慶應の野球部に、今年も小さな仲間
慶應義塾大学野球部に2月9日、小さな仲間が加わった。小学5年生の田村勇志(ゆうじ)君だ。田村君は小児特定慢性疾患で、成長軟骨に異常がある。長期療養を必要とする児童らをチームに受け入れるこのプロジェクトは昨年、中学1年生の岩田遼君の受け入れたのに続く第2弾。田村君は12月まで月に数回、慶應の練習に参加する。
子どもたちの姿勢に学ぶ
昨秋まで慶大の助監督を務めた林卓史さんがNPO法人「Being ALIVE Japan」の北野華子理事長と知り合いだったことから、このプロジェクトが始まった。そこには「野球だけでなく、小さな子どもたちの姿勢や生きざまから、選手たちも多くの学びがある」との思いがこめられている。同法人によると現在、長期療養を必要とする児童らは全国に約25万人もいるという。退院して復学後しても、元の学校生活に戻るのは容易ではない。
前回の岩田君は入部当初こそ言葉少なだったが、徐々に選手たちと打ち解け、どんどん練習で自発的な行動が目立つようになっていった。練習から帰宅後も、素振りを欠かさなかったという。修了式に先立って開催された紅白戦ではホームランを放った。その姿を間近に見た選手たちは、「エンジョイ・ベースボール」というチームの原点を思い起こしたという。
今回の田村君は小さなころから入退院を繰り返していたため、野球が好きでも、少年野球の練習を金網越しに見守ることしかできなかった。初めて野球部員になれるチャンスが来た。5月に入院することが決まっている。このプロジェクトには「勇志君が入院生活を頑張るモチベーションにしてほしい」という願いもこめられているのだ。
あこがれの6番
田村君の入団式は、横浜市内にある下田グラウンド横の室内練習場で開催された。本人のあいさつに始まり、選手たちからの質問コーナーへ。その質問に田村君は「変化球を投げられるようになりたいです」「みなさんと一緒に勝てるチームメイトになりたいです」と、ハキハキ応じた。
その後、選手たちとキャッチボール。できたばかりのチームメイトから熱い声援を受け、田村君は満面の笑み。選手たちも普段の練習や試合で見せる厳しい顔とは打って変わって、優しく思いやりに満ちた表情になっていた。最後はみんなで肩を組み、慶應の応援歌「若き血」を歌い上げた。
田村君の母である美香さんは入団式の間ずっと、息子の雄姿をビデオに収め続けていた。「病気のせいで、チームに入って仲間たちと本格的に野球をするのが、いちどもできませんでした。最高峰の大学の野球部に入れていただけて、本当にうれしく思います。野球だけでなく、いろんな面で成長してくれたらいいと思ってます」と、息子の晴れ姿に目を細めた。
入団式を終えて寮に戻って田村君に、彼が希望した背番号6のユニフォームを着せようとしたところ、用意されていたのは9番!! みなで大笑いし、改めて6番のユニフォームが手渡された。6番を希望したのは「あこがれの坂本勇人選手の背番号だから」と田村君。
このプロジェクトは、野球部にとっても予想外の大きな学びとなっている。大久保秀昭監督は「このプロジェクトで選手にも成長してほしい。野球を学ぶことが一番ですが、人を通じて学ぶことも大事」と望んでいる。主将の郡司裕也(4年、仙台育英)は「自分たちが頑張る活力となります。去年の遼君ががんばっている姿を見て、僕らもがんばろうと思ったし、僕らの姿を見て遼君にもがんばってほしいと思いました」と、熱く語る。
昨秋の東京六大学リーグでホームラン王に輝いた中村健人(3年、中京大中京)は、自分からプロジェクトのメンバーに加わった。「お互いに支え合いたい。勇志君は『ダブルプレーを取れるようになりたい』と話してましたけど、そんな連携プレーもとても楽しみです」。優しいまなざしで言った。
一緒に優勝パレードを!!
昨秋の早大1回戦で、岩田君が始球式をした。そのボールはワンバウンドして、捕手の郡司裕也(3年、仙台育英)のミットへ。郡司はそのとき、「遼君のためにも必ず優勝する」と心に誓ったという。初戦に勝って優勝に王手をかけたが、翌日から連敗。リーグ3連覇を逃した。岩田君に優勝を体験させてあげられなかった無念が残った。
新たなチームメイトを得て、新シーズンに向ける思いは一つ。主将になった郡司は「勇志君と一緒に優勝パレードがしたい。全員で肩を組み、『若き血』を腹の底から声を出して歌いたいです」。リーグ優勝へのモチベーションが、またグッと高まった。