慶應・杉浦慧、関東学連チームの主将として挑む箱根駅伝 根岸祐太先輩の背中を追って
箱根駅伝において慶應義塾大学は1920年の第1回大会に東京高等師範大学(現・筑波大学)、明治大学、早稲田大学とともに出場した伝統校だ。94年の70回大会を最後に箱根路は遠く、2017年4月には「慶應義塾大学箱根駅伝プロジェクト」が立ち上がった。
17年以降、チームは箱根駅伝予選会で28位、26位、27位と続いていたが、今年10月17日の予選会では19位に食いこんだ。その立役者が、1時間02分53秒の自己ベストを叩き出し、全体の55位で関東学生連合チーム入りを果たした杉浦慧(けい、3年、成蹊)だ。競走部長距離ブロック長で、このほど箱根駅伝関東学生連合チームの主将に選ばれた。
目標タイムを大幅に達成、それでも届かなかった
今年の箱根駅伝予選会後には学内のランニングデザイン・ラボの研究報告も含め、保科光作ヘッドコーチ(HC)から選手へのフィードバックが行われた。チームのタイムは昨年より45分ほど速い10時間43分49秒での慶應新記録、更に上位7人が学内記録更新するなど大きな成長を見せたものの、選手や指導者らの胸にあったのは「悔しい」という思い。
前回の箱根駅伝予選会、10位で本戦出場をつかんだ中央大学の記録は10時間56分46秒だった。今回のレース前、保科HCは「力を出し切り、目標タイム10時間45分を突破できれば本選出場がかなう。目標タイムを達成した上で出場がかなわなかったら、他大学が強かったと納得するしかない。まずは能力の全てを出し切ろう」と選手たちを送り出していた。「本戦出場」。その思いしかなかった。27位に終わった前回、保科HCが掲げていた目標は「20位以内、学生連合出場」。低い目標では結果はついてこないと指導者自身も痛感した上での目標設定だった。
そして当日は冷たい雨の中、予想を大きく上回る高速レースとなった。10位に入った専修大学の記録は10時間33分46秒。現状の力を100%出し切っても本選出場には届かないという現実を突きつけられた。
涙の予選会から1年、関東学連チーム入りで笑顔
10位以内に食い込むには、選手ひとりあたり1分のタイム短縮が必要だ。慶應は3年生以下のメンバーで挑んだため、現状の戦力を更に伸ばして来年に臨めることになる。この10分は十分射程圏内だと指導者たちは言い、小野裕幸長距離コーチも「何より、学生たちは今回の走りで殻を破り、チームとして今までにないいい流れができている」と前を向く。来年はプロジェクト発足元年に入学した8人が4年生となる。力のある下級生もそれに追随する今、発足以来最大のチャンスと言えるだろう。
プロジェクトの核となっているのが、ブロック長の杉浦だ。「普段通りの実力を発揮することが目標だったので、それができてまずは安心しました。この1年間の目標は箱根駅伝出場だったので、チーム入りできたことをうれしく思います」と、笑顔を見せる。
1~2年生の時は箱根駅伝予選会で力を出し切れず、特に昨年は人目をはばかることなく涙を流した。今年の予選会を振り返り、「自分は詰めが甘く、気持ちに弱い部分が出ると集団からあっという間に離されてしまいます。これは今後も課題です」。一方で「チームの目標は本戦出場でした。多くの仲間が今持つ100%の力を発揮できましたが、それでも届きませんでした。チームとして45分近くジャンプアップして上の世界が見えた分、逆にその距離も痛感しました。大きな収穫が得られて、今後の目標が明確になりました」とも口にした。
杉浦は保科HCより「次はこいつしかいない」という異例の抜擢(ばってき)で、2年生の時からブロック長を任されている。様々な価値観を持った仲間がいれば、全員の意見を一致させることはまず無理だ。それでも全員が「箱根駅伝出場」という目標をブレずに持ち続けられるよう、杉浦は選手として自身を高める一方で、常に周りに対する気配りを大切にしてきた。
根岸先輩に食らいついた日々
入学した当初、杉浦は同期に対して持ちタイムでは後れをとっていた。「箱根駅伝出場校の一般的な選手と比べれば、何段階か下のクラスの選手でした」とOBの根岸祐太も言う。杉浦たちが入学する直前の箱根駅伝で、当時3年生だった根岸は関東学生連合チームとして8区を疾走。第82回大会以来12年ぶりとなる慶應生の箱根ランナーとなった。
そんな根岸に対し、入学して間もない杉浦は臆することなく挑み、初めての夏合宿となった紋別でも、杉浦は根岸に食らいついた。プロジェクト発足前に慶應に進んだ根岸はそれまで、練習ではひとりで追い込むことが多かったという。しかし杉浦が入学してからは、実力差があれど、杉浦がよき練習パートナーになっていった。どんな練習でも食らいついてきた後輩の存在に根岸も助けられ、仲間と切磋琢磨(せっさたくま)できる環境が素直に楽しかったと振り返る。
18年1月、既に慶應への入学を決めていた杉浦は箱根路を駆ける根岸の姿を現地で見ていた。その走りに強い感銘を受け、「慶應の未来を見ているようでした。僕らがチームで出たらこんな感じなんだろうな、と想像が膨らみました。その未来を切り拓く走りだ! と思いながら根岸さんの走りを見ていました」と笑顔で明かしてくれた。大学スポーツで結果を出すことの厳しさ、面白さを身をもって示してくれた先輩は、杉浦にとって目標とするランナーとしてだけでなく、特別な人だと言う。
初の箱根路で「劇的な革命」に期待
今年の箱根駅伝で杉浦は鶴見中継所の補助員だった。出番に備える選手たちが心底うらやましかった。そして今度は自分が選手として、夢の舞台に挑めるかもしれない。関東学生連合チームでの練習も楽しみで仕方がない。
指揮をとるのは筑波大学の弘山勉監督。筑波大は慶應よりも早い11年に「筑波大学 箱根駅伝復活プロジェクト」を発足させ、今年、26年ぶりとなる箱根駅伝出場をつかんだ。2年連続本戦出場を目指して挑んだ今年の箱根駅伝予選会では11位の次点。10位の専修大との差はわずか18秒だった。連続出場の難しさを改めて浮き彫りにした。
実は杉浦は筑波大も受験していたという。「もし筑波に入学していたらどうなっていたのかなど想像しながら、弘山監督から指導を受けられたらうれしいです」と目を輝かす。大学入学後は他校の選手と一緒に練習する機会がなかったこともあり、これまでと全く別の刺激を他校のエースたちから得たいと考えている。「何か自分の中でパラダイムシフト、劇的な革命が起きたらうれしい限りです」。その上で、「“陸の王者”の名に、恥じぬ走りをしっかりとしたいです」と、慶應の応援歌「若き血」になぞらえ、きっぱりと言い切った。