大学陸上・駅伝

特集:第88回日本学生陸上競技対校選手権

800mの秋田大・広田有紀 理想のレースができるまで、医者にはならない

最後の日本インカレで、広田は優勝だけを狙っていた(すべて撮影・藤井みさ)

第88回日本学生陸上競技対校選手権 女子800m決勝

9月15日@岐阜メモリアルセンター 長良川競技場
2位 広田有紀(秋田大学医学部6年)2分4秒97

陸上の日本学生対校選手権(日本インカレ)最終日の9月15日、秋田大医学部医学科6年の広田有紀(新潟)は確固たる決意と自信を胸に、女子800mの決勝に臨んだ。これまでの日本インカレで、広田は3位、2位、2位ときていた。今回の予選を走り終え、広田は「最後の日本インカレは優勝します」と言いきった。しかし、決勝で塩見綾乃(立命館大2年、京都文教)に2連覇を許した。広田は2位だった。

いつしかそばに医学と800m 秋田大・広田有紀

実業団選手との合宿を経て、勝つ準備はできていた

「ただただ弱かった。勝てる心づもりもできてたんですけど、(塩見さんは)強かったですね。私には勝つためにまだまだ足りないことがあるのを実感しました」。広田はそう口にした一方で、納得できないような表情を見せた。優勝するための練習を積んできた自負があったからだ。

医学部6年生の広田は、この7月半ばに実習を終え、10日間ほどの合宿に2度取り組んできた。長野県の菅平と、北海道の北見で走った。北見での合宿は大森郁香(ふみか、奥アンツーカ)や山田はな(わらべや日洋)といった実業団のトップアスリートと一緒だった。広田は普段、男子学生と練習している。北見合宿ではいつもとは違った緊張感があり、競り合いながらの練習に手応えを感じていた。

決勝を振り返り「もっと早い段階から前にいけていたら、また違う展開になったのかな」と広田

800m決勝。スタートしてすぐに塩見が前に出ると、その後ろに細井衿菜(慶應義塾大1年、中京大中京)と広田がついた。ラスト1周、細井が遅れ始める。広田は前に出た。優勝争いは塩見と広田に絞られた。しかし、広田はラストの切り替えが効かず、塩見が逃げ切った。ラストスパートはさんざん練習してきたことだった。「何が足りないのかな。ちょっとまだ、いまは分かりません。いっぱいやったんですけどねぇ……。負けちゃいました。でも出し尽くしたとは思います」。そう言っては、首をかしげた。

東京オリンピックも、目標までの通過点

広田は今シーズン、10月19日に新潟である「Denka Athletics Challenge Cup 2019」まで走り続ける。この大会で2分2秒台を狙う。そして来年6月の日本選手権に照準を合わせ、東京オリンピックを見すえて競技に打ち込む。そのために研修医になるのを1年先送りにし、来年は競技に集中する日々を過ごす予定だ。「あがけるところまで、あがきたい。医者になるのはそれからです」と広田。それでも彼女の最終的な目標は東京オリンピックではない。

「日本選手権を終えて東京オリンピックを逃したとしても、まだまだ(陸上を)やりたいと思ったら(研修医になるまでの)期間を延ばすかもしれない。正直そこはまだ未知数なんです。いまはまだ、練習で出せてる以上の記録が出ないなって思ってて……。自分の中でやり尽くしたというか、満足できるレースができたら引退かなって思ってます。満足のいくレースをやるのが目標で、その途中に東京オリンピックという目標があります」

勝つ心づもりをして臨んだ日本インカレでも、満足いく走りができなかった(左が広田)

満足するレースとは?「走り終わってみないと分からないです」と広田。今回の日本インカレは気温が30度を超す中でのレースとなったが、広田は自己ベスト(2分4秒33)に近い2分4秒97で駆け抜けた。「正直、私の中で(2分)4秒台はどうでもよくて、タイムが出て喜ぶのは2秒台ですね。3秒台でも喜ばない。タイムとしても、こんなもんかと思いました。結果としても去年みたいな抜かれ方をして、あんまり成長してないのかな。点数をつけるなら60点ぐらいという感じです」とバッサリ。その口調に彼女の決意の固さを感じた。

「全国1位になるまではやめたくない」

広田の母は眼科医で自宅は診療所ということもあり、幼いころから「お医者さん」になることを思い描いていた。競技と医学の両立に悩んだこともあったが、母は広田の気持ちを尊重してくれた。研修医になることを1年遅らせると決めたときも、母は背中を押してくれた。日本インカレでも、ひときわ大きな声で応援してくれた。将来的に医師になるというのは変わらない。いまは産婦人科や整形外科などを考えているが、その後は「母と同じ眼科になるんだろうな」と思っている。

広田は新潟高校時代、2年生で国体の800mで優勝、3年生ではインターハイの優勝を経験している。しかし大学に入ってから、全国舞台での優勝はない。「どこかで全国1位になるまではやめたくないです」

満足いく走りができるまで、広田はあきらめない

大学に入ったとき、広田は陸上を続けるつもりはなかった。医学部の先輩から勧められて入部。初めての大会で力を出せなかったとき、その先輩に「なかなか戻らないものなんだね」と言われて奮起した。あの先輩、その後はどうですか? 「有紀はさすがだね、って言ってくれるようになりました。ようやく見返せました」。広田はうれしそうに笑って言った。

負けん気、強気。それが広田有紀の背骨になっている。