陸上・駅伝

特集:第88回日本学生陸上競技対校選手権

400mリレーで個を鍛える近大 井上悟コーチのもと、日本インカレで38秒台を

四人とも関西学生新記録の39秒05には満足していない(右から、西沢、川西、上山、白井。撮影・松永早弥香)

陸上の日本学生対校選手権大会(日本インカレ)が9月12~15日まで岐阜で開かれます。4years.では日本インカレに向けた話題をお届けしていきます。まずは近畿大の男子400mリレーです。5月の関西インカレ男子1部決勝で39秒05をたたき出し、関西学生記録、大会記録、近大歴代記録の三つを更新しました。11年ぶりの関西インカレ優勝でしたが、選手たちの胸には悔しさも宿っていました。日本インカレでは38秒台で表彰台を狙います。

「出る雰囲気があった」関西学生新記録

近大は関西インカレの予選で39秒21をマークし、近大歴代記録を更新した。400mリレーの決勝前には100mの準決勝と決勝があり、2走の川西裕太(4年、近大附)が8位に入った。同じ100mには予選で4走だった笠谷洸貴(かさたに・こうき、3年、同)と白井雅弥(3年、香川中央)もエントリーし、ともに準決勝敗退。このとき笠谷は足を痛めていて、リレーの決勝を走れないことが分かっていたという。100mを走り終えると、笠谷は4走を争ってきた白井に「決勝は任せた」と伝えた。

迎えた決勝、1走の西沢隆汰(3年、近大工業高専)から2走の川西へスムーズにバトンが渡った。この日3本目のレースだった川西は、確実に予選に比べて走れていない感覚があったという。3走の上山紘輝(うえやま、2年、宇治山田商)は川西の走りを見てバトンパスのタイミングを調整したが、想定よりも詰まってしまった。それでもトップを譲ることなく4走の白井につないだ。すぐ後ろには100mで10秒32の自己ベストを持つ立命館大の遠藤泰司(4年、大阪桐蔭)が迫っていたが、白井は必死で逃げ切った。

関西インカレの男子400mリレーで11年ぶりの優勝(近大スポーツ編集部提供)

川西に関西インカレの勝因を尋ねると「いや、僕なんかヘロヘロで、あまり内容はよくなかったんですよ」と苦笑い。それでも近大の短距離コーチの井上悟さん(48)は言った。「陸上は雰囲気も大事なんですよ。確かにあのとき『こいつら記録出すんじゃないか』っていう雰囲気がありましたね」。井上コーチは日大時代の1992年バルセロナオリンピックの400mリレーで6位入賞を果たしたときの3走で、2011年から近大で指導している。

近大は男子1部200mで上山(2位)、笠谷(4位)、西沢(6位)の3人が入賞したが、男子1部100mの決勝に進んだのは川西だけだった。

「日本代表と一緒かな。個々の力では、決勝に出られるのはひとりがやっと。個々のタイムだと関大の方が全然上です。でもバトンでどうにか覆せるんじゃないかな。いまでこそ日本代表は9秒台が3人になりましたけど、リレーが強いからこそ、個人の力も上がるんじゃないかなって思ってます。僕も現役時代、リレーの大事さをずっと経験してきましたから」

そう話す井上コーチは、「リレーを強くして個々の力を伸ばす」という近大の文化を引き継ぎ、リレーを強くする責任感を持って学生たちに向き合っている。

土の200mトラックから始まった

井上コーチが就任した11年当時の練習グラウンドは、タータンではなく土、それも200mしかない環境だったという。「大学生にもなって土の200mなんて……。絶対曲がれないよ。この環境はキツいなあ。でもOKしたし、仕方ないか」。そう思う一方で、前任のコーチから聞かされたリレーへの思いに共感。「近大のリレーを強くする」という使命を果たしたいという思いを強くした。

大阪府岸和田市出身の井上コーチは関西の大学での指導を希望していた(撮影・松永早弥香)

リクルートに力を入れ、選手を鍛えてきたが、川西が1回生だった17年でも何とか40秒が切れるかどうかだった。39秒台が出ても「本当に個々の力が上がってるのか? それともたまたま条件がよかっただけのか?」と疑心暗鬼だったという。コンスタントにいいタイムが出始めたのは、昨年になってから。「スタートがいい」「加速力がある」「加速しながらコーナーを曲がれる」「最後まで力まずに走れる」といった1~4走の役割分担ができる人材がそろってきたという感覚が、井上コーチの中にできてきた。

どの選手もまだまだ強くなれる

1走の西沢は100mのベストが10秒72。リレーメンバーの中では一番遅い。井上コーチは「一番伸び率が高くて、これから期待できる選手です」と言いきる。高校時代は2走か3走だったが、大学になって1走を任されるようになった。そのきっかけになったのが昨年4月の大阪インカレだ。1走で出るはずだった選手が病気で出場できなくなった。「だったら僕がいきますよ」と、西沢が軽いノリで名乗り出たという。西沢のスタートを見て「こいつはいけるな」と感じた井上コーチは、1走を西沢に託した。

「近大はスタートが苦手で」と井上コーチ。その中でも西沢に光るものを感じた(近大スポーツ編集部提供)

唯一の4回生である2走の川西は、昨年の全日本インカレ決勝に悔いを残している。近大は準決勝に進み、タイムで拾われて決勝に進んだ。「結構気が弱くて、試合前もいろいろ考えちゃって……」と川西。初めての全日本インカレ決勝で力を出し切れず、チームは7位にとどまった。

川西の100mのベストは10秒51だ。井上コーチは「いつ10秒3台で走ってもおかしくない。今年に入ってからずっとそう思ってるんですけど、なかなか出さないのが川西裕太のいいところであり、悪いところなんです」と言って笑う。そんな川西はあこがれの選手として「井上悟」の名を挙げた。井上コーチの現役時代、川西はまだ生まれてもいなかったが、その走りを何度も映像で見たことがあった。「走りもそうなんですけど、気が小さい僕に比べて、井上さんはそんな感じが一切なくてすごいなって思うんですよね」と川西。後半が強いタイプだが、いまはスタートの改善にも取り組み、10秒3台を狙っている。

3走の上山は昨年のU20世界ジュニア選手権の200mに出場し、21秒24で準決勝敗退。「いつも通りに」の意識でレースに向かったつもりだったが、自分の走りができなかった。「これが世界の舞台なんだ」と実感した。ともに世界ジュニアに出た大東文化大の安田圭吾(2年、日本工業大駒場)とは何度も相まみえ、負け続けている。「僕自身、今年はそこまでいいレースができてないんでまだまだかなって思ってるんですけど、そろそろ勝ちたいです。リレーで3走を走るには個人でも決勝に残る力がないとダメだと思うので、その力をつけたいです」。向上心がみなぎってきた。

バトンは上山からアンカーの白井へ。白井は立命館に迫られながらも逃げ切った(近大スポーツ編集部提供)

白井は香川の公立高校で1年生のときからエースとして走ってきた。中学のときに足の速さを見込まれて半強制的に陸上部に入ったが、高校で陸上を続けるつもりはなかったという。それでも縁あって香川中央高で競技を続け、部員の3分の1が高校から陸上を始めるような環境ではあったが、100mで10秒70、200mで21秒65とタイムを伸ばしてきた。「大器晩成型だから、お前には陸上を続けてほしい」という高校時代の顧問の言葉を胸に、井上コーチに声をかけてもらって近大に進んだ。

200mの自己ベストは20秒88と、いまの近大リレーメンバーの中ではトップ。ただ、高校でバトン練習をしてこなかったために、なかなかリレーで出番が回ってこなかった。「本当にバトンがへたくそだったんですよ。ほんとは2走の直線を走ってほしいんですけど、バトンミスは致命的ですからね。メンバーに入れなくて悔しい思いをしてきたと思います。でも、しっかり練習して、いまは確実にバトン渡しができるようになってきました」と井上コーチ。これまで4走は100mの速さから笠谷が担ってきたが、「こっからはしっかり走っていけるメンバーだと思います」と、井上コーチも白井にも期待を寄せている。

確実に表彰台に立つには38秒台が必須

近大では井上コーチが週単位で決めた練習メニューを繰り返し、レースの1カ月前からリレー練習を始める。そのメニューは井上コーチ自身が現役の時に取り組んできた練習がベースになっている。

「ずっとやってきたことを、上手に伝えられたらいいなと思ってます。でも、僕が大学時代にやってきたことを100%そのままはできない。だからいいとこ取りです。それでほぼみんな、近大で自己ベストを出してます。その手助けができることで本人のやる気が上がれば、チーム力も一段と強くなってチームの太さが増すんじゃないかな」

「リレーメンバーのリーダーは? 」と尋ねると「川西……、っていま決めました」と井上コーチ(撮影・松永早弥香)

関西インカレでは38秒台とともに、過去2年、負け続けていた関西学院大へのリベンジがモチベーションとなっていた。関学大には当時、17年ロンドン世界陸上400mリレー銅メダルメンバーの多田修平(現・住友電工)がいた。多田は卒業したため、彼へのリベンジはならなかったが、39秒05という関西学生記録を打ち出せたのは大きな自信となった。

日本インカレでも目指すは38秒台だ。

「本当に表彰台を確保しにいくのであれば、38秒台でないと。常に学生とは『38秒台を出したいね』と言ってます。高校時代から活躍してきた同世代の強い選手はみんな、関東の大学に行ってます。その関東をぜんぜん知らないメンバーが表彰台の頂点を狙うのも、おもしろいじゃないですか」

笑いながらそう話す井上コーチのそばで、選手たちも笑っていた。
関西で確かな力と自信つけた男たちが、岐阜で全国の頂点を狙う。

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