中大・谷口太輝 ラストイヤーに加入した学生コーチ、「全体最適」の判断で四冠貢献
中央大学軟式野球部がノリに乗っている。今季は東都学生春季リーグ、全日本学生軟式野球選手権、秋季リーグ、東日本学生軟式野球選抜大会を制し「四冠」を達成した。快進撃の原動力となったのは学生コーチの谷口太輝(4年、泉館山)だ。今年加入したチーム唯一の4年生である。部員から「だいきさん」と呼ばれ、愛されキャラの谷口。彼の野球愛あふれる人生に迫る。
3年までサークルで打ち込んだ後、軟式野球部へ
父親が昔野球をしており、地元の東北楽天ゴールデンイーグルスが開催した球場観戦ツアーに参加したことがきっかけで、野球に興味を持った。放課後はよく近所の公園で野球をして遊んだ。小学4年の時には3歳下の弟と一緒に「富谷ファイヤーフェニックス」に入団(現在は他チームと合併)。もともと運動は得意ではなかったものの、必死に練習することで試合に出場することができた。
中学、高校では副主将としてチームに貢献。高校2年の秋からはエースとして活躍した。しかし高校ラストイヤーの2020年、新型コロナウイルスの影響で夏の甲子園を含む第102回全国高校野球選手権大会が中止に。不完全燃焼で終わった学生野球にピリオドを打つことはできなかった。谷口は「大学ではこれまで以上に、真剣に野球に打ち込みたい」という思いを抱いていた。
中央大学に進学した谷口は、野球サークル「Atlantis」の一員となった。捕手としてチーム全体に目を配る中、3年生となり、チームの強化に必要なことを考えた。「勝ち上がっていくには監督がいた方がいいよね、となって。高校時代は投手をやっていて、今は捕手。バッテリーの両方を見られる人はあまりいないと思う。それで最終的に自分が手を挙げました」と自ら立候補した。限られた練習時間の中、選手の能力を最大限に生かした采配で、見事にチームを関東大会準優勝へと導き、サークルを引退した。
自身がチームに加入することの強み
就職活動を終えた今年1月、以前から面識のあった中大軟式野球部主将の牧温人(3年、中央大附属)からある打診を受けた。
「学生コーチをやってくれないか」
中大軟式野球部の魅力は、選手主体で運営していること。スポーツ推薦生はおらず、采配も選手自身が振るっている。牧は谷口の人柄や野球に対する理論的な考えに引かれ、部に必要な存在だと考えていた。
谷口は悩んだ。通常は3年で引退となるチームに、突然4年が現れて指示役を務められるのか、不安を感じた。ただ「強いチームで野球ができるのは最初で最後」とも考え、話し合いを重ねた上で加入を決意。背番号29のユニホームを着て、伝統あるチームの一員となった。加入したての3月に福島県で行われた1週間の合宿で、選手たちと寝食をともにすることで、谷口が抱いていた不安はすぐに解消され、チームになじむことができていた。
練習中はノッカーや打撃投手として、試合中は三塁ベースコーチとして強化を図った。谷口は自身がチームに加入することの強みについて、三つのポイントを挙げる。
1点目は「選手がプレーに集中できる」こと。たとえば牧は、投手としても打者としてもチームの中心を担うだけに、負担が大きかった。そこで谷口が全体を見て戦術を考え、サインを出す役割を担った。これにより選手たちは余計なことを考えず、プレーヤーに専念することができた。
2点目は「練習の質が上がる」こと。ノックの際は、ノッカーが必要だ。当然ノッカーは守備練習ができない。部員たちはキャンパスが分かれており、どうしても練習時間が限られる。そんな環境でも、「強い中大」であり続けるためには効率よく練習することが必要だった。
3点目は「客観視できる人がいる」ことだ。「どうしても選手同士だと個々の考え方が違う、合う、合わないとかがあると思うんです。たとえば牧が指示を出すとしたら、ピッチャーからの視点になる。これも大事なんですけど、グラウンド外の人間がいると、俯瞰(ふかん)できて『全体最適』の判断ができるんです」と谷口は語る。
チームメートから絶えない、引退を惜しむ声
試合中、三塁コーチボックスにいるのは谷口ただ一人。相談相手がいない中で、試合展開を左右するような場面でも迷いなく、的確な指示を出す必要がある。谷口は野球を徹底的に学び直した。「軟式の細かい点の取り方を学びました。硬式より軟式はボールが飛ばなくて、細かい野球をして点を取っていくしかないので、それは自分が野球人生をしていて、通ってこなかった道で。強い企業チームの試合をYouTubeで見るとかして勉強しましたね」と笑顔で振り返る。
そんな谷口によくアドバイスを求めていたのは、4番打者で副主将の福島諒平(3年、本庄東)だ。調子を崩した時に話を聞くと、練習中に気付いたフォームの乱れを指摘され、復調に向けた言葉をかけてくれた。福島は、谷口と話すと精神的に安定し、打席に迷いなく入れると言う。その効果もあってか、秋季リーグでは3本塁打が飛び出した。普段の練習から細かな選手の変化を見つけ、アドバイスを求められた時に分かりやすく端的に伝えることが、〝学生コーチ谷口〟の流儀である。
東日本選抜大会の初戦。相手の至学館大学は一昨年の準優勝チームだった。谷口は一つの走塁ミスでも、相手に流れを持っていかれかねないと判断。三塁コーチとして本塁突入のタイミングに細心の注意を図りながら、1年間学び続けた足を絡める細かい野球で見事にコールド勝ち。順調に勝ち進み、決勝は若松虎太朗(1年、鎌倉学園)の劇的なサヨナラ逆転3点本塁打で夢の四冠を達成した。
決勝前の円陣で「今日で最後の試合。シートノックも最後。本当にこのチームでやってきてよかったと思う。絶対優勝していい思い出で締めくくりましょう」と口にした谷口。わずか1年の在籍ながら、真剣に野球と向き合い、ひたむきに学び続け、チームのことをよく考えてきた。優勝請負人「だいきさん」の引退を惜しむ声は、チームメートから絶えない。