陸上・駅伝

特集:第52回全日本大学駅伝

東洋大学「回帰と挑戦」新しい段階に入ったチーム、伊勢路では優勝争いにからむ

9月の日本インカレ10000m、力強い走りで「復活」を印象づけた西山(撮影・藤井みさ)

東洋大学は昨年まで箱根駅伝で11年連続3位以内と安定した強さを誇っていたが、年始の箱根駅伝では10位に終わり、酒井俊幸監督はレース後「1からチームを作り直す」と宣言。新シーズンになってからの取り組みと、いまのチーム状況について酒井監督、大森龍之介主将(4年、佐野日大)、西山和弥(4年、東農大二)にオンラインで取材した。

「回帰と挑戦」新チーム、コミュニケーションを密に

酒井監督は2020年度の東洋大学陸上競技部の主将に大森を指名した。大森はこれまでけがが多く、3大駅伝を走ったことがない選手。だが1年から3年間学年主任をつとめ、下級生とのコミュニケーションもうまい。4年生の中の実力という意味では西山の力が抜き出ているが、「大森の力を主将として発揮してくれたほうが、チームとしてうまくいくのでは」という考えからだった。

指名された大森は「プレッシャーもあった」と率直な気持ちを明かしながらも、「それ以上に周りの仲間の協力があって支えてくれたので、重圧を大きく感じたわけではないです。とにかく周りをよく見なくてはいけない、と目配せを徹底しました」と語る。

主将の大森はチーム運営の難しさを語りながらも、その言葉からはいいチームになっているという手応えが感じられた(写真提供・東洋大学陸上競技部)

新チームの目標は「もう一度強い東洋を取り戻す」。「回帰と挑戦」をスローガンに始動した。しかし新型コロナウイルスの影響で3月の学生ハーフマラソンの中止が決まり、次々と大会も中止・延期に。東洋大陸上競技部も3月末から自宅待機となり、4月には寮を閉鎖した。

各自がそれぞれの場所で練習に取り組むこととなり、大森は「チーム運営が難しかったです」という。誰も経験していなかったことなので、とにかく手探りだった。「オンラインミーティングをしながら、『対面では密になれないけど、コミュニケーションは密に』と心がけました。でも寮にいればそれとなく話すこともありますが、家庭での食事の時間もバラバラだし、すぐに返信がなかったりとスムーズにいかないこともたくさんありました」

それでも学年間のLINEグループを作ったり、なるべく伝わりやすい方法を試行錯誤。最終的にミーティングや報告などが丁寧に行われるようになり、「コロナ禍になる前よりよくなった」と酒井監督はいう。「それぞれ地元での練習環境も違うので、細かなメニューは出さずに、自分たちで考え組み立てるように言いました。この状況だからこそいままでにないような試みを、と思って学生たちに思い切って任せました」

大森はこの状況になって、各個人が臨機応変に対応するようになり、考える力がいままでよりついたと感じている。練習に関しては「自分の場合は(地元が)田舎なので、アップダウンもあって、寮にいるときより走りやすいという面もありました」とプラスに捉える。

自粛期間、走り方を見つめ直せた

西山は昨年1月に右の恥骨を剥離骨折していたことが3月に判明。その後も股関節の痛みなどがあり、昨シーズンは思うように調子が上がらないままレースに出続けていた。そのため今年3月末に実家に戻ってからは、走る以外のトレーニングも取り入れ、自分の走り方を見直す期間となったと教えてくれた。

気になったのは、昨年調子が悪かった時に休もうと思わなかったのか? ということだ。そうたずねてみると「目の前にレースがあると、出場したいという気持ちで調子を合わせていました」という。「チームのために走りたかったというのもあります。やらずに後悔するのは嫌だけど、失敗したときは悔しい気持ちでした」

昨年は1年通してけがに苦しんだ西山。結果的に自分の走りを見つめ直すことができたという(撮影・藤井みさ)

しかし、振り返ってみれば一つひとつが走りを見直すきっかけになってきた。「けがをする前、調子が良かったときも、『これ以上は壁があるかも』と思いながら走ってきました。けがをして改めて走り方を考えていく中で、1年間かかったけれど、いままでにない走り方が身についてきました」と明るい声で答える。酒井監督も西山の取り組みについて、「故障で苦しんでいる子の心境もわかるし、自分さえ走れればいいやではなく、一緒に走っていこうという姿勢が見られる」と評価する。

「いままではレースで走る時も(体が)絞れてなかったことが多かったのですが、全日本インカレではしっかり絞れて、体幹を使った走りができるようになりました」との西山の言葉通り、9月の全日本インカレ10000mで西山は28分43秒17で5位(日本人2位)。終盤はほぼ単独走となったが、力強い走りで押し切った。

東洋大・西山和弥、10000mで日本人2位 「強い東洋」に欠かせない男の復活

離れたからこそ感じる選手たちの成長

東洋大のチームが再集合したのは8月上旬。寮の感染防止対策を徹底し、帰寮も4段階に分けた。夏合宿も例年とは違い、全員が合宿地に行くのではなく、寮を拠点にトレーニングする選手もいるなど、分かれての練習が多くなった。

練習不足の懸念についてたずねると、酒井監督は下級生の体力の落ち込みは否めないと認める。「特に1年生は、大学がどういうものかもわからない状態での自宅待機になりましたから。例年、夏に向けて距離走の準備をしますが、そういったことがこの期間ではできませんでした」。しかし一方で、選手たちの心の成長を感じられた期間でもあった。「新しい試みをやることに対して積極的になってくれました。解散しても言葉だけではなく行動に移し、振り返りを分析できて、個人の問題として捉えるだけでなく共有できるようになりました。チームとして次の段階に切り替えられたなと感じています。それが陸上にも結びついています」

先輩が残してくれたものをつなぐのが役割

去年は相澤晃(現・旭化成)という大エースが主将となり、「東洋大=相澤晃」というイメージも少なからずあった。相澤は学生トップレベルのランナーであったがゆえに、試合や遠征の回数も多くなり、チームとともに動くことが難しい期間もあった、と酒井監督はいう。「一人のエースに頼るのではなく、いまは全員がリーダーシップを発揮してやっていくのがいいと考えています」といい、実際に大森、西山の言葉の端々からもそれが感じられる。

常にエースの走りを。相澤の存在は後輩たちにとっても大きかった(撮影・藤井みさ)

一方で相澤、そして昨年の先輩たちの残したものは大きい。西山は「一緒に練習していて感じましたが、タイムも速いですが、相澤さんは『強さ』のある選手。エースとしての走りを背中で見せてくれたと思います」といい、大森も「背中で語ってくれるような存在感のある選手です。走る強さもですが、メンタル的な強さも感じていました」という。そして「相澤さんだけでなく、今西(駿介、現トヨタ自動車九州)さん、定方(駿、現マツダ)さん……先輩たちが残してくれたもの、受け継いだ襷(たすき)をつなぐのが僕たちの役割です」と思いを語ってくれた。

大森、西山、それぞれが最大限にチームに貢献したい

いつもとは違うラストイヤーを過ごす二人に、この先の意気込みを聞いてみた。大森は大会を開催してくれる方々への感謝の気持ちをいままで以上に持っている、と口にしたのち、「スポーツの力って、与えられるものが大きいと思うんです。見ている方々に元気、勇気を与えられるような走りをしたいです」。

一方でいままで大学駅伝を走っていないことで、自分自身に対する不安や未知数のところもあると素直な気持ちを明かした上で「4年生、最終学年、主将として、走りでもみせたいと思います。夏ぐらいまで調子がよくなかったけど、体の使い方を変えて、いまは手応えを感じてます。この手応えを結果に結びつけられるように、なんとしても最後の意地を見せたいです」とはっきり宣言する。

西山は昨シーズン走った出雲、全日本、箱根すべてで区間順位が悪く、チームに貢献できなかったと振り返り「今年はチームの主力の一人として、区間賞を取りたいし、そういう走りを目指していきたい。大森と一緒に走れる機会をもらえるように努力したいです」とエースとしての決意をにじませる。

酒井監督は「西山が走るとチームの雰囲気もいい」という。西山の言葉からはいま充実しているというのが感じられた(写真提供・東洋大学陸上競技部)

全日本大学駅伝で具体的に走ってみたい区間をたずねると、大森は「任せてもらった区間で役割をまっとうしたいです」。駅伝は流れが重要になるといい、「いま、西山が全カレで好走したことで、チームの中にいい流れが来てます。この流れにうまく乗れるといいなと思います」と同級生への信頼も口にする。

西山は今年全カレでも10000mにエントリーしたように、長い距離に積極的に取り組んでいるといい、「後半に行きたい」ときっぱり。「本当に今年はもう一度、『強い東洋を取り戻す』と選手たちが口々に言っています。相澤さんのような、『誰にも負けない走り』を誰かが目指していかないと」。それはエースとして最上級生として、東洋大を引っ張る自覚から出てくる言葉でもある。

新しい力も起用し、優勝争いにからむ

チームの雰囲気がとてもいい感じがしますね。酒井監督に思わず言うと、「西山が走れてくるとチームも明るくなりますね」と笑顔で返してくれた。今年のチーム目標は「トップ3にこだわること」。それも「3位狙いではなく、優勝争いをしながらの上位入賞」だ。昨年の全日本大学駅伝を走った経験者は4名だが「ルーキーやいままで起用できなかった子も元気がいいです」という。

昨年アンカーをつとめた宮下は箱根駅伝5区で1位、区間新記録。さらに強さを見せられるか(撮影・藤井みさ)

9月21日の平成国際大記録会では、ルーキーの松山和希(学法石川)が13分50秒56と、それまでの自己ベスト13分58秒23を8秒近く縮める快走。西山も「勝負強さがある」と認める選手だ。大森が期待するのは九嶋恵舜(くしま・けいしゅん、1年、小林)。今年卒業した今西の高校の後輩で、はじめは大学の練習に苦労していたが「今西さんも1年生の時苦労していたよ」と夏合宿の時に話したり、ともに練習に取り組むなどした。彼もまた同じ記録会で14分28秒47だった自己ベストを14分05秒04まで縮めた。また西山は佐藤真優(まひろ、1年、東洋大牛久)の名前もあげ、「記録会ではもう1歩だったんですが、終わったあとの悔しさを持っている選手。1年生の学年主任をしていることもあって、これからいろいろな経験が結果に活きてくると思います」と後輩たちに期待を寄せる。

「ニューフェイスを起用しながらも、ポイントに西山、宮下(隼人、3年、富士河口湖)と起用できれば、他大学にも負けないと思います」と酒井監督。新生・東洋大の伊勢路での走りから目が離せない。

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