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早稲田ア式蹴球部5年目の蓮川雄大 プロの夢破れるも「悔いはまったくない」

もう一つのサッカー早慶戦に、蓮川も学生コーチとして参戦した(すべて撮影・松永早弥香)

11月13日、早稲田大東伏見サッカー場で4年生たちによるサッカー早慶戦があり、引退を間近に控えた4年生同士が、両校のプライドをかけてぶつかった。試合後、ゴールを背に記念撮影に応じる早稲田の4年生部員たちの中に、一人だけベンチコートを着て笑顔を見せる男がいた。蓮川雄大(FC東京U-18)。彼は今年、早稲田のア式蹴球部で5年目のシーズンを送っている。

誰よりも早慶クラシコを待ちわびる男、早大“5年生”FW蓮川雄大

再び膝にメス、夢のプロ入りが大きく遠のく

試合自体は練習試合(45分×2本)という位置付けだったが、本家の早慶戦さながらの熱戦となった。試合は早稲田ペースで進み、0-0のまま迎えた2本目の38分に早稲田のMF藤沢和也(早稲田実業)が決勝ゴール。応援にまわっていた3年生以下の部員たちもフィールドに駆けだし、ともに喜び合った。そして試合後には全員で肩を組み、早稲田の応援歌「紺碧の空」を声高らかに歌い上げた。蓮川もまた、笑顔だった。

FC東京U-18から早稲田に進んだ蓮川は、昨年までの4年間で膝に3度の大けがを負った。当然、まともにサッカーはできていない。プレーヤーとして充実感をかみしめられず、夢のプロ入りも霞んでしまった。「このままでは終われない」と考えた今年、4年生という立場でもう一度シーズンを戦おうと決めた。

迎えた今季は、5年目にして関東リーグ開幕戦で初先発。第3節の中央大戦ではリーグ戦初ゴールも決めた。これまでの鬱憤(うっぷん)を晴らそうと、シーズン序盤から順調に歩みを進めていた。そんな最中、今年7月の早慶戦前に膝の前十字靭帯断裂が判明。またも膝にメスを入れることになり、シーズン中の復帰はもちろん、プロサッカー選手になる夢までも大きく遠のいた。

7月の早慶戦も11月の4年生の早慶戦も、ともに早稲田が勝利した

現在はリハビリに励む傍ら、学生コーチとしてチームをサポートしている。早稲田は11月23日のリーグ最終節・専修大戦を3-0で勝ちきり、リーグ8位で1部残留となった。膝の手術をした約5カ月前からどんな思いで日々を過ごしてきたのか。いまの心境を聞くために本人のもとを訪ねてみると、蓮川は屈託のない表情で胸の内を明かしてくれた。

「(前十字靭帯断裂だと)言われた瞬間は『終わったな……』ってなったんですけど、サッカーに固執しなかったっていうところも意外とあったんです。目先を見たときにはつらいことしかないかもしれない。でも5年、10年というスパンで考えたときに、『自分の選択が間違ってなかった』と思えるような行動をとりたいという考えに変わりました」

今回のけがを受け、志半ばながらプロサッカー選手になる夢は諦めざるを得なかった。それでも「プロになることだけが正解じゃない」と強く心に誓った。競技復帰に向けたリハビリをしながら、就職活動にも励んだ。

「学生コーチとして、チームをマネジメントしていくところは、僕自身新しい発見でもありました。実は『プレーヤーをサポートするのも悪くないな』って思ってきたんです。それをサッカーのフィールドだけではなくて、ビジネスの世界でも生かしていけるのかなっていうのはなんとなく思ってました」と蓮川。幸いにも希望する企業から内定をもらえ、5年目のシーズンを終えた後、内定先へ入社予定だ。

5年目があったから割りきれた

サッカーひと筋でこれまでの人生を歩み、大学入学当初からプロ入りするつもりでいた。しかし膝の大けがが蓮川に重くのしかかった。4年間ではアピールしきれず、5年目にすべてをかけたものの、またもけがとの戦いを余儀なくされてしまった。

今シーズンは間もなく終わりを告げる。蓮川にとって決して満足のいく幕引きではないが、それでも留年してまでこの1年を過ごした価値は少なからずあったと感じている。蓮川は言う。

「割りきれた部分はあるんですよね。『プロサッカー選手には向いてなかったのかな』って。4年目で終えてたら不完全燃焼だったと思いますけど、今年はリーグ戦に出て、得点もしてるんで、チームの一員として戦ってきたんだっていうところには自信はもってます。最終的にけがで終わってしまいましたけど、悔いはまったくないです。『自分がもっと輝ける場所があるんじゃないかな』という方向に向けたのはプラスに捉えてます。大学の部活って監督と選手のつなぎ目っていうのも大事だなって思ってるんですけど、学生コーチとしてそういう橋渡し役みたいな役割を担えたのは大きかったなと。スタッフ向けと選手向けでは言葉も違うと思いますし、微妙なバランスを考えながらチームを支えていくところはやっていてしっくりきてるところです。そういうのは自分に向いてるのかなと思ってますね」

7月に手術をし、いまも競技復帰に向けてリハビリに取り組んでいる

蓮川が前を向けたのは、自らを後押ししてくれる人がいたからでもある。中でもア式蹴球部で切磋琢磨した同期たちは、強く背中を押してくれた。「なんだかんだで同期が一番支えてくれましたね。ずっとユースでやってきた身からすると、プライベートもサッカーも、同期と一緒の時間を共有するっていうのが初めてだったので、昨年までの4年間は毎日が濃い時間でしたし、本当に貴重な時間でした」。一番応援してくれていたという相馬勇紀(早稲田大~名古屋グランパス~鹿島アントラーズ)からは、「ビジネスで何かやるんだったら、雄大が進む道を応援する」とも言われたそうだ。

「いつまでも下を向いててもしょうがない」と割りきった蓮川の意識は、次のステージへと向けられている。「ネガティブな姿勢をずっと見せてても周りの人は喜ばないと思いますし、自分が頑張ってる姿を見せるのがいまの自分にできることかなと。これまで応援してくれた人たちのために、違う形で活躍する姿を見せられたらなって思ってます」。前を見すえてそう語る姿に、確かな覚悟が見えた。

ア式は一つの会社みたいなもの

改めてこの5年間を振り返ってもらうと、蓮川は「苦しい時間が間違いなく多かったんですけど、得たものは大きかったです」と言いきった。とくに人間性の部分では入学したころに比べて大きく変わったという。

4年生の仲間たちと。「1学年上の僕をすぐに受け入れてくれた、大切な仲間です」と蓮川

「入学当時、監督をされていた古賀(聡・さとし)さんが、『WASEDA the 1st(人として一番であれ)』というビジョンを掲げてたんです。この5年間で一人の人間として少し大きくなれたという実感はあります。この経験があったから、いまの蓮川があるんだと。逆境に立ったときにポジティブにことを運んでいく力っていうのは、ア式での経験がなかったら備わらなかったと思うし、例えプロに進んだとしても試合に出られない挫折を味わったときに、多分腐ってたんじゃないかなって思いますね」

度重なる大けがが、蓮川の選手としてのキャリアを阻んだことは間違いない。ただ、それによってつかんだものもある。ア式蹴球部で得た財産がこれからの行く末を大きく後押ししてくれると、蓮川は自信をもって言う。

「ア式蹴球部は一つの組織、会社みたいなものだと思ってるんで、ここで得た経験というのはどの世界に進んだとしても生かせると思います。そういうところは僕の強みとして、この先に進んでいきたいなって思いますね」

愛嬌をふりまきながら話す姿はけがをする前と変わらない。別れ際も両手を差し出し、「ありがとうございました」と握手をしてくれるような好青年だ。そんな蓮川は来春、社会人としての新たな第一歩を踏み出す。

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