大学野球

「医学部準硬」を探る~山形大医学部 さまざまな野球人生、認め合って成長

6学年で選手19人、女子マネージャー19人の山形大医学部準硬式野球部。指で「ハート(心臓)」のポーズが医学部らしい(すべて撮影・松橋隆樹)

硬式でも軟式でもない。準硬式野球という競技がある。全日本大学準硬式野球連盟には約280大学が加盟し、登録選手数は1万人超。硬式球のものに近いコルク芯をゴムで覆ったボールを使い、金属バットも使える。各大学の医学部にある野球部は準硬式が主流となっており、6年という修業期間の中で技術を高め、勝利を目指す。大学野球のもう一つのかたちとも言えるだろう。医学と準硬に打ち込む山形大学医学部を取材した。

山形大医学部準硬式のエース金原広汰、仙台一高で目指した甲子園と医学部現役合格

28歳の6年生「もっと上達したかった」

「僕は留年したので、7年間準硬をやったんですけど、それでも短かったです」と話すのは、山形大医学部6年生の小川亮(宇都宮)だ。本人いわく「いろいろ苦労して」、現在28歳。7年間打ち込んだ準硬について「飽きることはなかった。もっと上達したかった」と語る。

山形大医学部は、1部8校、2部6校からなる東北地区リーグに所属。全国制覇の経験がある東北学院大や仙台大などとともに、春秋のリーグ戦を戦っている。練習はナイター照明付きの専用グラウンドで平日の3日間(午後5~8時)取り組み、土日は試合が中心。部員は38人で、チームの運営は選手たちが担っている。

6年生の小川(左)と髙橋は充実した大学野球を振り返り、「6年間は短かった」と口をそろえた

体力面を考えると、一般的に6年生の方がキツそうだが、小川はこう話す。「年々、頭の部分が鍛えられて、それが試合で発揮されるんです」。昨春はスタメンのうち3人が6年生だった。「野球が本当に好きなので、草野球でもいいから続けたい。どこの病院に勤務しても、野球部はありますからね」と小川。

同じく6年生の髙橋直弘(東葛飾)は投手で入部し、硬式と準硬式のボールの違いを楽しんだ。「変化球はカーブ、スライダーが中心。リリースポイントをつかむのには、少し苦心しました」。リーグ戦では、ほかの大学に所属する所属する甲子園常連校の硬式出身の選手とも対戦する。その真剣勝負が、一番燃える瞬間だった。「花巻東とかPL学園とか、レベルが違いました。『脚はえー!』『打球すげー!』って、テンション上がりましたね」。そんな髙橋だが、けがに泣かされ、最後は外野手に転向。だからこそ、自分が一番お世話になった整形外科医になるのが夢だ。

野球未経験者の新入生に「大丈夫。6年ある」

昨春、野球初心者が入ってきて大歓迎を受けた。新入生の名は大沼靖(1年、山形東)。小、中学校では剣道、高校はフェンシング。インターハイ16強という輝かしい実績を持つ。まずボールを投げたり、捕ったりができない。キャッチボールを教えてもらうところからのスタートだった。「テレビで見るのと、やってみるのとでは難しさが全然違いました。ボールがうまく捕れなくて歯が折れたり、目に当たったりしました。でも先輩が優しく教えてくれるので、この仲間で野球をするのが楽しいです」。そう言った大沼の目は、輝いていた。

昨年入部した大沼は高校時代フェンシング部だった野球初心者。いま野球の楽しさにはまっている

選手が選手を教える。部に新しい絆が生まれた。「大丈夫。初心者でも6年間あればうまくなれるから」。先輩たちはそう声をかける。焦らずに目標に向かって努力できるところも、この部のいいところだ。大沼は公式戦デビューを目標に、黙々とティー打撃に取り組む。

高校時代、最速140kmの投手として注目された硬式の伝統校出身者がいたり、高校野球を我慢して医学部合格を勝ち取り、いまは肝臓がんの研究をしながら左打者への転向に燃える選手がいたり。19人と選手と同数の女子マネージャーの中には、医師の夢が諦めきれず、別の大学に入ってから3浪して入学し、部員を支える者もいる。選手たちは1限から4限まで授業があり、隔週で試験も。4年生になると実習が毎日あり、常に勉強に追われる毎日だ。その中で、ときには寝る時間も削りながら仲間との野球を心から楽しむ。桜梅桃李(おうばいとうり)の野球人生がここにある。

別の大学から転学して医師を目指すマネージャーの清水はソフトボール出身。動画で選手のフォームを分析中

勉強が忙しすぎる、だからこそ成長できる

部のOBで同大学病院の外科医である矢野充泰監督(43)は「勉強もやり、野球も勝ちにいく。一つのことに全力を出せる選手は、患者を治すために全力を出せる医師になれるんです」と言って、グラウンドの選手たちを見つめた。

高校時代は神奈川の強豪私学で野球に没頭し、2浪の末に山形大医学部に入学した。「私自身、野球から精神的強さをもらいました。医師って勉強だけできればいいわけじゃないんですよね。人間形成の部分が、野球で身につくと思ってます。勉強が忙しくて大変な毎日ですけど、選手たちには投げ出さない人間になってほしいですね」と、エールを込めて話した。

医師という夢を追いかけながら、野球に打ち込む大学生活。昨シーズンの主将を担った嶋村清州(3年、膳所)は、誇らしげに言った。「勉強がとにかく忙しいんですけど、だからこそ成長できるのかもしれません」。彼らにとっての大学野球は6年あるが、やっぱり「短い」。

昨シーズンの主将だった嶋村は膳所出身。昨春のセンバツで後輩たちが甲子園出場(21世紀枠)を果たし、刺激を受けた

山形大学医学部準硬式野球部
創部1975年。東北地区大学準硬式野球連盟所属。佐藤慎哉部長。矢野充泰監督。永瀬智顧問。嶋村清州主将(3年、膳所)。部員数=選手19人、女子マネージャー19人。主な成績=2011年東医体優勝、清瀬杯(全国大会)出場。

in Additionあわせて読みたい