陸上・駅伝

特集:第103回日本陸上競技選手権

前評判覆した日本選手権Vでも有言実行はならず 東海大・阪口竜平の目指すもの

レース後に塩尻に「接触して申し訳ないです」と声をかけた

第103回日本陸上競技選手権 第3日

6月29日@福岡・博多の森陸上競技場
男子3000m障害 決勝
優勝 阪口竜平(東海大4年) 8分29秒85

日本選手権第3日、男子3000m障害の決勝があり、東海大学4年の阪口竜平(洛南)が8分29秒85で日本選手権初優勝の栄冠をつかんだ。しかし世界陸上の参加標準記録にはわずかに0秒85届かず、レース後には「なんとも言えない気持ち」と胸の内を語った。

「塩尻さんに勝つ」が現実のものに

誰もが塩尻和也(順天堂大学~富士通)が勝つと思っていた。2日前の予選2組で、塩尻は8分27秒25をたたき出し、世界陸上の参加標準記録を突破した。塩尻は順大2年生のときに、この種目でリオデジャネイロオリンピックに出場し、全日本インカレは4連覇、昨年の日本選手権でも優勝と、まさに日本の3000m障害の第一人者。優勝すれば世界陸上の代表に内定するだけに、報道陣の大半が「塩尻がドーハへ」の記事を書くことを想定していただろう。

阪口は予選ではラストで追い込まず、それでも8分35秒85と自己ベストを更新。レース後に同組1位の高橋流星(愛知製鋼)のタイム8分31秒82を目にして「最後いったら、もっと出たかも。僕も(参加標準記録突破を)狙えばよかったですね」と、冗談交じりの口調で話した。そしてその夜、Twitterにこう書き込んだ。

僕は決勝で世界陸上の標準を切って優勝します。有言実行してみせますよ。

第一人者の塩尻に勝たないと、日本のトップに、オリンピック代表になれない

以前から阪口は「塩尻さんを倒して日本のトップになって、東京オリンピックに出る」という目標を口にしていた。だが今回の日本選手権前で、阪口と塩尻の自己ベストには8秒あまりの差があった。「勝つのは塩尻だろう」。みんな、そう思っていたはずだ。ただ、阪口は塩尻に勝つ、優勝できる自信があると言い続けた。そして、本当に勝った。

関東インカレで剥離骨折していた

阪口が3000m障害のレースを走るのは、関東インカレ以来1カ月ぶりだった。関東インカレで勝ったときに「ほかの選手よりも1周少なかった感じで、余裕があった」と語っていた。だが実は、このレースの1200mを過ぎたところの水濠で足をひねり、剝離(はくり)骨折していた。レース後はそんな素振りは一切見せていなかったが、その後3週間は一切走れなかったという。走れなかった分、トレーニングで心肺機能を追い込んだ。「練習できてればもっといい感じでこれたと思うんですけど、まあ最低限の状態では仕上げてこれたかなと思います」。阪口は言った。

日本選手権の予選のあとは「ジョグをしているときは痛みは気にならない」「水濠を飛んだときに少し痛い」「1日しっかり休んで備えたい」と言っていた。そして決戦の日が来た。

塩尻と先頭を交代しながら、ハイペースで

スタートの号砲が鳴ると同時に、「自分から積極的にいくレースが僕の持ち味」との言葉通り、一気に集団の前に出た。最初の水濠を飛んだとき、思わず顔が歪んだ。

水濠で着地したときに痛みが走り、思わず顔をゆがめた

「やばいなと思って、やめようと思うぐらい痛かった」という。それでもペースを落とすことなく、1000mは2分53秒のハイペース。次第に集団が縦長になり、塩尻との二人旅になった。塩尻が阪口の前に出ると、しばらくして阪口が抜き返す。またしばらくすると塩尻が追い抜く。二人が先頭を交代しながら、どんどんと後続を突き放していく。「抜きつ抜かれつでお互い前を譲らなかったので、どんどんペースを上げていけました」と阪口。ラスト1周の第2コーナーに設置されている障害を越えるとき、二人は接触した。阪口はこう振り返る。「僕はハードル跳びなんですけど、塩尻さんは足をかけて跳ぶので、近づきすぎて僕の足が塩尻さんの手に当たってしまい、二人ともバランスを崩してしまいました」

塩尻は続くハードルを跳ぶ前に、歩数が合わずハードルに手をついたのちに転倒。そこからは阪口の単独走になった。彼は塩尻が転倒したことには気づかなかったという。「塩尻さんが離れて『あ、これもらったな』と思いました。水濠のところに西出(仁明)コーチがいて、『(世界陸上の参加標準記録を)切れるぞ! 切れるぞ!』って叫んでて。でも最後きつくて、自分で何秒でいったらいいかも計算できなくて……」。トップでゴールし、優勝をつかみ取ったが、タイムは8分29秒85。有言実行まで、わずか0秒85届かなかった現実を見て、思わず頭を抱えた。

タイムを見て「あちゃー」という顔をした。あと0秒85だった

うれしいような、うれしくないような

「優勝はしたんですけど、標準を切れなかったので、何ともいえない気持ちです。うれしいような、うれしくないような。日本選手権で優勝して、世界陸上の標準を切ると言ってたので、有言実行はできなかったです」。レース後の阪口に、優勝の笑みはない。うれしさよりも、悔しさのほうがにじみ出ていた。

「塩尻さんは予選で(標準記録を)狙って切ってたので、自分は絶対決勝で切って、優勝して世界陸上を内定させる自信はあったんですが、できませんでした。水濠を飛んだところで何度か失速して、つまづく感じがあって。もっと踏ん張りがきけばコンマ何秒かは修正できると思います。ハードリングに関してはよくなっていく感覚があるので、もっともっとよくしていって、走力アップを図っていきたいです」。次はイタリアでのユニバーシアード、そしてその後海外のレースに出るか、そのレースに選手が集まらなければホクレンにエントリーして、タイムを狙うつもりだ。

思わずハードルにうなだれかかる阪口を、2位の打越雄允が祝福した

実はレース直後のインタビュー中も足が痛み、コーチに思わず「やばいっす」と漏らした。足の痛み、骨折がなかったら標準を切れていたか? という質問をぶつけてみた。「それはタラレバなので、骨折してなかったとしてももっと悪かったかもしれないし、よかったかもしれません。これがいまの実力だと受け止めて、次に向けてやっていければ」。その一方で「ハードルを跳ぶたびに痛くて、構えてしまって腰が引けてしまう」とも口にした。痛みがなければ思い切って跳べる、とも。骨折していないければ、と、思わずこちらが考えてしまう。

もっともっと切磋琢磨したい

今回、かねて口にしていた「塩尻さんに勝つ」という目標は達成しましたけど? と聞かれると「勝負には勝ったけど、実際にお互いがベストコンディションで挑んだときにどっちが勝つかはまたわからないです。1回勝っただけで僕の勝ちというわけでもないので」と、冷静に言った。

これからも塩尻はライバルであり、切磋琢磨する相手だ

「これからも塩尻さん、ほかの強い選手も含めて切磋琢磨(せっさたくま)できればいいと思います。僕たちだけではなく、この後に出てくる選手のためにも日本の3障を盛り上げていきたいです。見る人が見れば、3障って面白いと思うんです。その魅力をみんなにも感じてもらえれば、きっともっと盛り上がっていけます」。そう、1万人を超える観客、テレビの向こうでもっともっと多くの人が熱狂した男子100mのように。阪口の視線は、世界とその先に向けられている。

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