陸上・駅伝

「流れ」から「伝統」へ、継承されるエースの系譜 國學院大・前田康弘監督(下)

関東インカレ2部のハーフマラソンで優勝した土方(撮影・北川直樹)

國學院大陸上部を指導するのは前田康弘監督(41)だ。駒澤大の箱根駅伝初優勝を経験し、実業団の富士通で競技を続けた後に、若くして指導者の道を歩み始めました。國學院大の監督に就任して11年目。後編はチームを引っ張るエースの系譜と、現在についてです。

強くなるチームの「流れ」を作り出す指導とは? 國學院大・前田康弘監督(上)

「継承と進化」を繰り返す國學院エースの系譜

國學院大には「エースの継承」があった。現在、國學院大OBで最も活躍しているのは蜂須賀源(コニカミノルタ)だろう。実業団2年目の昨年、10000mで28分5秒32まで記録を伸ばし、今年の元旦はニューイヤー駅伝優勝8度の名門の4区を任された。「蜂須賀は寺田や沖守を見て育ち、そのふたりは荻野を見てエースに育ちました」と、前田監督は語る。

荻野皓平(富士通、マラソン2時間9分36秒)は、國學院大が連続シードをとった11年と12年の箱根駅伝で、2区を1時間8分台で走ったエースだった。その2学年下に寺田夏生(現・JR東日本)が、そして寺田の1学年下に沖守怜がいた。そして、沖守の2学年下が蜂須賀だった。

荻野、寺田、沖守、蜂須賀の4人は、箱根駅伝で特筆するような活躍はできなかったが、2区や5区など流れを左右する区間で好走した。沖守を除いて10000mで28分台を出し、チームの看板選手の役割を果たしていた。「核となる選手がうまく循環してくれました。まず荻野が強くなり、次の選手は彼を見て学びながら、自分の特徴に合わせた努力をしてきた。こちらも合宿で次のエース候補をエースと同部屋にしたりしました。そうすると普段は聞きにくいことも、自然に聞ける。継承と進化を繰り返して、エースが育ってきました」

失敗をステップにした浦野と土方

いまのWエースである浦野雄平(4年、富山商)と土方(ひじかた)英和(4年、埼玉栄)は、蜂須賀が4年生のときに1年生だった。蜂須賀は「このふたりはとんでもない選手になる」と、前田監督に話していたという。ジョグの質が高く、競技者としての意識が高い新人だと感じたようだ。浦野と土方も順風満帆だったわけではない。1年生のときの箱根駅伝は土方が3区で区間18位、浦野は6区で区間17位。「しかしあの大失敗でまた、意識が変わりましたね」と前田監督が言うように、ふたりは失敗をステップにした。

浦野は関東インカレ5000、10000mともに日本勢1位。ホクレン網走大会では5000mの自己記録を更新(撮影・藤井みさ)

「土方は1日に80kmとか、1カ月に1000kmとか走ってました。けがや貧血で2年生の前半を棒に振りましたけど、その年の夏から変わりました。浦野は1年生のときは、けがが多い選手でしたが、2年生以降はほぼありません。ふたりとも、けがをしない術(すべ)を身につけました。やはり、ただ走って強くなる選手はいません。その部分も後輩たちは学んでほしいですね」

エースふたりに関してはさらに深い取り組みができるように、前田監督は練習方針を選手と細かく話し合い始めた。「以前はスピード化への対応に四苦八苦してましたが、選手本人と話して決めるスタイルにしてから、その点もうまくいきはじめました。いまは(スピード化にも)フィットした練習ができるようになったと思います」

その象徴が浦野で、7月のホクレンディスタンスチャレンジ深川大会の10000mでは28分25秒45、同じく網走大会の5000mでは13分45秒94と國學院大の新記録を連発。10000mは今シーズンの日本の学生トップのタイムだ。

3月の日本学生ハーフマラソン選手権では土方が1時間2分2秒、浦野が1時間2分14秒をマーク。土方が4位、浦野が5位で狙っていたユニバーシアード代表を逃し、ふたりとも悔しさを隠さなかったが、ペースの速い20kmの距離にも対応できていた。駅伝のエース区間でも区間賞争いをするのは間違いない。「上の選手が頑張ると、下の選手もそれに影響されてついていくようになります。それが2年生の藤木(宏太)と島﨑(慎愛)の28分台という形になって現れました。今年もいい『流れ』は続いてます」

浦野(左)と土方は、お互いの存在が刺激になっていると話す(以下すべて撮影・寺田辰朗)

土方は今年の目標について、こう話す。「駅伝は3大会とも過去最高順位を取ることが目標です。昨年も『歴史を変える挑戦』がスローガンでしたが、今年も新チームがスタートして、同じ気持ちで挑戦していくことに、すぐに決まりました」。チームには浦野の存在がいい影響を及ぼしているという。「関東インカレに向けての練習では、下級生が浦野に食らいつくシーンがたくさんありました。それが網走での1、2年生の好走につながった。僕らが1、2年生のころより上だと思います。チーム全員でしっかり自己ベストを出すことが、シーズン前半の目標でした。前田監督は選手との距離が近い指導者だと感じてます。場を和ませるのが上手な方で、初めて話す高校生ともすぐに打ち解けた雰囲気になる。コミュニケーション能力が高い人だと思います」

浦野もまた、高い目標を口にする。「三大駅伝すべてで区間賞を取ることを目標に掲げています。トラックでは関東インカレで、昨年まで留学生の揺さぶりに対応できませんでしたが、今年はそこまで力を使わず対応する力がつきました。9月の日本インカレでもう1度、留学生たちに挑みます。エースと言われるからには試合でも練習でも、チームの一番上に立つことでチームを引っ張りたい。箱根は今年の5区を評価してもらってますけど、どの区間でも区間賞を取れると思われたいですね」。前田監督については「常に選手ファーストの考え方をしてくれる指導者」との見方だ。「去年の夏合宿でアクシデントがあって移動がうまくできなかったり、地震があったりしたときにも、選手がいいコンディションで練習できるように手配してくださいました」

「育てる流れ」を継続させたい

國學院の「伝統」ができつつある

前田監督は8月で就任して丸10年になった。7年ほど前に前田監督に取材したときには「ウチにはまだ伝統がない」という話をしていたが、いまはどう考えているのだろうか。「いまもまだ、ほかの大学と比べたら歴史も伝統もありません。これからのチームです。ただ、(監督就任後)箱根に9回出場する間に徐々に、しっかり育てる流れはできてきました。そこはこれからも継続させたいです」

「流れ」という言葉を前田監督は何度も使っている。その「流れ」をさらに継続できれば「伝統」という言葉に置き換えられるのではないか。
國學院大に伝統のできる日が、刻一刻と近づいている。

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