アイスホッケー

波乱の4年間、中大・蓑島が得た確信

波乱の4年間、中大・蓑島が得た確信
蓑島は中大入学前に日本代表入りを果たし、将来を嘱望されてきた

昨年12月28日、インカレの準決勝。中央大は第3ピリオドに東洋大に3点を奪われ、逆転負け。今シーズンの無冠が決まった。

チームのためフィンランドへ

大学アイスホッケーは2シーズン前まで明治と中央の2強時代で、現在は明治の1強状態。それ以前は2強は2強でも、中央、明治の順だった。春の関東選手権、秋の関東リーグ、そして冬のインカレのすべてに優勝すれば「3冠」。中大は3年前、すなわち現4年生が1年生のときに、無敗で3冠を成しとげている。大学生活を最高の形で始められた彼らだったが、自分たちが最高学年になったシーズンは、一つもタイトルを奪えなかった。

準決勝の翌朝に3位決定戦があったため、準決勝敗退が即引退ではなかった。それでも中大の4年生たちは準決勝のあと、なかなか控え室に戻れずにいた。氷にひざをつき、涙を拭う者。ベンチで呆然と宙を見つめる者。リンクを去れない男たちの中に、DF蓑島圭悟(4年、白樺学園)もいた。いつも冷静で、何があっても表情を変えない日本代表選手が、おそらくは大学に入って初めて人前で泣いた。

どんな競技でもそうだが、大学生にとってインカレは特別な舞台だ。とくにアイスホッケーはここ数年、その色合いが濃くなっている。かつて大学のトッププレーヤーは卒業と同時に日本リーグ、現在のアジアリーグへと活躍の場を変えた。ところが近年は国内チームが予算縮小を余儀なくされ、選手の採用が極端に減っている。以前であればトップリーグに進んでいたレベルの選手が、4度目のインカレでアイスホッケー自体を卒業していくのだ。だから、インカレの重みは増している。

その中で高校卒業と同時に日本代表入りした蓑島は、早い時期にアジアリーグ入りが内定していた。代表でも主力のセットに入る蓑島は、大学生では頭一つ抜けた存在だった。

だから蓑島にとってこのインカレは「最後」ではないが、特別な意味を持っていた。昨年8月、夏の合宿を前にフィンランドへ渡り、現地の3部リーグでプレー。中大のキャプテンでもある蓑島の行動は波紋を呼んだ。

簑島が真相を明かす。「春の選手権で明治に負けて、このままいったら秋(関東リーグ)もインカレもとれないなって話を4年生でしたんです。戦術に関して、みんないろんなことを言うけど、何が正解なのかが分かりませんでした。ただ走るだけのホッケーって、海外でやってるのかな。身をもって確かめないといけないなって。4年生の中で実際に海外に行くという行動を起こせるのは僕しかいませんでした。中央がインカレで勝つためには、僕が海外に行って実際に見てくるしかないと思ったんです」

フィンランドから戻ってきたのは、関東リーグが残り3試合という時点。中大の優勝はなくなっていた。蓑島のユニフォームからはキャプテンマークが外されていたが、チームは蓑島の復帰によって変わった。蓑島がフィンランドから持ち帰ったシンプルなホッケー、すなわちDFから時間をかけずに前へパックをつなぐスタイルは、中大をインカレで優勝する可能性を秘めたチームに変えた。しかし、中大はインカレの準決勝で敗退。だからこそ、いつもはクールな蓑島の目にも涙があふれた。「ああ、大学ホッケーが終わっちゃった。自分はチームを勝たせられなかったなあ、って」

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大学最後のタイトルも逃し、いつもは喜怒哀楽を表に出さない男が泣いた

春からの所属先が活動停止

蓑島の心の重しになっていたものが、もう一つある。昨年12月中旬、インカレ前の合宿に向かう2日前のことだった。プロとして来シーズンに加入するはずだったチームが、今シーズン限りでの活動停止を発表したのだ。

自分の気持ちの整理もつかないのに、すれ違う人みんなに「これからどうすんの? 」と聞かれた。「何も決まってないし、よりによってインカレ前だし、正直、そういうのにいちいち答えるのもめんどくさいなあって」。インカレで負けたあと、蓑島はこれで自分のホッケー人生が終わるのかもしれないと思った。「所属するチームがなくなるわけですから。来年、ホッケーをやってない可能性もゼロじゃないんだな、と」。いくつもの思いがにじんだ涙が流れた。

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インカレ前、所属するはずだったチームの活動停止が発表されたが、蓑島(写真右)は最後まで気丈に振る舞った

中大入学前から日本代表として一目置かれ、早くからトップリーグへの道が開かれていた蓑島にとって、大学4年目は順調とはいえないシーズンだった。とくに秋のリーグ戦を前にした海外移籍には、辛らつな声を浴びせる人もいた。でも蓑島は後悔していない。「フィンランドに行って、自分は変われたと思います。海外でプレーするとつらいこともいっぱいある。だから海外でプレーした経験のある日本代表の先輩は、若手がミスしても優しいんですよ。自分が何かに挑戦してる人は、そのつらさを知ってる分、挑戦してる人に対して優しくなれる。身を持ってそれを知れたのは大きかったです」

インカレを終え、故郷の帯広での正月休みを終えたいま、蓑島は海外でのプレーを見すえる。「フィンランド、エストニア、ドイツ。いろんな国を視野に入れてます」。挑戦にはリスクがつきまとい、それでいて栄光は保証されない。それでも挑戦をやめなければ、人は必ず成長できる。その確信こそ、エリートプレーヤー蓑島圭悟が4年間で手に入れたものだった。

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