大学アメフト

アメフトで目指す究極のキッカー、亡き友への誓い オービック山﨑丈路(上)

キッカーでNFLを目指すオービックシーガルズの山﨑丈路(撮影・大西史恭)

関西学生2部リーグの大阪大学でアメリカンフットボールを始めた山﨑丈路(やまさき・たける)は、キッカーとして最高峰の米ナショナルフットボールリーグ(NFL)を目指しています。今季から社会人の強豪オービックシーガルズに移籍し、「キックを極める」という究極の目標に向かってひた走る26歳を2回に分けて紹介します。

眼鏡で小太りの少年は、アメフトの本場で心に火をつけた オービック庄島辰尭(上)

サッカー部の友とあまりに早い別れ

大分県出身の山﨑はサッカー少年だった。県立大分上野丘高校サッカー部を引退し、「サッカーでは力が足りない。プロを目指せるレベルではない」という自覚はあった。志望していた大学の受験に失敗。浪人生活を送っていたある日、山﨑の人生に大きな影響を与える転機が訪れた。

高校時代の友人で、サッカー部の主将だった同級生が小児ガンで亡くなった。高校2年生の冬から闘病生活を送っていることは知っていたが、あまりの早い別れに言葉を失った。山﨑はその友人が最期に「サッカーをやりたい。サッカーがしたい」と繰り返していたと聞いた。そんな言葉を聞いて、「サッカーではプロになれないだろうし、大学ではサークルとかに入ろうかな」と考えていた山﨑の気持ちに変化が起きた。「やりたくてもできない人がいるのに、やれる自分がやらないのは違う」。志望大学のレベルを少し上げ、大阪大学の合格を勝ち取った。

大阪大学時代は関西学生2部で奮闘。4年生の時は最優秀キッカーに選ばれた(写真は本人提供)

阪大でサッカーを続けるか迷っていた山﨑はアメフト部から勧誘を受けた。練習を見学し、楕円形のボールを蹴る専門のキッカーというポジションを知った。「正直、サッカーではステップアップできる自信がなかった。アメフトのキックに出会って、『これは向いているかも。日本一、日本代表を目指せるかもしれない』と思った」。関西学生2部リーグ所属とはいえ、必死に練習しているアメフト部の先輩の姿にも惹かれた。「サッカーは辞めるけど、ここなら(亡くなった)友達も認めてくれるかもしれない」。未知のスポーツに飛び込む覚悟を決めた。

大阪大学でアメフトと出会う、47ydのFG

アメフト部に入部すると、そのキック力は即戦力になった。1年生の春から試合に出場し、2年生の秋の試合では決して簡単な距離ではない47ydの長いフィールドゴール(FG)を決めた。「キッカーとしてはやっていけるかもしれない」と自信がつき、国内のトップ選手に教えを請うために自ら社会人の強豪チームの練習に足を運び、大学オールスターチームの練習を見学した。外の世界を知ることで、自信はさらに強固なものになった。関西や関東の1部リーグで活躍するキッカーばかりが注目されることを悔しく思い、2部の選手でもできるという思いが強くなる。胸中は「自分は負けていない」と確信していた。

大学でアメフトと出会い、もっとキックを突き詰めたいと思った(撮影・大西史恭)

山﨑が在籍した4年間で、阪大は悲願の1部昇格は果たせなかった。2部のチームは部員数も少なく、山﨑はキッカー以外のポジションも兼任した。「正直、モヤモヤした4年間でした」と振り返る。だからこそ、「もっとキックを突き詰めていきたい」と強く思った。大学生活の4年間で人生をかけてやり抜きたいことを見つけた。そして、本場米国への挑戦の背中を押してくれる新たな出会いに恵まれた。

規格外73ydのFG成功、練習ながら本場でも話題 オービック山﨑丈路(下)

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