陸上・駅伝

駅伝で勝負するために見るポイント、無名選手が育つ理由 大志田監督×榎木監督対談4

伊藤達彦は高校時代の5000m持ちタイムは14分台後半だったが、日本トップレベルに成長した(撮影・藤井みさ)

箱根駅伝2位の創価大学・榎木和貴監督と10位の東京国際大学・大志田秀次監督は、96年に中央大学が総合優勝したときの選手と指導者(肩書きはコーチ)という関係だった。2人の対談の4回目は、トラックの平均タイムを気にしなかったこと、高校の無名選手が育つことなどの両校の共通点について、そして箱根駅伝最多優勝(14回)を誇る中大の卒業生が、それぞれのポジションで力を発揮していることを話し合っていただいた。

96年中大優勝時の経験は2人にどういきているか 大志田監督×榎木監督対談3

10000m平均タイムを気にしなかった

1回目の記事で両校の共通点を挙げたが、実は10000mの平均タイムが100分の1秒まで同じだった。29分05秒37で、参加大学中13番目。そのデータから両校とも上位候補には挙げられなかった。

――まったく同じタイムだといつ気づかれたのでしょう

大志田:16人のエントリー登録(12月10日)までは、トラックのタイムはまったく見ていませんでした。他大学は28分台をたくさん出していたので、うちの大学は下の方かな、と思って平均タイムを見ていたら、どこかで同じ数字を見たぞ、と。10000mのタイムより、当日走れる状態を作ることを重点的に考えていました。

トラックの記録は目安の一つ、駅伝のレースとは異なると考えていたという榎木監督(撮影・藤井みさ)

榎木:トラックの記録は気象条件もレース展開も違うので、1つの目安でしかないと思っています。箱根駅伝に直結するかといえば、そうではないでしょう。それにウチは、練習中の記録を含めれば、28分40秒台になっていました。実業団チームと一緒に行ったタイムトライアルで、三上(雄太、3年)、葛西(潤、2年)、石津(佳晃、4年)の3人が28分30秒台で走ったんです。5000mを14分30秒と余裕の持てるペースで入り、後半上げる設定がウチの選手に合ったのだと思います。

大志田:今季のチームが10000mで良いタイムが出ていたら、それを材料に選手たちにアプローチして、箱根にもつなげたと思います。記録が出ていなかったので、今年はそこにあえて触れずに、20kmをどう走るか、というアプローチの仕方にしました。幸いハイペースが予想される区間については、攻めて行ける選手を何人かは育てることができました。1区と2区でトップに立ち、あとはいかに上位からシード圏内をキープするか。そこに、速いペースは必要ないという考え方をしましたね。

榎木:ウチと東京国際大さんは下馬評が低かったんです。13位とか15位とか。それを覆してやりたいと思っていました。大志田さんも同じことを考えているのかな、と感じましたね。試合に行くと東京国際大の選手もあまり出場していないので、今年はトラックではなく、箱根に向けてじっくり強化しているのかな、と。

無名選手がエースに成長する理由

両校の共通点として、高校時代の実績が高くない選手がエースに成長していることが挙げられる。これはスカウティングとも関わっている部分で、今後高校のトップ選手が入学してくれば状況は変わるが、入学後に大きく伸びるためのノウハウを両指導者が持っている。

榎木監督は中大時代の大志田監督の指導法を自分のチームに落とし込んでいるという(撮影・佐伯航平)

――昨年の伊藤達彦選手(現Honda)もそうですし、嶋津選手(雄大、3年)や石津選手もそうですが、高校の無名選手がエースに成長した理由はどんなところにあるのでしょうか。

榎木:本人たちの意識だと思います。悔しい思いをどのくらいしたか、ここまで行くんだ、という思いを持ち続けて努力できるか。

大志田:伊藤や丹所健(2年)がそうでしたが、高校時代のレースの出方を見ていて、ノビシロがありました。特に伊藤は常に100%を求めてレースに出ていたので、大学に入ってレースでの力の出し方、練習の質との関係などを工夫しました。強弱の付け方ですね、やっているのは。抜くときは抜く、やるときはやる。常に頑張りたいタイプの選手は、まずはよく見てあげること。ジョグでも何でもいいので、状況を確認しながら気になったことを雑談がてら話してみる。それを選手がどう生かして行くか。

榎木:大志田さんのそういった指導は、我々が学生の頃からすごく感じられました。松田(榎木監督と同学年の松田和宏、現学法石川高監督)は練習が完璧にできるタイプでしたが、自分は7割できればいい方でした。波があるタイプでしたね。それを認めてくれて、こことここを抑える練習ができればいい、という方向に持っていってくれました。ジョグのときは「動きがいいな」と言ってくれたり。

大志田:達彦も「大志田監督に怒られたことはない」と言っているようです。

榎木:4年時の4月に海外遠征をして、その結果も良くなかったのですが、帰国して兵庫リレーカーニバルの10000mで自己新を出すことができました。練習ではタイムが上がらなかったんですが、「ジョグは良い動きだから自己新も出せるぞ」とおっしゃっていただいて。そういうところをずっと見ていてくださるので、この練習ができれば、あるいはこの動きなら走れると、安心してレースに臨むことができました。逆に伊藤君みたいに真面目でやり過ぎてしまう選手は、抑えるように指導された。ウチも真面目でコツコツやる選手が多いので、やり過ぎないか見ています。石津、原富(慶季)、福田(悠一)の4年生3人は、自身の力量がある程度わかっているので、そろそろ抜くだろうな、というところがこちらもわかってきます。脚の軽い痛みや違和感などで外れたいと言ってきたときは、すぐにやめさせてきました。手がかかった感じはないんですよ。

――手がかからないと言われると、簡単に育成できたと思ってしまいますが?

榎木:その分、コミュニケーションはしっかりとりますね。こういった指示を守れば走れる。それがわかれば選手も安心できます。信頼関係が築かれていればそこがスムーズにできるようになる。中大で大志田さんがやられていたことを、創価大の指導に落とし込んでいます。

――14分50秒くらいで入学してきた選手が、どこまで成長するかわかるものですか。

榎木:どこがゴールになるかは、最初はわからないですね。じっくり見て、与えられたきっかけにどう対応するかなどを見ながらです。インターバルがこれくらいでき始めたら、次はこのレベルに行くんじゃないか、と積み上げて行って。

大志田:達彦もあのレベルまで成長するとは、まったく予測できませんでした。ただ、彼は先ほども話したようにどんなレースでも全力でした。最後は倒れ込むまで走っていましたが、そういうところは長距離ランナーとして重要でしょうね。徐々に質(スピード)が上がってきましたが、持っているスピード的な能力というより、走りの地力という部分がある選手だと感じました。

選手をよく見てあげることが指導の秘訣だという大志田監督(撮影・佐伯航平)

メニューも大事かもしれませんが、環境を与えてあげることが大事なんだと思います。敷かれたレールを与える、ということではなくて、選手が思い描いたレールに乗って、目的地点に到達するにはどうすればいいかを考えられる環境ですね。あなたのレールでこのまま行ったらこうなるよ、そこで次にスピードのある電車に乗ったらこうなるよ、と。そこにちゃんと乗せてあげる、疲れたらちゃんと休ませてあげる。選手が行きたいと思い描いているレールに乗っているかをチェックして、目的に到達させてあげるのが指導者の役割です。

榎木:レールがいっぱいありすぎて、こっちに乗っていたはずなのに、今は別のに乗っているよね、という選手もいます。コミュニケーションをとって本来乗りたいレールに乗せてあげたいのですが、厳しい言葉でなくても修正できる選手もいれば、強制力をある程度持たせた言葉でないとできない選手もいます。

お互いが刺激し合う関係に

――かつては指導者と選手だったお2人ですが、同じ土俵で指導者となっている現在、お互いに負けたくない気持ちもあるのでしょうか。

大志田:順位を競うものなので、指導者として負けたくない気持ちはありますが、榎木が監督になったことで創価大を、より近くに感じるというか、良い意味で意識するようになっています。榎木なら話しやすいし、他の監督さんには聞けないようなことも聞くことができる。お互いに認め合って、お互いにいいものをどんどん吸収してやっていきたい。僕に良いところがあればいいけど(笑)。もちろん他の大学もいっぱい良いことをやっています。

青学大の原晋監督がやられていること、中大の藤原(正和監督)がやっていること、ホンダの小川(智監督)がやっていること。目的を聞いて、自分のチームに応用できないか考えています。ウチは若いチームだからできない、ではなくて、どうやったらできるか、どうしたらそれをやっているチームに勝てるかを常に考えています。

榎木:19年の予選会が大志田さんのチームと戦った最初の大会でした。同じ土俵に上がるのだからチャレンジしてみましたが、簡単にやられてしまいました(東京国際大1位・10時間47分29秒、創価大5位・10時間51分42秒)。そこから大志田さんのチームに追いつきたい、と考えるようになりましたね。

前回の箱根駅伝はシード権が目標としてありましたが、大志田さんのチームにどれだけ近づけるか、ということも目標にしていました。もう少し勝負させてもらえると勝手に意気込んでいましたが、後ろ姿すら見せてもらえなかった。2区を伊藤君に任せられたのも、大志田さんだからできたこと。今年はウチも去年よりは成長していましたから、東京国際大より1つでも上に行きたいと思って臨みました。

――相当に意識していたわけですね?

榎木:いがみ合うのでなく、ウチが頑張ることで大志田さんも言われたように、お互いが刺激になって切磋琢磨できたらと思っています。大志田さんにウチの大学のタイムトライアルを見ていただいたり、私も東京国際大のグラウンドにお邪魔させてもらったりしています。もちろん東京国際大だけでなく、箱根に出る以上は、少しでも上に行きたい気持ちはあります。

大志田:練習のトライアルをお互いに見学したり、レース中もLINEを送ったり、良いのか悪いのかわかりませんが、そういう関係でいたいですね。(昔の師弟関係や箱根駅伝の順位で)上とか下とかでなく、お互いを認め合うことでお互いが成長できる。

師弟関係ではなく、お互いが認め合うことで成長できるという2人。これからのチームも楽しみだ(撮影・藤井みさ)

――中大OBが、中大以外の大学を指導して優勝したことはあるのでしょうか。

榎木:他大学の監督になること自体が珍しくて、大志田さんが最初だったかもしれません。次が亜細亜大の佐藤(信之)さん、藤原君、そして僕と上野(裕一郎。立教大監督)が同じタイミングでした。

大志田:今回の箱根駅伝のスタート前には、僕、榎木、藤原の3人で写真を撮りました。高校でも松田が活躍していて、中大で育った人間が指導力を発揮しています。中大の良い部分を出せていると思う。

――創価大と東京国際大が優勝争いをする時代も来ますか。

榎木:来年のウチはまだ、3位狙いですね。就任するときに5年計画で優勝できるチームを作る目標を立てたので、3年後には優勝したいと思っています。選手として勝っているので、次は指導者としても勝ってみたい。

大志田:(イエゴン・)ヴィンセント(2年)のいる向こう2年が勝負だという思いはあります。しかしチームの向かうベクトルをどこに合わせるかは、指導者がしっかり示さないといけないこともあります。特に今年は、去年が5位だったから次は3位が目標だというロジックはどこにもありませんでした。シード狙いに照準を合わせないといけないこともある、と選手たちに示しました。今後のことは、まずは来年をしっかり戦わないことにはその先は見えてきません。榎木のように3位が目標と言って2位になるケースもあります。あまり石橋を叩きすぎてもよくありませんから、時にはほらも吹きながら、中大で勝ったときと同じように、学生としっかり話し合ってやっていきます。

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