アメフト

東京大学の新QBボストロム丞慈 覚醒のラストシーズン

東京大学のQBボストロム丞慈はフィジカルの強さが魅力の一つ(撮影・北川直樹)

アメリカンフットボールの関東大学TOP8挑戦2季目を迎えた東京大学で、攻撃の新しい司令塔を担うのがボストロム丞慈(じょうじ、4年、浜松北)だ。公式戦初先発だった今季初戦の中央大学戦では第4クオーター(Q)に14プレー、83ydのドライブを組み立て、最後は自ら飛び込むタッチダウンで10-7の逆転勝ちをもたらした。

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TOP8の開幕戦として10月10日に予定されていた中大-東大戦は台風の影響で1週間、順延となった。「自分の中ではよかったですね。前の1週間、すごいガチガチで。気持ち的にも浮ついてたというか、守りに入っていた部分があって。延びたことで、自分の中でしっかり攻めようと、すごい前向きに練習できたことがプラスに働きました」

3年生まではディフェンスの相手役

ボストロムは公式戦の出場経験がなかった。一つ上にエースQBの伊藤宏一郎(現コーチ)がいたこともあり、昨年までオフェンス練習にあまり入れず、ディフェンスの相手となる役割がほとんどだった。「そもそも練習でみんなを引っ張るっことをしてこなかった。それに慣れることがまず一つあった。ドライブもしたことがなく、全然、もっていけなかった」。東大が全体練習を始められたのは9月中旬、開幕まで1カ月程で覚えることは余りに多く、混乱しかけていた司令塔には貴重な延期の1週間となった。

難しい雨中戦で着実に前進をはかった(撮影・北川直樹)

10月17日の中大戦は冷たい雨が降り続いた。パスが通らず、体が思うように動かない。「全然、自分のやりたいことができなくて。前半は、とりあえず、入ってきたコールをやろうという感じでいっぱい、いっぱいでした」。雨中戦はやれることも限られる。後半、自分のできることとできないことを明確にして臨み、持ち直せた。4点を追う第4Q3分20秒、残り2ydを身長188cm、体重96kgの体格をいかしてQBスニーク。逆転のタッチダウンを奪い、あとは防御陣の粘り強い動きで逃げ切った。

ボストロムは静岡県掛川市で生まれ育った。アメリカ人の父の故郷はアラバマ州、小さい頃は3、4年に1度、訪ねていた。「アメフトが盛んです。お父さんはやっていないですが、親戚がすごく大好きで。アラバマ大とオーバーン大のライバル同士の試合は親戚が真っ二つにわかれて、一緒に試合を見られない。僕はほぼ何やっているかわからなかった」。まさか自分がこの競技をやることになるとは思いもしなかった。走ることが好きで、小中学校は陸上競技に親しんでいた。

浜松北高時代は陸上の400m障害とやり投げに打ち込んだ(写真・本人提供)

進学校の浜松北高でも陸上部に入り、最初は400m障害、2年生からやり投げにも挑戦した。顧問は1982年の第9回アジア大会(ニューデリー)棒高跳びの銀メダリスト、神谷晃尚さん(59)だった。「大きな体をダイナミックに使えれば」と期待した。

3年生の時には静岡県で3位になって東海大会に進んだ。しかし、東海大会では実力を出せずに、全国高校総体には出場できなかった。「優しい生徒で、ガツガツやってやろうという感じではないので、最後の勝負所でそれが出たのか。大きな大会の経験もなかったので」と神谷さん。

成績優秀で陸上でも結果を残し、校内では「全てを兼ね備えた男」なんて呼ばれたが、「ちょっとふがいない結果で終わり、大学でもスポーツ続けたいなと思った」とボストロムは振り返る。

運命の「スペイン語7組」

外交官になりたくて東大を目指し、1浪して合格した。東大には「上(うえ)クラ」と呼ばれるしきたりがある。語学クラスの一つ上の先輩が、新入生に何かとアドバイスをしてくれる。ボストロムが選択した「スペイン語7組」の上クラに、オフェンスライン(OL)の先輩がいた。「絶対入れてやるから」。体重は75kgもなかったが、190cm近い長身を見逃すはずがなかった。10回以上、ご飯をおごってもらい、5月にはウォリアーズの一員になっていた。高校の時と同様に、その競技を専門的に教えてくれる指導陣がいたことも入部するきっかけとなった。

ほとんどがアメフト未経験者の東大では最初はやりたいポジションをやらせてもらえるという。高校の最後の大会で失敗した記憶から、「大舞台で縮こまるというか、そういった部分を直したいということもありQBをやってみた」。より体格をいかせるOLなどへのコンバートをいつかは言われるのではと思っていた。実際、周りからも「OL待ってるぞ」というような声をかけられた。しかし、QB一本でここまで来た。

入学後にアメフトをはじめQB一本でやってきた(撮影・森田博志)

昨年までは、先輩を追いかけ過ぎた面があった。ボストロムは「(伊藤)宏一郎さんを見ていると何でもできる。それ目指し、パスもうまくなりたい、走るのもうまくなりたい、全部求めていたら、全部中途半端になって。自分の強みがはっきりしなく、結局、使ってもらえなかった」。伊藤コーチは「もともとよく練習はしていたが、4年生としての自覚を持ってやるようになり変わった。試合経験がなくどうなるかなと思っていたが、着実に成長していて中大戦でも結果を残せた」とみている。

「(中大戦の)あのドライブはFGで終われないとわかっていたので、何としても持っていかないといけなかった。次はあんなにうまくいかない。課題は山積みというか、安心するようなことはない」

チームの目標はあくまでも日本一。達成するために、ボストロムは成長の速度をさらに上げなければいけない。ラストシーズンのカレンダーは、23歳の誕生日の翌日、12月13日が大学フットボールの締めくくり、甲子園ボウルとなっている。

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