーチから良い選手とは聞いていたのですが、最初の練習で見てから持ってるモノが違うなと感じました。彼のすごいところは、成長しようとする意欲と素直さ、そしてリーダーシップが飛び抜けているところです。アドバイスしたことを体現するまでのスピード感が図抜けていて、勝見がやろうと言うと、オフェンス全体がそういう雰囲気になるんです」

そして平本コーチは、成田コーチとともにオフェンスのスキーム変更に着手。富士通で学んだメソッドをもとに、かなり大規模な変革を行ったという。「普通なら反発されてもおかしくないくらい手をいれました」と平本コーチ。しかし、選手とコーチの信頼関係が良好で、これが思いの外スムーズに進んだ。

周囲を生かす勝見 QB同士も協力・助言

もちろん、全てが順調だったわけではない。スキーム変更の影響を一番に受けたのが、司令塔を務めるQBだ。勝見が振り返る。

「とにかく大変でした。今まではパスを投げるにしても、ファーストターゲットを見て無理やったらすぐ走る、みたいな感じやったんです。あまりディフェンスを見てこなかったので、戦術を理解した上で相手の動きをしっかり頭に入れるのが大変でした」。勝見は必死に食らいついた。しんどいときは、中学時代からの友人で、隣にセットしているRB島田が支えてくれた。

平本コーチは、勝見にQBの基礎を徹底して教え込んだ。「QBはドロップバックがとても大事なんですが、最近は高校時代からショットガンをメインでやってる場合が多くて、しっかりやれる子が少ないんです。元々、大城(健一)監督が基礎を教えてくれてたので、0からのスタートではなかったのがすごく助かりました」

ドロップバックのステップ、そこからのスローイングへのつなぎ、プレーの仕組み、守備のリード、QBのマインド。平本コーチはこれらを勝見にインストールした。

同じ目線を作り、一緒に取り組んだ。「良いことは良いというし、良くないことは良くないと言う」と平本コーチ

「中でもこだわったのは、一緒にルートを投げることです。私が投げると、勝見はじーっと見て観察しているんです。その後、彼のスローを見ると、私と同じタイミングで同じ弾道の球を投げていて。伸びる子は勝手に伸びていくんだなと。私が投げミスをしたときは、勝見がどんな顔をしているのかを想像すると、振り返れないです……」。平本コーチが笑う。

4人のQBが、順列に関係なくアドバイスをし合ってることも大きいという。「ある時、私がアドバイスしたことをQB同士が試行錯誤していて、庄中(大智、4年、近大附)が『わかった!〇〇を意識するとできる!〇〇や!』と言ったことがあって。それを見た勝見が『ほんまや!できる!』と言うようなやりとりがあったんです。私がただ教えるだけではなく、選手同士で工夫し合っているため、成長速度も速いんだと思います」

勝見のQBとしての良さについてはこう話す。「あれだけの能力がありながら、自分が目立とうとせず、周りをマネジメントできるところだと思います。試合では結果として勝見がキープする機会が多いですが、周りを生かしてチームとして勝つという意識を持てているところが、学生のQBとしてはすごいなと思っています。少なくとも、学生時代の私にはその意識はなかったですから」

かつて甲子園ボウルでも活躍した平本コーチが、太鼓判を押す。

パスの武器が加わり、より一層ランでも関大守備を翻弄(ほんろう)した

関西3位以内へ 3強の一角に勝った意味

こうして迎えた、今年の秋シーズン。近大は、初戦の京大戦を13-12の接戦でものにした。そして、2節の関大戦が、上位進出する上では外せない「3強(関学、立命、関大)」相手の初戦だった。

近大は近年、3強に勝てていない。直近5年の対戦成績は、2019年7-44関学、10-34立命、20-37関大。20年は対戦なし。21年0-42立命、26-48関大。22年17-40関学、14-28関大、7-54立命。23年0-35関学、10-42関大、6-56立命。

得失点差からわかることがある。3強の中で、近大にとって一番“やりやすい”のが関大で、その関大戦が今年は最初に来たのだ。今年から全国選手権の方式が変わり、関西リーグで3位に入れば全国への道につながる。そこを目指すには、まずは関大戦にすべてをぶつけるのが、勝負のセオリーとしては当然なのだ。これまでの試合は40点前後失点して負けているので、勝つならばこの失点を最小限に抑え、かつオフェンスの得点で上回る必要があった。

関大のロングパスをほぼ封じ込めた関大のパス守備はこの上ない仕上がりだった

ディフェンスは関大QB須田のロングパスを封じ、一発TDを最小限におさえた。インターセプトも奪った。関大WRの切り札、溝口駿斗(4年、滝川)が試合前半に出てこなかったことも、近大にとってはありがたかった。つまり、関大は戦力を温存しつつ、勝ちに来ていた(それでも負けるとは思っていなかった)とも考えられる。

そしてこの試合で近大は、今季初のノーハドルオフェンスをぶつけ、総プレー数は81におよび、関大の48を大きく上回った。リーグの前半戦、力を抑えて勝負したい関大にとって、近大のこの戦略は出ばなをくじくに足るものだったに違いない。実際、近大がハイテンポな攻撃でゲインを重ね、先制点を奪って得点を重ねた。関大の“余裕”は、徐々に焦りに変わっていき、最後までかみ合わなかった。これは、間違いなく近大の地道な取り組みと、緻密(ちみつ)な戦略によるものだった。

攻撃シリーズの合間に密なコミュニケーション

「今年は落ち着いてディフェンスを読めるようになりました。パスの精度も上がったと思います」(勝見)

勝見がサイドラインに下がると、2人は常に会話していた。前のシリーズをすぐに振り返り、アジャストした。「間違ったところ、良かったところをすぐ教えてもらえるので、落ち着いてプレーできました」。うまくいかないことは何がダメだったかがすぐにわかるので、非常にやりやすかったと勝見は言う。

「基本を徹底し、1対1の勝負から逃げないフットボーラーを目指して欲しい」。勝見は平本コーチのこの思いを、まさに体現した

試合中、勝見に「勝てる」という感覚はなく、ただ目の前のプレーに集中し続けた。「最後の2分間で、やっと勝てたなと感じました」。開幕2連勝だが、まだ全国トーナメント出場が決まったわけではない。

「1プレー1プレーを集中してやっていきたいと思います」。この言葉は勝見、平本コーチとも一致していた。

近大に来てからの半年間を振り返り、平本コーチは言う。「大城監督からは、選手を見るポイントや生活指導など、人間教育の部分を学ばせていただいています。大浴場で、大城監督流のお風呂の入り方を教わったこともありました(笑)。古橋HCからはディフェンスをはじめ、チームモチベートの仕方を教わっています。キャラクターの違いはありますが、アツいところもできるだけ吸収していければ(笑)」

フットボールを通じて伝えたいことは、学生たちが卒業して10年後くらいに「そう言えば平本があんなこと言ってたな」と思い返してもらえるようなことだという。平本コーチは、学生たちにそう思われるだけのことを、着実に実行している。

今回、一連の話を聞き、改めて人の魅力を知る醍醐(だいご)味を味わった。勝見と平本コーチの信頼関係、そしてチーム全体の一体感が、KINDAI BIG BLUEをさらなる高みへと導くのを見届けたい。

「日本一という目標を彼らは立てているので、実現したいなと思いますし、そのための一歩一歩を一緒に歩めたらと思います」と平本コーチ。背中に手を添える姿が印象的だった

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