大学サッカー

特集:第68回全日本大学サッカー選手権

三冠狙う明治の両翼、中村帆高と森下龍矢 Jでも続く「バチバチ」

来春、明治からは6人のJリーガーが誕生。中村(左端)はFC東京へ、森下(右端)はサガン鳥栖へ進む(撮影・杉山孝)

明治大サッカー部は総理大臣杯と関東リーグを制し、12月11日開幕の全日本大学選手権(インカレ)も合わせた三大タイトルを狙っている。明治からは来シーズン、6人の4年生のプロ入りが決まっている。左右のウィングバックとして今シーズンの躍進を支えてきた中村帆高(ほたか、日大藤沢)と森下龍矢(りょうや、ジュビロ磐田U-18)は、それぞれFC東京とサガン鳥栖で、プロの世界に飛び込む。二人は森下いわく「めっちゃバチバチ」に互いを意識し、切磋琢磨(せっさたくま)してきた。

U-18日本代表の森下を中村が50m走で圧倒

入学前からライバル心に火がついていた。高3のときに参加した明治の入部セレクションでのこと。初めて会う同い年のサイドバックに、互いに目を見張り合った。

当時、“格上”だったのはU-18日本代表に入っていた森下だ。だが「50m走で『よーい、ドン』の瞬間に3mくらい置いていかれた」と、高校サッカー界でもまれてきた中村の身体能力に驚かされた。一方の中村は、Jリーグクラブの下部組織で育った森下のうまさに舌を巻いた。「ビルドアップもめっちゃできるし『こんなにうまいサイドバックいるのか』と思いました」と当時を振り返る。

入学前から始まった争いは、明治の門をくぐると本格的にヒートアップした。中村は右サイドが主戦場だが、森下は左右を苦もなくこなす。右サイドバックの座を争うこともあれば、左右のサイドバックとして“競演”することもあった。とにかく互いのことが気になって仕方なかった。

森下は入学当時の自身を「プライドだらけの人間でした」と言う。「ずっとプロになりたかったので、大学で絶対にやってやるんだ、1年目からスタメンだ、って思ってたんですけど……。いきなり同学年のやつに負けて『ヤバい! 』って。俺の方が絶対に上なのに、って思ってました」。現実には、試合のピッチは遠かった。

それでも2年生になると、中村と一緒にリーグ開幕戦でベンチに入った。ともにしばらくベンチやメンバー外が続いたあと、先に森下がリーグ戦のピッチに立ったが、先発定着には至らずにシーズンを終えた。

栗田監督の“雷”で気づき、森下は自分を変えた

翌年、森下に転機が訪れた。3年生になると、もともと攻撃面の能力も高かった森下は左サイドハーフへコンバートされた。ポジションがかぶらなくなった二人は、リーグ開幕戦でスタメンに名を連ねた。しかしまず中村が、次いで5試合が終わると森下も先発から外れた。

もどかしさを感じていた7月、森下は栗田大輔監督から雷を落とされた。総理大臣杯の関東予選を兼ねたアミノバイタルカップでのことだった。「自分勝手なんだよ、ってぶちキレられました。最初は意味が分からなかったんですけど、どういうことなんだろうと考えると、確かに起用に関して不服を感じていた自分がいました。それをしっかり自分で受け止めて、じゃあ出るためにどうしようかと考えました」

森下(8番)は3年生の夏、プロ入りに向けて自分を変えた(撮影・安本夏望)

目標とするプロ入りに向け、卒業まであと1年半。自分を変えるタイムリミットが迫っていた。森下は考えた。考え抜いた末の結果が「シュートを決めて数字を残すこと」だった。夏場、シュート練習にひたすら汗を流した。1日に50~60本もシュートを打ちまくり、頭と体に点を取る術(すべ)を染み込ませた。

練習は裏切らなかった。その年の総理大臣杯では3ゴールながら大会の得点王に輝いた。決勝の6日後、リーグ再開となる早稲田戦でもスタメンの座を離さなかった。レギュラーになり、「やっと帆高に追いつけた」と森下は言う。すると自分のさらなる変化に気がついた。「それまでいいところなんて見ようとも思わなかったんですけど、やっぱり帆高って、めっちゃすごいんですよね。そんな選手と練習で対戦できるなんて、すごく貴重な時間じゃないですか。そういうところに、しっかり目を向けられるようになりました」

その早稲田戦は、森下と同じく総理大臣杯優勝に貢献した中村もスタメンを張った。最終的にリーグ優勝を果たす早稲田に、明治は6-1と大勝した。その後、二人が先発を手放すことはなかった。

中村「一番マッチアップしたい相手はあいつ」

森下が嫉妬していた中村も、実はライバルをまぶしく見つめていた。「オレは守備を売りにしてて、あいつは大学に入ったときは守備が全然ダメだったんですよ。明治では守備のことをまず言われるんで、あいつは守備を結構意識してたのかもしれませんけど、オレにはない繊細さや頭のよさを持ってました」。自分ではなく森下が出る試合を見て、あるいは森下が先にトップチームに上がったときを振り返り、中村は「めっちゃ意識してました。たぶんオレの方が意識してましたよ」と照れ笑いした。

3年生になって森下が左サイドハーフに転向したことで、二人の関係性にも新たなエッセンスが加わった。中村が右サイドバック、森下が左サイドハーフとして、練習でマッチアップする機会が増えたのだ。中村が顔を紅潮させながら言う。

「あいつにだけは絶対に負けたくないと思って。練習でもちょっとケンカになったりしましたよ。お互いちょっとやられても『いや、全然やられてねぇし』って。あいつがどう思ってるかは分からないけど、オレは本当にあいつに抜かれるのは嫌だったし、大学サッカーで一番マッチアップしたい相手は誰かと聞かれたら、あいつですって答えますよ」

「あいつにだけは絶対に負けたくない」。中村はそう思いながら4年間、森下と切磋琢磨してきた(撮影・安本夏望)

森下も燃える思いを隠さない。「明治は1対1の練習が多いんですけど、全然(中村を)抜けないんですよ。ムカつくくらい」。そう言う中村の顔は、少しニヤけていた。

4年生になってもプロの世界を近くに感じられず、二人して就職活動に励んだ。大学選抜での遠征先の海外でも、エントリーシートを書いていた。その後、そろって7月のユニバーシアード代表に選ばれ、優勝に貢献。金メダルを手にした先で、ついにプロの扉が開いた。

4年間には成長のチャンスがたくさんある

森下が大学生活を振り返る。「4年間あるからこそ、毎日を積み重ねていくにつれて相手やライバルのよさを認められるようになって、そこが成長のチャンスの一つになるんじゃないかなと思います」。その思いは中村も一緒だ。「森下だけじゃなく、明治大学体育会サッカー部には自分を奮い立たせてくれる成長のきっかけが本当にたくさん転がってるんです。その一人があいつだし、いろんな仲間に刺激をもらいました」。二人はいま、その仲間たちとともに大学サッカー界の完全制覇へと突き進んでいる。

学生サッカー最後の戦いを終えると、今度はJリーグの舞台で真剣勝負を繰り広げる。「本当に、早くJリーグでマッチアップしたいですね」と中村が言えば、「マジもう、ぶっ飛ばしますよ。ひねりつぶします」と森下が笑う。二人の「バチバチ」は、まだまだ続く。