最後の早慶戦も挑戦あるのみ 慶大FWリック
特別な試合が近づいている。慶大の4年生FWで、この3月に28歳になる史習成(すう・しゅうせい)リックは、自身最後の早慶戦へ心を高ぶらせる。「関東リーグやインカレは公式戦です。それと同じ重さは早慶戦にはありませんが、試合の空気、雰囲気をお客さんと楽しむ場というのが僕の考えです。選手が楽しめば、試合に来てくれる方も喜ぶ。正直、いまはワクワクしてます」
24歳で大学へ
仲間はみんな「リック」と呼ぶ。年齢からも分かるように、彼のキャリアは平凡ではない。アイスホッケーを始めたのは6歳。父親の仕事の関係で住んでいたシンガポールでのことだった。「3歳までボストンにいたので、もともとの国籍はアメリカです。ボストンはホッケーが盛んで、当時からやりたいと思ってたんです。8歳で日本に来て横浜のジュニアチームに入りました」。13歳で再び渡米。高2で再来日し、強豪の駒大苫小牧高校に編入した。
当時を振り返ってリックは言う。「入部して最初の日の練習は忘れられません。コマザワ伝統の陸トレで、急な坂道を延々上り続けました。僕は3回、吐きました。その日から毎日、練習は地獄でした。でもこの練習は自分には無理だと思ったら、その時点でエリート選手にはなれないと思いました。周りはみんなやってるのに、自分がそれをやらないのなら選手として負けだ、と。慣れれば意外とできるようになるんです。二度とやりたくないですけどね」
スポーツの世界は勝ち負けがつきまとうが、本当の負けは試合に敗れることではなく、挑戦しないことだ。その思いが、リックの競技生活における「幹」になってきた。高校卒業後は、カナダのジュニアチームを経てアジアリーグの東北でプレー。日本に帰化した後に中国のチームに移籍し、そのチームでカットされると、すぐに北海道のチームのトライアウトを受けた。「結局、合格できなくて僕のトップリーグでのキャリアはそこで終わりです。でも挑戦したんだから、負けではない」。24歳にして大学進学にトライ。リックは慶大の総合政策学部を受験し、合格した。
俺がやってやる
日本の大学でアイスホッケーをする中で、リックには気になっていることがある。「ホッケーが好きという点はプロと一緒ですが、大学生は自分でお金を使ってホッケーをやってる。すごく新鮮だったし、素晴らしいと思いました」とリック。一方で、日本選手特有の気持ちを表に出さないスタイルが気になったという。「大学リーグ全体を通じても、『俺がやってやる』という気持ちがもっと必要だと思いました」
リックのプレーを見ていると、自分が点を決めてチームを助けたいという思いが伝わってくる。エネルギッシュなドライブ、ゴールに向かう気持ち。それは、初めてアイスホッケーという競技を見る人にも十分に伝わるものだ。慶大は早慶戦においてずっと勝てなかったが、昨年5月、実に42年ぶりに勝利した。リックは1点目をアシスト。精神面でもチームに大きなプラス要素をもたらしている。
「早慶戦は年に2回(1月、5月)あります。お客さんがいつも以上に入るので、『俺がやってやる』という気持ちで選手はプレーします。関東リーグが毎試合、早慶戦のようになれば、選手はみんな『アイスホッケーを続けたい』『高い目標に向かっていきたい』と思うようになるでしょうね。僕は勝負が好きです。競争をすることで自分を高められます。勝負に勝てる人間になろうと思って毎日を過ごしたことで、自分はつくられたと思います」
春になれば、リックは銀行に就職する。「社会人として勉強して、いつか日本のアイスホッケーのために仕事をしてみたい。そのために一度、競技から離れます」
スポーツマンにとって一番大切なものは何か。最後の早慶戦でのプレーを通じて、リックはそれをアイスホッケーの仲間たちに伝えるつもりだ。