陸上・駅伝

4月から発足の新実業団チーム アーシャルデザインが描く「アスリートの可能性」

4月から新しく発足する実業団とは。社長の小園さんに話を聞いた(すべて撮影・藤井みさ)

この4月に陸上の新しい実業団チームが誕生する。体育会系学生やアスリートの就職を支援している株式会社アーシャルデザインがつくる「アスリートエージェントランニングチーム」だ。新しいチームを作るねらい、アスリートたちへの「キャリア」についての考え方を、代表取締役の小園翔太さん(33)に聞いた。

「アスリートを支援したい」試行錯誤で見つけた道

小園さんは学生時代テニスに打ち込み、高校まではプロを目指していたが、目に黒い点が現れる飛蚊症(ひぶんしょう)をある日突然発症し、プロになる夢を諦めた。インストラクターとしてテニスに関わっていた大学時代、女子プロテニスプレイヤーの練習を手伝うことになったが、彼女は練習が終わると、引退後への不安をずっと語っていたという。

「自分がなりたくてもなれなくて、憧れていたプロ選手が競技以外の面で不安を抱え、ネガティブな発言ばかりしていることにショックを受けました。その出来事をきっかけに他の競技のプロの引退後の進路なども調べて、テニスに限らず、プロアスリートの引退後の課題感を知りました。そして、『プロになることはできなかったけど、プロ選手の引退後の支援をすることでスポーツの価値を上げていきたい』と思いました」。競技をやめてから止まっていた小園さんの「人生の時計の針」は、また動き出した。

当時大学3年生。「今考えるとすごい浅いんですけど、『スポーツイベントを開催して、そこでアスリートが教えるクリニックなどを企画すれば、アスリートの助けになるんじゃないか』って思って、スポーツ系企業からの内定を蹴って、スポーツイベントを手掛ける社員数2人のベンチャーに入社したんです」。大学時代からインターンとして働き、卒業後に正社員となったが、リーマンショックのあおりを受けて入社3カ月で会社は倒産寸前となり、小園さんは解雇となってしまった。

仕事だけ、競技だけになってほしくない。アスリートの可能性をもっと広げたいと小園さん

職探しをしなければ、と「第二新卒 リストラ」のようなキーワードで探しているときに出会ったのが、人材紹介会社・ジェイックだった。小園さんはここで初めて「人材ビジネス」の存在を知った。ホームページを見ると、ニートやフリーターに特化し、営業研修をして企業に紹介するというサービスが載っていた。「『これだ!』って思いました。アスリートにもまずビジネス研修をしてもらって、就職先を紹介すればいいんじゃないかって。今まで『アスリート=スポーツのキャリア』と考えていましたが、自分のパラダイムが大きく変わった瞬間でした」。結局小園さんは縁あってジェイックに入社、人材コンサルタントとして4年間従事し、2014年、26歳のときに独立してアーシャルデザインを立ち上げた。

適性を見極めて最適な職を紹介

アーシャルデザインが展開するサービス「アスリートエージェント」の特徴は、単なる求人紹介ではないことだ。まず適性検査を受けてもらい、性格など目に見えない部分を把握し、本人にフィードバック。さらに入社前には、体育会・アスリート専用のビジネス研修を受けてもらってから企業に入社するという流れになっている。

「営業を希望していても、実はエンジニアに向いている、などの結果が出ることもあります。でも気をつけているのは、本人の希望を否定しないこと。彼らは競技者としてはプロですが、キャリア選びはこれからという段階。人材に関しては知見もノウハウもこちらのほうがプロなので、可能性を提示してあげるという気持ちで接しています」。サポートするアスリートは新卒に限らず、すでに社会人となっている人も対象だ。ちなみに一番最初にサポートしたのは、大相撲の力士だったという。

そして昨年4月から新たに始めたのが「アスリートエージェントテック」というサービスだ。これはアーシャルデザインのスタッフとして雇用した人材に、まずエンジニアになるための教育を受けてもらい、企業に派遣するというもの。これは、数千人のアスリートに適性検査をしてきたことも元になっている。

今までのべ6000人以上のアスリートたちのキャリアを支援してきた

適性検査をして一番多かったのは、目標達成や新規開拓などを行ういわゆる「営業向き」の性質だが、その次に多かったのが地道に作り上げていく、エンジニア向きの性質だったというのだ。「エンジニアはプロジェクトごとにチームを組んで、納期を定めてそこに向かって取り組んでいく。そして自分のプログラミング技術も日々研鑽する。それは、チームスポーツと一緒で、とても親和性があるなと感じています。といってもこちらはまだ可能性の域の話です。このプロジェクトからエンジニアとして結果を出すアスリートを多数輩出して、可能性が事実だったことをアスリートの方達と証明をしていきたいと思います」と小園さん。

競技×仕事は両立できるはず

同時に立ち上がったのが、実業団を作るというプロジェクトだ。多くのアスリートのキャリア相談を受ける中で、今でこそ徐々に変わってきているものの、実業団で競技を続ける場合には競技に打ち込むことでキャリア形成が遅れてしまうという側面もあった、と小園さん。「競技とビジネスキャリアがトレードオフになってしまうことに疑問を感じていました。競技生活で得た思考や習慣は、仕事にも活きることは間違いありません。『仕事』と『競技』を完全に真っ二つにする必要はなく、競技と仕事で学んだこと、気づいたことを相互に掛け合わせる『デュアルキャリア』は描けるはずなんです。外から口だけで言うことは誰でもできるので、実際にチームを作り、実績を作り伝えていきたいと思いました」

その中でもまずはランニングチームが立ち上がった。今までも人材紹介として未経験の新卒アスリートをエンジニアとして紹介したこともあったが、その中でも特に活躍しているのが駅伝部出身のアスリートたちだったという。「それもあって、まずは駅伝チームから作ってみよう、ということになりました」。いずれはサッカーや野球などにも広げていけたら、という構想もあるのだと話してくれた。

アスリートの「可能性」を伝えられるように

ランニングチームの所属アスリートは、まずエンジニアになるための6カ月のカリキュラム(アスリートエージェントテックアカデミア)を受講する。エンジニアの勉強はもちろんのこと、競技面ではそれぞれに与えられた課題に平日は各自で取り組んでいく。カリキュラム終了後は、実際にエンジニアとしてIT企業のプロジェクトに参画していく。原則としてフルタイムに近い勤務体系になるとのことだ。かなり大変そうですね、と思わず口にすると「はい、大変です」と小園さん。普通に就職するより、一般の実業団に入るよりも大変な道のりだということは入社前に伝え、しっかり確認しているという。

ランニングチームの監督を務めるのは、OFFICE YAGI代表の八木勇樹さん。3年ほど前に自社の企画で会う機会があり、八木さんは当時はプロランナーでありながら実業家だった。今回実業団の構想を始めたときに、小園さんの頭に監督候補として真っ先に浮かんできた。選手のスカウトや練習計画の立案など、競技面全般は八木さんが見る。仕事面ではエンジニアを統括する事業部長がおり、2人が両面から選手をサポートしていく形になる。今決まっているのは、21年度の新卒で2人、中途で3人の計5人。すでに練習もスタートしている。

社内にはエンジニア研修を終えてそれぞれの企業に派遣されるスタッフたちが寄せ書きをしたボードもある

スポンサー集めなどはこれから行うが、「他の実業団にはない価値を伝えられる」「所属するとビジネスマンとしても成長できる」という点に共感してくれる企業が一社でも増えてくれたら、と小園さん。「ニューイヤー駅伝に出る」という目標があるが、一番はアスリートが持つ可能性を世間に伝えていきたいという思いが大きい。

「『フルタイムに近い仕事をしながら競技をして、ニューイヤー駅伝なんか無理でしょ』と言われることもたくさんありますし、笑われてしまうこともあります。しかし、できるかどうかはチャレンジしてみないとわからないですし、八木監督も勝算があるから今回の話を受けてくれました。であれば、あとは信じるだけです。もちろん実業団チームである以上、トップを狙いに行く姿勢は崩さないつもりですが、もう一つの視点で新しい形での『実業団』を作れたらと思っています。ビジネスキャリアも合わせた切り口、つまりデュアルキャリアを体現し、スポーツを続ける事がトレードオフではなく、サステナブルである事をこのチームを通じて伝えていきたいと思っています」

スポーツ界を変えていきたい

また、スポーツに全力で取り組んでいる、競技レベルの高いアスリートほど、「競技レベル=自分の価値」だと思いこんでしまいがちだと小園さん。「競技成績で評価されるのが現役時代なので、そう考えるのは必然とも思っています。でも、視点を変えると、本気で競技に取り組むその過程の中で、努力の仕方やマインドの作り方、チームで結果を出すために何が必要なのかを考える思考性など、社会で活躍するための習慣や人格が形成されることこそがスポーツが持つ教育的価値であり、アスリートだけが得られる財産と思っています」

アーシャルデザインが掲げているメッセージは、「アスリートからビジネスアスリートへ」。人の人生にファーストもセカンドもない。たった1回の人生。なので、引退後のキャリアをセカンドキャリアと切り分けるのではなく、競技の中で培ってきた強みを活かしていわば「転職」するイメージで捉えてほしい。そのためには、社会との接点を現役時代から少しずつでもいいので作らなければならない。そんな思いが込められている。

会社の入り口にも「アスリートからビジネスアスリートへ」の文言がある

実業団チームも、事業自体も大きなチャレンジだという小園さん。「スポーツ界が、変わろうとしていたけど変われなかった部分を、なんとか変えていきたいです」と前向きに話す。4月になって、選手たちがどんな活躍を見せてくれるのか今から楽しみだ。

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