陸上・駅伝

特集:第97回箱根駅伝

中央大・藤原正和監督「もっと強くなりたい」と志した選手たちと目指す箱根駅伝3位

指導してから5年目の今年、「ようやく上を目指せるようなチームになった」と藤原監督(撮影・松永早弥香)

藤原正和監督が指導してから5年目。自らがスカウトした選手が初めてそろう今シーズン、4年連続94回目となる箱根駅伝に臨む中央大学は明確に「総合3位」を見すえている。藤原監督は言う。「まずは学生らしく戦えるチームを目指そう。生活から、練習から、当たり前のことを徹底できるチームを目指してここまでやってきました。当たり前のレベルが少しずつ上がってきて、5年目にしてようやく上を目指せるようなチームになったと手応えを感じています」

ルーキー吉居大和、学生トップレベルの快走の理由 中央大学の現在地(上)

毎年練習内容を見直し、5年目は昨年より600km増

2016年10月の箱根駅伝予選会で中央大は11位となり、箱根駅伝連続出場記録が87回で途切れた。「一番この時期が苦しかった」と藤原監督。箱根駅伝に出られることが当たり前だと思っていた選手たちは、出られないという現実を突きつけられた。「なかなか前を向けない、ここにいてもしょうがない、やめたい、という子がたくさん出てきましたので、そこから前を向かせることに苦労しました」と振り返る。当時高校3年生で、中央大への進学が決まっていた主将の池田勘汰(現4年、玉野光南)にとってもショックなものだったが、同時に「自分が4年間で中央大学を強いチームにするぞ」という闘志が芽生えたという。

藤原監督は箱根駅伝が終わるたびに練習内容を見直し、少しずつ強度の高い練習に取り組んできた。トラックレースでスピードを強化するだけでなく、苦しい練習に立ち向かえるマインドを養うため、陸上をやっている意味や楽しさを選手自身が感じられるように心を砕いてきた。そうした意識の中で、藤原監督が指導を始めて2、3年目には少しずつ学生トップのレベルで戦える選手が出始めたが、チーム全体のボリュームとしてはまだ十分ではなかった。

練習の質を高めるためにも、陸上をする意味や楽しさを選手自身が感じ取れるように心がけてきた(撮影・松永早弥香)

4年目となった昨年、「上にいけば楽しいことがある、いい世界を見られる」ということを選手自身が理解できるようになり、自主的に考えて行動する姿が見られるようになったという。5年目の今年になってからは少しずつ手放し、選手たちに任せる部分を増やした。練習そのもので言うと、ハーフマラソンを苦手にしていた選手が見受けられたため、走り込むことを意識。月間走行距離を昨年よりも月あたり50kmずつ増やし、年にして600km多く練習を積んできた。その結果が今年10月の箱根駅伝予選会での2位通過につながっている。前回の箱根駅伝予選会では10位というギリギリのところでの通過だったことを考えると、喜びをもって受け入れてもいいだろうが、チーム内にあったのは「順天堂大学に敗れての2位」という意識。その悔しさを本戦でぶつける。

中央大は今年、全日本大学駅伝への挑戦すらできなかった。新チームが始動した際、まずは2012年を最後に遠のいている伊勢路への復帰を目標に掲げていたが、新型コロナウイルスの影響から関東地区選考会が実施されず、昨年の10000mの公認記録による書類選考で出場校が定められた。結果中央大は、7位で出場権を得た城西大学に7秒及ばなかった。今年になってから多くの選手が10000mで自己ベストを更新していただけに悔しさが募った。駅伝主将の畝(うね)拓夢(4年、倉敷)は「まだ悔しさは晴らせていません。箱根駅伝で全日本出場校にどれだけ勝てるか。そこで悔しさを晴らすことになるかなと思っています」と話す。

なんとかそろえた16人から、絞らないといけない16人へ

今年の中央大の勢力として、スーパールーキー吉居大和(1年、仙台育英)の存在は大きい。箱根駅伝予選会では初のハーフマラソンながらチームトップとなる1時間01分47秒の記録で10位。12月4日の日本選手権5000mでは13分25秒87と自己ベストを更新し、7月に自らがマークしたU20日本記録(13分28秒31)を塗り替えた。チームの起爆剤であることは間違いないが、箱根駅伝を前にして藤原監督が強調したのはチームの力だ。

箱根駅伝予選会で吉居は序盤から日本人の先頭集団で走り、10位(日本人6位)でゴールした(代表撮影)

「各学年に核となる選手がいて、2軍と言える選手のレベルも上がっています。学年間での競り合いもしっかりできたと思っています。吉居を中心に1年生たちが勢いをもって押し上げてくれました。戦う姿勢をつくれたことが一番のチームの成長だと思っています」

16人のエントリーメンバーの内、10000mの記録が28分台の選手が8人おり、箱根経験者も8人いる。これまではなんとか16人をそろえていたと振り返るが、今年は他にも選びたい選手がいる中で16人に絞った。「また10人に絞らないといけないので、これから非常に緊張感のある日々を過ごすことになる」と藤原監督。レース直前まで、選手一人ひとりのパフォーマンスと気持ちの強さを見定めていく。

「箱根駅伝は最大の恩返しの場」

今年のメンバーの中でも、とりわけ4年生に対する信頼は厚い。4~6月にはコロナの影響を受けて半数近い選手が帰省し、4年生は苦しいチーム運営を任された。主将の池田と駅伝主将の畝が中心になって週1回の頻度でミーティングを行い、帰省している選手もチームで戦っている意識が切れないように声をかけ続けた。夏合宿では藤原監督が4年生を集めてきつい言葉を投げかけることもあったという。「今年は苦しい状況ですけど、でも4年生がいてくれたからこそ、全員でやろうという雰囲気があるんだと思います」と藤原監督は言う。

池田は高校3年生の秋にあった記録会をきっかけにして藤原監督に声をかけられ、「自分を必要としてくれる大学に恩返しをしたい」という思いで中央大への進学を決めた。将来、実業団でマラソンをすることを見すえていた当時の池田にとって、箱根駅伝はひとつの通過点という認識だったという。しかし大学4年間の中で、様々な人たちの支えで自分が競技をできていると知らされ、「箱根駅伝は最大の恩返しの場」という意識に変わってきた。

「箱根駅伝は3、4年生になる頃に走れればいい」と思っていた池田(左)は、1年生の時から箱根路を走り、次第に箱根駅伝への思いが変わっていった(撮影・北川直樹)

1年生の時から池田は箱根駅伝を経験。今年は2年連続で4区を走ったが、シード権を目指していたチームの中で区間11位という結果に悔いが残った。最後の箱根駅伝にかける思いはひときわ大きいが、11月に左のアキレス腱を痛めてしまい、11月いっぱいはポイント練習ができなかった。「今年は層が厚いので誰が走っても戦えるチーム。なんとかして走りたいという思いはありますので、1番は自分のやるべきことをしっかりやるだけです。その結果難しい場合は、自分がチームに還元できる最大のことをやっていきたい」とチームへの思いを口にした。

「箱根駅伝は陸上を始めていなかった小学生の時からのあこがれの舞台」と話す畝は、これまでに山登りの5区を2度走っている。藤原監督は「山区間の経験者がふたり(畝と若林陽大(2年、倉敷))いるので、できるだけこのふたりで回すことを考えている」と明言。箱根駅伝では往路から勝負し、山区間で3~5位につけるレースをイメージしている。畝は過去2大会で区間10位と9位の走りを見せているが、「まだ目立てていません。藤原さんにスカウトしてもらってまだ結果を出せていないので、最後に貢献したい」と、恩師への思いを胸に、総合3位を掲げるチームの原動力となる走りを目指す。

畝は1年生と3年生の時に5区を経験。最後の箱根駅伝でも5区での走りが期待されている(撮影・佐伯航平)

4年生に対して吉居は「練習の面だけでなく生活面でも色々と引っ張ってもらったところもあるので、箱根駅伝では悔しい結果で終わってほしくないです。チームの目標を達成できるように、自分も貢献できる走りをしたいです」と、どの区間を任されても勝ちきり、区間賞をとって流れをもたらしたいと考えている。

藤原監督は選手をスカウトする際、持ちタイムやレースに対する姿勢、日常での言動、学力など、様々な観点から選手たちの力をはかっているが、一番は「気持ちのある子かどうか」を大切にしている。藤原監督は中央大で見てきた選手たちを振り返り、「少しずつ変わってきてくれていると思いますし、そういう思いを受け取ってくれる子だったんじゃないかなと思っています」と顔をほころばせた。

「もっと強くなりたい」。今の4年生にとって箱根駅伝連続出場が途絶えた瞬間は、そう強く思わせるきっかけとなった。4年間の思いをぶつける舞台は、間もなくだ。

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