大学アメフト

大学ラスト2試合で人生変更、ノジマ相模原のWR伊藤雅恭は小さなビッグプレーメーカー

伊藤(左)はすばやいだけでなく、なめらかに動ける(写真はすべて撮影・北川直樹)

アメリカンフットボールの春の東日本社会人王者を決めるパールボウルは6月17日にあり、オービックが3年連続8度目の優勝を果たした。このトーナメントの準決勝で敗れたノジマ相模原には、大学時代の最後の2試合で社会人でもプレーすると決めた、小柄なビッグプレーメーカーがいた。

快足で駆け抜けたパントリターンTD

IBMとノジマ相模原の準決勝は今年で4年連続だった。タイブレーク方式の延長の末、ノジマ相模原は33-40と4年連続で負けた。

ともにフィールドゴール(FG)を一本ずつ決めて3-3で迎えた第2クオーター(Q)1分すぎ、ノジマに大きなプレーがあった。IBMが攻撃権を放棄するパントを蹴る。ノジマのリターナーに入ったWR伊藤雅恭(まさゆき、23、東京学芸大)がキャッチ。グンと加速し、71ydのリターンタッチダウン(TD)を決めた。身長160cmの小さな体でフィールドを駆け抜け、スタンドを沸かせた。同じ第2Q5分すぎには、フィールド右奥へ走り込んでフリーになり、QBジミー・ロックレイ(カリフォルニア大学デービス校)からのロングパスをキャッチした。ゴール前に迫り、追加点につなげた。

恥ずかしながら、私はこの試合まで伊藤を知らなかった。WRとしては小柄ながら、堂々としたプレーとまっすぐな表情に気持ちの強さが出ていた。そしてなめらかな身のこなしから、強豪大学出身の選手だろうと感じた。調べると東京学芸大の出身だった。学芸大からXリーグの強豪であるライズに入って、実質的なルーキーイヤーから活躍。一体どんな選手なのかが気になった。

試合後の伊藤に声をかけると、彼はぼうぜんとしていた。
「正直、いまは放心状態です。昨年はほぼ出場経験がない中で、せっかく須永ヘッドコーチに使ってもらえてるのに、応えられなかったという無力感が大きいです」

味方のブロックを生かし、パントリターンTDを決めた

野球、ハンドを経て東京学芸大でアメフト

伊藤は幼稚園の年中から中学卒業までは野球に没頭した。野球自体は嫌いではなかったが、指導者とソリが合わなかったこともあり、中学で区切りをつけて、都立国立高校では心機一転ハンドボール部に入った。足の速さには自信があったが、小柄なため試合で身長差を狙われて負けたことも多々あった。惨めな思いや悔しさを感じる一方で、心のどこかで身長を言い訳にしている自分に気づいてもいた。

国立高校の同学年には、のちに京大アメフト部で活躍することになる深堀遼太郎がいた。高校にアメフト部はなかったが、京大の名選手だった父を持つ深掘は、陸上部なのにアメフトのボールを学校に持って来ていた。当時はとくに気にとめていなかったが、アメフトのことはいつも意識の隅っこにあった。

入学の決まった東京学芸大では、野球、ハンドボールで完全燃焼できなかった気持ちが晴れるようなスポーツがしたい。新しいスポーツで、自分に対してやりかえしてやりたいという気持ちが強かった。そんなときに新歓で出会ったのが、アメフトだった。

大男たちの中に入ると、すっぽり隠れてしまう

体が小さいのを言い訳にしない

伊藤がアメフトに決めた理由は二つあった。一つは「体が小さいことを言い訳にできない競技」であること。ポジションが細分化されていて、それぞれ専門性も高く、体の大きさは関係ないと思った。もう一つは、熱烈な勧誘をうけたこと。国立の学芸大には当然、スポーツ推薦はない。加えてアメフト部員はほとんどが大学から競技をはじめるため、部員獲得に対する取り組みはとても熱かった。気さくな先輩とチームの雰囲気、新しいことにチャレンジしたい気持ちがかみ合ったと感じた。

ポジションを決める際、先輩たちからRBを勧められた。しかし「最初に先輩としたキャッチボールや、投げられたボールを夢中で追いかけるのが楽しかった」とWRを希望。それからずっとWRをプレーしたが、チーム事情から4年生のときはQBも経験した。伊藤の高い運動能力とあふれる闘志は仲間にも評価されていたが、当時関東大学リーグ1部BIG8の所属だった東京学芸大は、リーグ戦で苦戦が続き、上位争いには絡めなかった。一選手としても特筆すべき実績はなく、当然社会人Xリーグの強豪チームからスカウトされることもなかった。当初、卒業後にフットボールを続ける気はなかったが、大学での最終戦となった12月の明治学院大(2部)との入れ替え戦で気持ちが揺れた。

「初めて思うようなプレーができて、アメフトがめちゃくちゃ楽しかった」
チームも勝って1部BIG8残留を決め、心底楽しいと感じた。4years.の最後の最後で、これからもアメフトを続けたい気持ちが芽生えた。

入れ替え戦のあと、オールスター戦の「カレッジボウル」にも出場した。この試合で関東のトップリーグである1部TOP8の選手たちと戦った。伊藤にとっては「こんなにレベルが高くて面白いのか」という驚きと喜びに満ちたゲームとなった。この2試合を通し、社会人でプレーしたい気持ちがさらに強くなった。

社会人で続けるため、留年して再就活

社会人のクラブチームで続けるには、週末の練習に参加するために土日休みの仕事に就いた方がいい。しかし、伊藤はすでに平日が休みの会社に就職が決まっていた。アメフトを続けるには、別の就職先を見つけるしかない。非常に悩んだが、親の後押しもあり、半年間大学に残ってアメフトを続けられる会社を探し、改めて就活することにした。

プレーを続けるチームを選ぶにあたって「大学の先輩がいなくてツテもない」「レベルが高い」という二つの条件を大事にした。東京学芸大の後輩の選択肢を増やすため、新たな道をつくりたかった。この条件で選んだのが、ノジマ相模原ライズだった。まだ日本一になったことがないというチャレンンジングな環境にも魅力を感じた。伊藤はライズのトライアウトを受けて合格し、大学に残った半年間はライズの練習生として過ごした。

レベルの違いにショックを受けた。東京学芸大はランがオフェンスのメインだったが、ライズには外国人QBがいて、パスが中心だ。はじめはQBロックレイのボールが速すぎてまったく捕れなかった。「キャッチにはそこそこ自信を持ってたのに、チームでは『ヘタクソ』という扱いでした(苦笑)」と当時を振り返る。昨秋、大学を卒業して選手登録し、出場したのは、対パナソニック、アサヒ飲料、オービック戦の数プレーだけに終わった。

英語でどんどん話しかけ、開いた扉

もっとWRとして試合に出るために、何よりロックレイとのコミュニケーションを大事にした。グラウンドに出るタイミングを合わせて、積極的にキャッチボールをしようと持ちかけ、苦手な英語でどんどんに話しかけるようにした。そのうち「こう走ったら投げやすいだろう」というのが分かってきて、コンビネーションが格段に向上した。また、休まず練習に参加することで、チーム内でも認められるようになっていった。

秋のシーズンはノジマ相模原ライズの23番に注目してほしい。アメフトはいろんな可能性を秘めた競技であることが分かってもらえるはずだ。

試合後のファンとの交流タイムでボールにサイン

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