大学アメフト

関大LB前野太一、師匠に見せたい集大成

身長168cmの前野は、下からかちあげるようにして当たる

関西学生リーグ1部第6節

11月4日@万博記念競技場
関西学院大(5勝)vs関西大(4勝1敗)

関大は初戦から苦しみながらも白星を重ねてきたが、前節10月20日の立命大戦は完敗だった。関大の副将でLB(ラインバッカー)の前野太一(4年、追手門学院)は「立命の個人技にやられて、タックルミスばっかり。そこからロングゲインされてしまって……」と顔をしかめ、悔やんだ。

そして自身最後の関学戦がやってきた。「関大にとって関学は特別な相手です。いつまでも倒すべき相手と教えられてきました。絶対勝って、甲子園ボウルへ望みがつながるようにします」と語った。

ちなみに4years.で先日書いた関学の副将でWRの尾崎祐真(4年、豊中)は大阪府池田市立呉服(くれは)小学校の同級生。副将同士だから、試合前のコイントスで向き合う。その点について前野は「まさかこんなことになるとは」と、小さく笑った。

「低く、低く」

身長168cmの前野は守備の第2列に構えるLBとしては小さい。自分をぶっ飛ばしにやってくるOL(オフェンスライン)対し、下からかちあげるようにして当たり、ボールを持つ選手をタックルに向かう。大男に思いっきり押されることもあるが、やられてもやられても、ひるまずに当たっていく。前野は、その根性では誰にも負けないLBだと思う。

小学5年のとき、「池田ワイルドボアーズ」というチームでフットボールを始めた。関学の尾崎も同じチームだった。当時はRB(ランニングバック)をしていた時期もあったが、ボールを持って走ることより、相手にヒットすることが好きだった。

追手門学院高校で師匠に出会う。かつて監督として京大を4度の日本一、6度の学生日本一に導いた水野弥一さんだ。前野の高校3年間は水野さんが追手門学院高の指導に関わっていた時期で、みっちりと当たりについて学んだ。前野はいまも、水野さんのことを「水野先生」と呼ぶ。

水野さんから最初に言われたのが、「お前の強みは低さや。それだけは譲るな」との言葉だった。その瞬間からいままで、前野の心に「低く、低く」が刻まれている。水野さんは追手門に自作で鉄製の「スレッドマシーン」を持ち込んだ。形状は写真を参考にしてもらいたいが、水野さんはこのスレッドを京大の監督時代から当たりの指導に使ってきた。低く入ってカツンと当たり、下半身も上手に使って斜め上への力を加えないと、しっかりはじき飛ばせない。これがなかなか難しいのだ。

高校時代、師匠お手製の「スレッドマシーン」で当たりを鍛えた(木戸宗子郎さん提供)

前野たちは水野さんから「これでヒットを磨け。毎日100回や」と言われ、当たりまくった。初めてうまく当たれたときの感触は、いまでも忘れないという。そして、水野さんが口にした「いいぞ」のひとことが、何よりもうれしかった。「あの時期のヒットの練習があったからこそ、いま大きい相手に向かっていける」と、師匠に感謝している。

昨年の関学戦で大けが

昨年の関学戦は、前野にとって痛すぎる思い出だ。スターターとして出場していたが、プレー中に本人の表現によると「完全な事故」にまきこまれ、大けがを負った。それが昨年11月で、練習に合流できたのは今年の8月。副将でありながらアメフトのできない時期が長く、焦ったこともあった。日々気づいたことをみんなに伝え、自分の練習として筋力トレーニングに打ち込んだ。ベンチプレスと懸垂を数えきれないほどやった。体を確実に強くした前野は、ようやく秋のリーグ戦中盤から戦列に復帰した。

「あんな長いことアメフトができなかったのは初めてでした。そのときの思いも全部関学にぶつけます。あいつらのオフェンスを止めるだけじゃなく、ボールを必ずとる。僕がそれを関学戦で体現したいと思ってます」。そう言って、前野が鋭い目をして視線を上げた。

強くなった体で、最後の関学戦に挑む(撮影・廣田光昭)

関学に負ければ、甲子園ボウルへの道は途絶える。4年間で初めての関学戦勝利のため、前野は師匠の教えの通り、低く、低く、ぶち当たっていく。やられても、やられてもはい上がる41番が、最後の最後に笑えるだろうか。