サッカー

特集:第70回早慶クラシコ

早稲田の大黒柱、主将のCB大桃海斗は早慶クラシコに勝って泣く

大桃は自ら志願してキャプテンになった(写真提供・早稲田大学ア式蹴球部)

7月12日、神奈川・等々力陸上競技場で早稲田大学と慶應義塾大学のサッカーの定期戦「早慶クラシコ」があります。事前の話題第六弾は早大の主将、大桃海斗(4年、帝京長岡)のストーリーです。

高1の夏以降はCBに専念

早稲田大ア式蹴球部の主将でありDFリーダーの大桃は、何事も前向きに取り組む男だ。体を鍛えるためにはオフであろうとトレーニングに取り組み、試合が近づくと心肺機能を高めるために高地トレーニングまでやる。手を挙げて主将に就任したのも、自分のためになると思ったからだ。大桃は言う。「キャプテンってすごく大変な役回りじゃないですか。だからいままで避けてきて、何も行動してきませんでした。でもいまは、そんな自分を変えたいんです」

新潟県三条市出身。4人兄弟の三男として育ち、小学校1年生のときにサッカーを始めた。中学校時代は学校の部ではなく、県内有数のクラブである長岡ジュニアユースフットボールクラブ(JYSC)に所属。当時はFWでプレーしていた大桃はその後、長岡JYSCと提携関係にある帝京長岡高校のサッカー部に入った。

U-16日本代表に選ばれていた大桃は、代表ではCB(センターバック)としてプレー。高校でも1年生の夏以降はCBに専念した。「夏のインターハイ予選で新潟明訓高校に負けて、そのとき僕はFWでスタメン出場したんですけど、あまりにも何もできなくて……。それもあって自分から監督に『CBにしてください』って言ったんです」

早稲田の先輩たちの人間性にひかれて

大桃は高1の冬に高校選手権に出た。その後は全国大会には出られず、目立った実績を残せないまま最終学年を迎えた。プロ入りの夢は大学進学後に目指すと決め、複数の大学サッカー部の練習に参加。その中から早大を選んだ。

「実は最初、練習に参加したときのフィーリングがよかったので、中大に行こうと思ってたんですけど、そのあと早稲田の練習に参加したら、衝撃を受けたんです。当時高校生だった僕に対しても、部員のみなさんはすごく優しく対応してくれて、まずその人間性にひかれました。でも練習が佳境になると、高校では感じられない厳しい雰囲気もあったので、ここなら自分の苦手なことにも向き合えるかなと感じたんです。それで早稲田へ行きたいと思うようになりました」

高校時代の練習は足元の技術を磨くためのメニューばかり。何より「サッカーを楽しむこと」を重視していたため、無闇に走らされた記憶はなかった。それに比べると早大の練習はキツく感じたが、そうした環境はむしろ、大桃の中ではポジティブなものに映っていた。みんなが真面目にトレーニングに打ち込み、パフォーマンスが悪ければたとえエースだろうと仲間から厳しい指摘が飛ぶ。ここならきっと成長できる。大桃はそう思った。

昨年の東洋大戦で大敗「お前の責任だ」と監督

大桃がCBのレギュラーに定着したのは昨シーズンになってからだ。2年生のときも関東リーグの前期では主力としてプレーしていたが、後期は出番が減った。DF杉山耕二(現3年、三菱養和SCユース)とのポジション争いで後手を踏んでしまった、と大桃は明かした。「試合に出られてることに満足してたわけではないんですけど、そう思われてしまったのかな、と。当たり前ですけど、監督との信頼関係は重要だと思うので、その点で杉山が上回ったのかもしれないです」

それでも3年生になると大桃は一気に飛躍した。昨年から指揮を執る外池大亮監督との出会いも大きかった。いちCBとしての能力はもちろん、声でチームをまとめる力も評価されていると、大桃は考えている。

「試合中、チームの雰囲気を察して声をかけることを外池監督は求めてるんですけど、それは僕がCBになったころからすごく意識してやってることなんです。声を出すと集中力が高まるので、高校のころから当たり前にやってたんですけど、そういう部分もきっと評価していただいているのかな、と。僕はあまり静かにプレーするタイプじゃないので(笑)」

大桃は昨シーズンから指揮をとっている外池監督からの信頼も厚い(写真提供・早稲田大学ア式蹴球部)

大桃には忘れられない出来事がある。昨年の関東リーグ1部後期の東洋大戦に1-6と大敗。外池監督から「あの負けはお前の責任だ」との指摘を受けた。そう言われた瞬間、奈落の底に落とされた気分になったが、自分自身が試されているとも思った。東洋大戦で全力を尽くせていたかと問われれば、そうではない。「もっとできることがあったな」。改めて振り返ってみると、大桃には悔いが残った。

リーグ終盤へと差しかかる時期だった当時、早大は首位に立っていた。次節は2位筑波大との大一番。ここでまた大敗すれば、優勝が遠のく可能性もある。大桃には大きなプレッシャーがかかった。だがここで踏ん張った。筑波との一戦はスコアレスドロー。ここで得た勝ち点1が、3年ぶり27度目の関東リーグ1部優勝へとつながった。大桃は当時を振り返り「いろいろあった中でも正直、楽しめてた部分もありました。筑波はすごく強くて、試合をやってるときは怖さもありましたけど、いま思えばいい経験になったかなと思います」と笑った。

早慶戦で勝った瞬間、自然と涙が出た

今シーズンも不動のCBとしてピッチに立つ大桃には、目標が二つある。一つは早慶クラシコでの勝利。2年生の時に初めて早慶戦に出た記憶は、いまでも鮮明だ。

「スタジアムにたくさんお客さんが入ってて、応援がすごすぎて、味方の選手にまったく声が届かない。そんな経験は初めてだったので、とにかくがむしゃらにプレーしましたね。試合に勝った瞬間は自然と涙が出てました。4年生も涙を流して喜んでましたし、ただの1試合に過ぎないんですけど、ここまでいろんな人の感情を動かせる試合って、大学サッカーにはほかに絶対にないと思うんです。だから早稲田に入って早慶戦で戦えることは、すごく幸せだなと感じてます」

早大は7連勝中だが、今シーズンのリーグ戦では現在9位に沈み、総理大臣杯出場権をかけたアミノバイタルカップでは2回戦で敗退した。それでも大桃は「慶應は関東リーグ2部でトップだから、チーム状況はすごくいいと思うんです。でも早慶戦にかける思いでは僕らも負けてないと思うし、そのあたりの差というのは関係ないと思います。試合に向けてチームの完成度を高めて、モチベーションを上げていけるかが大事だと思います」。自らに言い聞かせるように語った。

サッカーで母親に恩返しを

早慶戦の向こうに見すえるのは、幼いころからの夢だったプロ入りだ。大桃が抱く二つ目の目標である。母子家庭で育った彼は、母親へ恩返しをするためにも、何としても実現させたいと、強く思っている。

プロ入りは大桃の夢であり、そして自分をずっと応援してくれている母親への恩返しだ(撮影・松永早弥香)

「母は僕がサッカーをやっていく上で必要なものをすべてそろえてくれたんです。すごく大変なはずなのに、僕の記憶ではサッカーを続ける上で一度も我慢をしたことがなかった。ずっと応援してくれたんです。そういう母に対して、サッカーで恩返しをしたいというのは物心ついたころからの夢なので、とにかく母のためにという思いも持ってやってます」

昨年末、大桃はア式蹴球部のホームページにある「ア式日記」を書き、その末尾を「プロサッカー選手になって、母に恩返しをする。叶えます」と締めた。早稲田の押しも押されもせぬ大黒柱は、強い覚悟とともに大学ラストイヤーに臨んでいる。

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