大学ラグビー

6年ぶりの大学選手権出場に王手 日大ラグビー部がV字回復できたわけ

日大ラグビー部の坂本主将、中野監督、杉本副将(右から、撮影・斉藤健仁)

スクラムになると、観客席の仲間から「さかもと、ふじむら、あらい!」と大きなかけ声が飛ぶ。ワールドカップイヤーの2019年、「ハリケーンズ」のチーム名そのままに、大学ラグビーシーンに強力なスクラム、モールを武器に旋風を巻き起こしているのが古豪・日本大学だ。

「ハードワーク」「コーチ・施設の充実」「機会の平等」で復活

日大は2015年に関東大学リーグ戦2部で戦うという憂き目をみたが、最短で16年に1部復帰を果たすと、年々成績を上げて、昨年は5位。今年は開幕から法政大、大東文化大、流通経済大と、昨年のリーグ戦2~4位の強豪を次々と破って3連勝した。

主将のPR坂本駿介(4年、三本木農)が「開幕戦で法政に勝てて勢いに乗れました」と言えば、副将のWTB杉本悠馬(4年、佐野日大)は「大東に勝ったとき、生まれて初めて勝って泣きました」と、笑顔で振り返った。

2連覇を確実にしている東海大にこそ7-50と力負けしたが、11月17日には中央大からFWとBK一体となって13トライを奪って83-5と大勝。2013年以来の大学選手権出場に王手をかけた。

日大には高校時代からさまざまな競技で活躍した選手たちが集まり、全国区の活躍を続けている部が多い。しかしラグビー部には高校時代に花園に出場した選手も少なく、学内では「石ころ軍団」と呼ばれているという。そんな「石ころ」の集まりであるラグビー部が、どうしてV字回復を実現できたのだろうか。

そこには三つの要因があるようだ。エディージャパン顔負けの「ヘッドスタート」を含んだハードワーク。コーチ陣と施設の充実。実力次第では誰でも上のチームでプレーできるという機会の平等、である。

朝練習で鍛えてきたスクラム(右が日大、撮影・谷本結利)

2028年の創部100周年に大学日本一を

日大は1985年にリーグ戦1部で優勝。阿多和弘元監督が鍛えた強力なFWを前面に押し出し、90年代から2000年初頭にかけて「ヘラクレス軍団」と呼ばれた。昨年、創部90周年を迎えてスローガンを掲げた。「ヘラクレス軍団」を復活させ、2028年の100周年に大学ラグビー日本一になるという思いを込め、「90 100 STRONG AGAIN(ストロングアゲイン)」とした。

2016年に就任した中野克己監督は、日大の選手時代にFLとしてリーグ戦の優勝を経験し、阿多監督の下でFWコーチを務めていた。就任当時は、現在は女子サッカー部の寮となっている建物をラグビー部が使っていたが、4人部屋に最大8人ほどが詰め込まれ、2~4人がベッドでなく床で寝ているという状況だった。規律もあまり守られていなかったという。

「ヘラクレス軍団を復活させるためにFWから立て直そうと思った」という中野監督は、まず朝5時からの早朝練習と、そのあとに全員で掃除をする「朝掃(あさそう)」を導入した。

部員には東京の三軒茶屋にあるスポーツ科学部だけでなく、桜上水にある文理学部や水道橋にある経済学部の生徒もいる。現在は140人を超える部員全員が寮生活をしているが、練習場と寮は東京都稲城市にあるため、午後の全体練習は6時開始にせざるを得なかった。

そのため、フィジカルトレーニングやFWとBKに分かれてのユニット練習は朝にやっておかないといけないという事情があった。朝6時半に管理人が出勤する前までなら練習してもいいということで、朝5時からのスタートになった。現在、FWは月曜と日曜を除いた週5日で3度のフィジカルトレーニング、2度のスクラム練習に取り組んでいる。

朝の練習後は6時半から10~15分ほどかけて全員で共用部分を掃除し、選手たちは朝食をとって1限の授業に出席するという流れである。現在では大学で練習がハードなのは日大か京産大と言われるほどになった。

東海大戦に負け、悔しそうな表情を浮かべる坂本主将(左、撮影・谷本結利)

日大出身以外のコーチを次々と招聘

中野監督は「3年前にコーチ陣も一新されたので、当時の4年生は『いきなり来たおっさんが何を言ってるんだ』と思ったでしょうね……。反発もありました」と、正直に振り返る。いまでは途中でやめる選手はいなくなったそうだが、就任した年はやめてしまう選手もいて、朝練習に参加しなかったり掃除をしなかったりする上級生もいた。

中野監督はコーチ陣を充実させてきた。流通経済大出身の伊藤武ヘッドコーチ、法政大出身の川邉大督FWコーチ、元NECで立命館大出身の森田茂希コーチと、日大出身ではない人を積極的に招聘(しょうへい)。昨年から日大出身の今田洋介コーチもスクラムの強化の一助を担っている。当然、すぐにいい結果が出るわけもなく、2016年は7戦全敗で8位となり、何とか入れ替え戦で1部に残った。チームが大きく変化したのは、大学側のバックアップもあって施設が充実した17年からのようだ。

この7月にできた「スポーツセンター」の最新トレーニング機器(撮影・斉藤健仁)

「スポーツ日大稲城アスレティックビレッジ」として、もともと人工芝のグラウンドはあった。ここにサブグラウンドができ、17年の春には陸上の長距離部門と合わせて220人ほどが入れる男子寮も新設された。8人部屋で、朝晩は栄養に配慮した食事が出るようになった。また2カ月前には最新鋭のトレーニング機器が並び、ケアルームもある「スポーツセンター」ができた。

17年は2勝5敗、18年は3勝4敗と負け越したが、上位校との接戦も増えてきた。そして今年は高校時代に花園に出場したことのある新入部員も増え、例年より多い44人が加わって部員は140人を超えた。大きく三つのチームに分けて練習し、積極的に練習試合を組む中で、いいパフォーマンスを出した選手は上のチームで起用するという方針を貫いてきた。そのため、現在では試合のメンバーの23人中半数以上が1、2年生というケースも多い。

「キャプテンがグラウンドなら、僕は寮生活、クラブ生活を引っ張ってます。今年は話し合って、4年生も最後までやりきることを決めました」。そう話すのは寮長のHO川田陽登(4年、延岡星雲)だ。川田を筆頭に4年生も率先して「朝掃」をしつつ、練習に参加し続けている。また坂本主将は言う。「1年生のときはベンチ外のメンバーは『試合後、何をするか』ばかり話してたんですけど、いまでは本当に大きな声で応援してくれます」。チームの一体感は確実に増している。

中野体制も4年目になった。「練習の質もどんどん上がって来ていますし、私生活のレベルも質も本当に上がってます。1年生のころと比べたら、規律の面がだいぶよくなり、練習の雰囲気も変わって、やらされてる感じがなくなってきました」。坂本主将の言う通り、日々の生活が変わって、チーム力も上がってきた。

試合のときに使うテントにも、創部100周年への思いが記されている(撮影・谷本結利)

リーグ戦は残り2試合、大学選手権へ弾みを

坂本は入学したときから体重が10kg以上増えた。「スクラムに対する意識が変わった」。練習試合で昨シーズンの大学選手権で準優勝した天理大からスクラムトライも奪った。また春季大会ではBグループで2位となった。大学選手権王者の明治大には19-66と大敗したが、中野監督は「大きな自信になった」と語気を強める。つまり、大学日本一と現在の日大との“距離”が分かったというわけだ。

週2回、朝練習でスクラムを鍛え続ける一方、もちろんディフェンスの強化やボールを動かすラグビーにも取り組んできた。そして迎えた今年のリーグ戦。開幕戦では坂本が「春季大会で大敗(31-54)したので、ターゲットにしてきました」という法政に34-12で勝ち、さらに流経大、大東大と強豪を下し、実力を示した。4年間の練習、そして地道な努力は嘘をつかなかった。

「石ころ」だったチームにゆっくりと磨きがかかり、徐々に輝きを放ち始めた。残りのリー11月24日の専修大戦、30日の拓殖大戦。1勝すれば大学選手権出場が決まる。6年ぶりの全国の舞台で、新たな風を吹かせたい。