拓大・不破聖衣来(上)十数枚に及ぶ「4年間の育成計画」、1年目で上方修正の快進撃
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拓殖大学の不破聖衣来(4年、健大高崎)は大学女子長距離界で数々の好記録とともに鮮烈なインパクトを残してきた。ケガとの戦いでもあった4年間をどのように過ごし、この先どんなアスリートとして羽ばたいていくのか。前編では、拓大に進んだ経緯や幾度となく衝撃的な走りを披露したルーキーイヤーの活躍、世界選手権を目指した2年目の前半までを振り返る。
プランを示され「自分でも世界を目指せるんだな」
4年前の春、不破は大きな希望とほんの少しの不安を胸に抱え、大学生活のスタートを切った。卒業後の進路を大学か実業団かで迷っていた高校の頃、「五十嵐(利治)監督が熱心に勧誘してくださったことと、先輩に同じ高校の出身で、姉の同級生でもある八田ももかさんがいたことが大きかった」ことが拓大進学の決め手となった。
五十嵐監督は、中学時代から全国の舞台で躍動する不破に注目していた。
「中学生ぐらいでは普通、最初だけ行って後半にバテてしまう子が多い中、聖衣来は最初から自分でレースを作って、最後も勝ち切れるところが他の選手とは違うと感じました」
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高校1年生だった不破を初めて勧誘した際、十数枚に及ぶ「4年間の育成計画」をまとめ、高校の顧問や不破の両親に自身の思いをぶつけた。それが不破の心に刺さった。
「監督が世界を見据えた4年間のプランを考えてくれて、それに惹(ひ)かれました。自分でも世界を目指せるんだなと思うことができました」
心配の種は初めての寮生活だった。学校が休みの日は自炊する必要があり、不破にとってはそれが不安だったが、そうした生活にも夏合宿に入る前には慣れていった。
10000mの日本学生記録を打ち立て、世界選手権に照準
競技面では春から主に5000mで活躍した。実はシーズン当初、不破は「ずっと貧血でタイムが全然出なかった。本当に4年間やっていけるか不安の方が大きかった」と振り返る。だが、5月の関東インカレで優勝し「やっと戻って来られたという自信を持てましたし、改めて4年間頑張ろうと思い直せた」。不破の快進撃はここから始まった。
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僅差(きんさ)で優勝こそ逃したものの、6月の日本学生個人選手権は15分34秒12の自己ベストで2位。約3週間後のU20日本選手権5000mでは、自己記録を15分26秒09まで伸ばして快勝した。結果的に日本選手団の派遣は中止になってしまったが、このレースでU20世界選手権代表の座をつかんだ。
7月17日のホクレンディスタンスチャレンジ千歳大会では、学生歴代3位、U20日本歴代6位となる15分20秒68をマーク。さらに約2カ月後の日本インカレでは、「直前に故障して全く練習できなかった」(五十嵐監督)にもかかわらず、学生トップレベルの小林成美(名城大学、現・三井住友海上)や同世代の山﨑りさ(日本体育大学4年、成田)といった有力選手に勝ち、早くも「学生日本一」に輝いた。
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駅伝シーズンに入った12月の関西実業団ディスタンストライアルin京都は圧巻だった。不破にとって初挑戦の10000mは、積極的な走りで当時の日本歴代2位、U20世界歴代5位の30分45秒21。U20日本記録と日本学生記録も塗り替えた。当時は「10000mが初めてで、このタイムが良いタイムなのかどうかもよくわからなかったです」という程度の認識だったが、これで翌年のアメリカ・オレゴン世界選手権の参加標準記録(31分25秒00)を突破。「狙えるチャンスがあるなら逃したくない」と世界選手権を目指すことに決めた。
五十嵐監督による「4年間の育成計画」では、大学生の最高峰であるFISUワールドユニバーシティゲームズが最終目標だった。目標を世界選手権に上方修正できるほど、不破の進化のスピードはすさまじかったのだ。
その名が一気に知れ渡った駅伝シーズン
不破は印象深いレースの一つに、1年目の10月にあった全日本大学女子駅伝を挙げる。1年生ながらエース区間の5区(9.2km)を任され、スタート前は「初めての10km近い距離なので、走れるのかずっと不安でした」と明かすが、そんな心配をまったく感じさせない快走で6人抜きを達成。9位だったチーム順位を3位に押し上げ、チーム初のシード権獲得と3位入賞の立役者となった。
タイムでも異次元の数字をたたき出した。区間記録(29分14秒)の更新を目標に定めた中、それを大幅に上回る28分00秒。パリオリンピックのマラソンで6位入賞を果たした大東文化大学のエース・鈴木優花(現・第一生命グループ)に59秒もの大差をつけて区間賞に輝き、優勝した名城大の全区間区間賞を阻止した。
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「結果的には思っていたより全然走れたという感じですが、特別調子がいいという感じはありませんでした。走っている時は、前にいる選手を1人ずつ抜いていこうという気持ちだけでした」。全国でテレビ中継されたこのレースで、不破聖衣来の名は一気に知れ渡ることになった。
その後、11月の東日本女子駅伝で群馬県チームを優勝に導いた不破は、12月30日の富士山女子駅伝でも存在感を発揮。最長10.5kmのエース区間で10人抜きを達成し、32分23秒で区間賞。これも従来の区間記録を1分54秒も更新する驚異的なタイムだった。
一体、どこまで強いのか――。大学生になってから不破を知った人たちにとっては、突如現れた新星の底知れぬ能力の高さに、ただただ驚くしかなかっただろう。
大学で初めての長期的なケガ
年が明け、1月中旬の全国女子駅伝では4区で区間新と区間賞。不破の快進撃は2022年も続くと思われた。
ところが、その後、股関節周りの右梨状筋に違和感が生じ、それをかばううちにアキレス腱(けん)が痛み始めてしまった。そこから約3カ月間、走ることができなかった。
「大学に入って初めての長期的なケガだったので、余計につらかったですし、初めての箇所でいつ治るんだろうという不安もありました。世界選手権を目指すとなると、5月7日の日本選手権10000mで3位以内に入らないといけません。そこまでに戻したいという気持ちでやっていました」
復帰への過程で出場した4月の日本学生個人選手権5000mは、12位(17分30秒47)ながら、「3分30秒のイーブンペースで走り切れて、少しは自信になりました」と手応えをつかんだ。ただ、直後に今度は左梨状筋に同じような痛みが発生。それが思うように治らず、練習も積めなかったことで日本選手権は無念の欠場となった。
「もちろん、すごく悔しかったですが、その時の状態では出場したところで絶対に走れないのは分かっていました。それなら、ここで陸上生活が終わるわけじゃないから、先に向けて今は治すことに専念しようと。そこは割り切ってやめようと思いました」
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世界選手権を現地観戦し「いつかこの舞台で」
この年の夏、出場がかなわなかったオレゴン世界選手権では、スタジアムの観客席に不破の姿があった。同行した五十嵐監督は、「2011年の韓国・テグ世界選手権を現地で見た時、テレビで見る大会とは熱量や感じるものが全然違うという体験をしました。彼女にも、自分が出られたかもしれない世界大会を現場で見て、何かを感じてもらいたかった」と渡米の狙いを明かした。不破も女子10000mのレースを間近で観戦し、大きな刺激を受けた。
「テレビでは得られない臨場感やトップ選手のオーラを感じられましたし、いろいろな選手のアップの様子もじっくり見ることができて、すごく収穫になりました。自分もここに出たかったという悔しさも増しましたが、その分、いつか絶対にこの舞台で走りたいという思いも強くなりました」
秋からの駅伝シーズンに向けても気持ちを新たにし、帰国の途についた。
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後編は3月1日に公開します。
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