陸上・駅伝

関学・伊藤裕世、追加選手で東京マラソン出走 ラストレースは感謝を込めて

伊藤は競技人生最後のレースを笑顔で終えた(撮影・佐伯航平)

東京マラソン2020 男子

3月1日@都庁前スタート、東京駅前をフィニッシュとする42.195km
92位 伊藤裕世(関西学院大4年)2時間20分55秒

今年の東京マラソンは新型コロナウイルス感染症拡大予防のため、一般の部を中止し、エリートの部のみの開催となった。大会2日前、エリートランナーの欠場に伴い、準エリートの部から男子10人の追加が発表された。関西学院大学4年の伊藤裕世(ゆうせい、乙訓)はその一人だった。「ほとんどの人が走れなくなった中で自分が追加選手に選ばれたので、第一に感謝の気持ちで走りきりました」。レース直後、伊藤は笑顔でそう口にした。今大会が競技人生最後のレースだった。

スタート直後、大迫傑と並んで走り

レースを前にして、伊藤は初めてスペシャルドリンクを用意した。今大会は東京オリンピック日本代表の最後の1枠をめぐるレースということもあり、錚々(そうそう)たる顔ぶれがスタートに並んだ。9時10分に号砲が鳴り、伊藤は大迫傑(Nike)のすぐ隣につく。その後、大迫と井上大仁(MHPS)は第1集団につき、併走できたのは一瞬だったが、国内トップランナーの速さを身をもって知らされた。

伊藤(220番)は大迫(21番)と並んでスタートを切った(撮影・北川直樹)

目標タイムは2時間18分。ときには単独走にもなりながらも自分のペースを刻んでいたが、中盤以降、次第にペースが落ちていく。それでも「これが最後のレースだから」と踏ん張った。今大会には沿道での応援自粛が呼びかけられていたが、それでも東京駅前のフィニッシュエリアには多くの観客が詰めかけ、ランナーたちを迎え入れた。伊藤は持てる力をすべて振り絞り、最後は両手を挙げてゴール。タイムは2時間20分55秒で目標には届かなかったが、「今日は120%の力で走りきりました。本当に楽しかったです」。ゴールの瞬間と同じように、満面の笑みで話してくれた。

駅伝の体力をつけるために始めたマラソン

「ここで陸上をしたい」と思い描き、関学には一般入試で進学した。同級生は石井優樹(布施)のように、高校時代から活躍してきた選手ばかり。「中高のとき、僕は何も実績がありませんでした。だから彼らと一緒に練習できるのがうれしくて、彼らは『目標にして(駅伝)メンバーになれるように頑張ろう』と思わせてくれる存在でした」と伊藤。2回生のときにマラソンを始めたのも、駅伝を走る体力をつけたいと考えてのことだった。

しかしメンバー入りは遠いまま、ラストイヤーを迎えた。最上級生としてチームを支えたいと思う一方で、走りで示せない自分がどうやって後輩たちを引っ張っていけるんだろうと思い悩んだ。結局、駅伝を走ることはなかった。

そんな中、昨年11月の神戸マラソンで2時間20分48秒を記録し、東京マラソンエリートの部の基準タイムを突破。「『自分もやれるんだぞ』って後輩や同期に対して胸を張れるようになりました」と振り返る。競技人生の最後に何か形に残したいと考えていた伊藤は、東京マラソンを最後のレースに決めた。エリートの部は男女100人を定員とし、定員を超えた場合は準エリートの部から出走と定められている。伊藤は準エリート扱いだった。

最後の1km、感謝の気持ちで胸がいっぱい

今年2月2日の香川丸亀国際ハーフマラソンは1時間8分46秒。2月16日の京都マラソンでは優勝を狙うも、2時間26分13秒の記録で5位だった。調整を重ねて最後のレースを待ちわびていたが、前述の通り、エリートの部以外が中止になった。有終の美を迎えられない。悔しさを抱えていた伊藤の元に、エリートランナーとして出走できる知らせが入った。

一度は消えたラストラン。感謝の気持ちを込めて走りきった

走っている最中、これまでの競技人生が走馬灯のように頭をよぎった。とくに最後の1kmは苦しかったが、「これで終わるんだ」と思うと寂しさがわき起こり、有終の美に向けた力に変わった。沿道の人々の応援に触れ、これまでたくさんの人々に支えられてきたことを改めて実感。感謝の気持ちで胸がいっぱいになり、涙がこみ上げてきたという。

この春には一般企業に就職する。いま後輩たちにどんな言葉を伝えたいですか? 「最初は結果が出なくても、僕のように『こうなりたい』『いつかは実現させる』と思い続け、目標をもって最後まで正々堂々夢に向かって頑張れば、いつかは形になると思う」。そして実業団に進む石井へ、「もうライバルとして戦うことはないんですけど、仲間として彼の健闘を祈って応援してます!」とエールを送った。

関学の校章は夜空に輝く三日月だ。欠けた三日月がやがて満月になるように、常に向上心を忘れないでほしいという思いも込められている。仲間と挑戦し続けた日々を胸に、伊藤は新しいスタートを切る。

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