大学アメフト

立命アメフト、京大の奇策を読み切って24年前の“リベンジ”

51ydのリターンTDを決め、喜ぶ立命DB魚谷(3番、撮影・安本夏望)

関西学生リーグ1部 第4節

9月28日@たけびしスタジアム京都
立命館大(4勝)24-13 京大(1勝3敗)

関西学生リーグ1部の第4節で、5年ぶりの甲子園ボウル出場を狙う立命館大が京大に少々苦しめられた。31回のランで86ydしか進めず、前半はオフェンスでタッチダウン(TD)を奪えなかった。それでも10-3とリードして折り返せたのは、京大が裏をかいてきたのを読み切り、ディフェンスでTDしたプレーがあったからだ。

「サードダウンパントくるぞ!」

立命が3-0とリードの第2クオーター(Q)8分すぎ、京大オフェンスは自陣5yd地点で第3ダウン15ydと苦しい状況を迎えた。
立命のサイドラインで誰かが叫んだ。「サードダウンパントくるぞ!」
その声が立命のディフェンスメンバーに伝わり、広がっていった。

通常は攻撃権放棄のパントは第4ダウンで蹴るが、自陣深くに押し込まれたところから陣地を挽回(ばんかい)したいとき、一つ前の第3ダウンで蹴ることがある。これが「サードダウンパント」あるいは「クイックパント」と呼ばれる奇策だ。蹴る側にとっての最大のメリットは、相手がリターナーを置けないため、蹴った分だけ相手の攻撃開始地点を遠くにできることだ。

第3ダウンでパントを蹴った京大RBシルツ(撮影・篠原大輔)

試合の場面に戻る。立命サイドは京大が今シーズンすでに1度、サードダウンパントをやっていたのを当然のように把握していた。だからサイドラインから声が飛び、フィールド上のディフェンス陣11人も、京大が蹴ってくる可能性を認識した。プレーの直前、立命の最後尾を守るDB魚谷海仁(うおたに・かいと、3年、立命館宇治)が中央付近でスーッと下がっていった。「サードダウンパントがあるのは十分に分かってましたし、京大の様子を見てたら蹴ってきそうな感じだったから、下がりました」と魚谷。もちろん蹴られたときにボールを捕り、リターンするためだ。この時点で、サードダウンパントに出る最大のメリットが、打ち消された。

プレーが始まる。ショットガン隊形をとった京大は、QB中畑尚大(2年、高槻)がスッとオフェンスから見て左へシフト。この時点で立命サイドの予感は確信に変わった。ボールは直接RBのシルツ壮馬(2年、洛北)にスナップされる。ボールを受けたシルツは走るそぶりも見せず、パントキックの動きに入った。しっかり蹴られたボールは、弧を描いてフィールドの中央付近に飛んでいった。

高校時代はリターナーの立命DB魚谷、51yd返してTD

プレー前にバックし始めていた立命のDB魚谷は必死に下がり、ハーフライン付近でノーバウンドでキャッチ。さあ、リターンだ。狙いが完全に外れた京大としては、少しでも痛手を小さくしたい。魚谷をタックルしに向かった。

まず右へ走ろうとした魚谷。「人が多いな」と思ったその瞬間、味方から「左こい!」と声がかかった。左へ進路を変える。走り出した瞬間、右にスペースができたのが見えた。味方のブロックに守られ、タックルもかわしながら、エンドゾーン右隅に駆け込んだ。51ydのパントリターンTDだ。10-0。オフェンスが苦しむ中で、非常に大きなディフェンスによる追加点になった。

殊勲の魚谷。高校時代はWR(ワイドレシーバー)でリターナーもやっていた。この試合に向けて、サードダウンパントを捕ってどうリターンするかまでは練習していなかったが、高校時代の経験が生きた。リターナー経験者でなければ、ああうまくは走れない。キッキングゲームにおける魚谷の初リターンTDは、おもしろいことにリターナーでなくなってから生まれた。

まさかのリターンTDにがっくりする京大の選手たち(撮影・篠原大輔)

このプレーは、サードダウンパントをやる側のリスクについて改めて教えてくれた。パントしたボールが捕られてしまったら、タックルに向かうのはみんなオフェンスのメンバーだ。基本的にタックルすることに慣れていない。相手がブロックをしてきたときの処理にも慣れていない。最大の難点は、11人の中に5人の大男がいることだ。この日、京大のOL(オフェンスライン)の5人の平均体重は105kg。彼らに俊敏なリターナーを追いかける機動力を求めるのは酷だ。だからやはり、何とか魚谷に捕らせないように蹴るべきではなかったのか。

1995年の優勝決定戦、きれいに決まった2度の奇策

この話を聞くのに最適な人が、試合後の京大の全体ハドルの脇にいた。京大OBでコーチを務める田中重光さん。1995年の関西学生リーグ最終戦、全勝決戦となった立命戦で、3回生だった田中さんは2度のサードダウンパントを蹴った。2度とも大きく陣地を挽回できた。京大が不利と言われた優勝決定戦を7-3という超ロースコアでものにできたのは、この2度の奇策成功が大きかった。

「読まれてましたね。蹴るのをやめられたら、一番よかったですね」。田中さんは苦笑いで切り出した。田中さんは2回生までキッカーとパンターのスペシャリストだった。2回生の秋のリーグ戦で、キックのスナップが乱れてとっさに投げたパスを見た水野彌一監督(当時、現・京都両洋高校ヘッドコーチ)の発案で、冬からQB兼任になった。その後、左利きの名パサーに成長した。

ブロッカーの後ろについてリターンする立命DB魚谷(中央、撮影・安本夏望)

「僕の場合はパスもあったし、リターナーに下がらせるのも難しかったんだと思います。今日はちょっと読まれやすい動き方をしてしまいましたね」と田中さん。魚谷にノーバウンドで捕られてしまったことについては、「パントしたのがいつも蹴ってる子じゃないから、ただでさえ緊張します。下がり始めたDBに気づいて捕られないところに蹴る、っていうのは難しかったでしょうね。向こうがしっかり準備してたってことです」と話した。

京大のサードダウンパントからの立命のリターンTD。24年の時を経た立命のリベンジ成功、と言ったら大げさか。裏をかき合うアメフトの面白さを改めて感じたプレーだった。

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