陸上・駅伝

早稲田大・千明龍之佑主将「学生駅伝3冠」に向け、トラックでもロードでも力を示す

今年の箱根駅伝で千明(右)は8区を任され、区間5位だった(代表撮影)

2018年春、中谷雄飛(佐久長聖)や半澤黎斗(学法石川)、千明(ちぎら)龍之佑(東農大二)など、インターハイや国体で活躍した選手たちがそろって早稲田大学へ入学。そして今年、その世代がラストイヤーを迎える。チームが定めた目標は「関東インカレ・日本インカレで全種目表彰台」、そして大迫傑(Nike)が1年生だった10年度以来となる「学生駅伝3冠」。主将の千明は20年度シーズンの悔しさも抱きながら、結果にこだわっていく。

けがでインカレと全日本を欠場、中谷と太田の27分台に刺激

昨年8月、千明は大迫が呼びかけた短期キャンプ「Sugar Elite」に参加。その後は9月にある日本インカレに向けて調整をするつもりだった。しかし9月に入ってから左足のすねが痛みだし、11月の全日本大学駅伝に備えて日本インカレを欠場。その後も痛みは引かず、10月半ばに精密検査をしたところ、左足の頸骨(けいこつ)の疲労骨折が判明した。そのころにはすでに治りかけていたという。「ちょくちょく確認のために走っていたので、それで悪化して長引いてしまったようです。すねはそれまでも痛むことがあって、でも走れたので、今回も最初はそんなもんだろうと思ってしまっていました」。高校時代にも疲労骨折を経験していたが、目の前に大会が迫っていたこともあり、判断に迷ってしまった。

全日本大学駅伝は寮のテレビで仲間を応援。早稲田大は中盤までトップを走っていたが、最後は5位でフィニッシュ。相楽豊監督は「層の厚さ」を課題に挙げ、千明は自分の責任を痛感した。「僕が走れなくなったことで、当初予定していたオーダーが組めませんでした。走ってくれた選手は全力を尽くしてくれたと思います。でも変更したオーダーで少し不十分なところも見受けられたので、僕が故障していなければ、というのはやっぱり思いました」

10月下旬よりジョグを開始。11月に入ってからは徐々に強度の高い練習もできるようになった。12月には日本選手権10000mで中谷が27分54秒06、太田直希(3年、浜松日体)が27分55秒59と、それぞれ自己ベストを大幅に更新。特に太田はこの1年でグングン力をつけていた。同期ふたりの27分台に心強さを感じた一方で、千明はひとりの選手として危機感もあったという。目の前の練習に集中し、限られた時間の中で質の高いポイント練習にも取り組み、次第に走りと自信を取り戻していった。

12月4日の日本選手権10000mで中谷(右)と太田は大幅に自己ベストを更新し、27分台に突入した(撮影・朝日新聞社)

自身3度目の箱根駅伝では往路を希望し、チームに勢いづける走りをしたいと考えていた。しかしチームを見てみると、昨年よりもAチーム内の競争争いが高まっており、BチームからAチーム入りを果たした選手もいる。「僕が往路を走るよりも、他の選手が走った方がいいと僕も感じていました。最後まで『希望は往路』と相楽監督には伝えていたんですけど、内心では復路でもいい走りができるようにしようと準備はしていました」。最終的に千明は8区と打診を受けた。8区は過去2大会、同期の太田が走っている。「前回の太田以上の走りをすれば区間3位以内が見えてくるはず」と相楽監督から言われ、千明も前回の太田のタイム(1時間05分30秒)を意識していた。

箱根6位の結果に「危機感が足りなかった」

早稲田大は1区に井川龍人(2年、九州学院)、2区に中谷、3区に太田と力のある選手を配置したが、日本選手権を走った中谷と太田の調子が上がらない。4区の鈴木創士(2年、浜松日体)が区間3位の走りで3位に浮上したが、ルーキーの諸冨湧(1年、洛南)が苦しみ、往路は11位で終えた。一緒にテレビでレースを見ていた6区の北村光(1年、樹徳)と7区の宍倉健浩(4年、早稲田実)とは「復路優勝を目指して明日は頑張ろう」と言い合い、復路に備えた。

8区の千明は10位で宍倉から襷(たすき)を託された。前には帝京大学と國學院大學の姿。自分が順位を上げようと想定よりも速いペースで入ったが、急に脇腹へ差し込むような痛みを感じた。1km3分3~4秒ペースに落とし、呼吸を整えて痛みをやり過ごす。10kmを過ぎたところで痛みが引き、そこからまた1km3分ペースに上げて前を追う。最後は國學院大との差を詰め、帝京大と同タイムの9位で襷リレー。9区と10区はともに初の箱根路となった小指卓也(2年、学法石川)と山口賢助(3年、鶴丸)が担い、最後は6位ゴールした。

早稲田大は復路で巻き返し、6位でゴールした(撮影・藤井みさ)

自身の走りを振り返ると、差し込みで前半は思うように走れなかったが、後半に盛り返すことで今の力は発揮できた。タイムは1時間04分55秒で早稲田大学記録。しかし区間5位の結果を考えると「70点」と千明は言う。「去年も思ったんですけど、箱根は年々レベルが上がっているので、去年のタイムにこだわりすぎてしまうと対応できなくなる。自分はやはり区間賞をとるような走りをしないといけないです」。総合6位という結果に対しても、「チーム内には『もっとできたんじゃないか』と感じた選手も多かったんじゃないかなと個人的には思いました。振り返ると箱根前に危機感が足りなかったように感じるので、もう少し『まだ足りない、まだ足りない』と思い続けないといけない」。チームの底上げを意識の面でも図っていく必要性を感じた。

理想と現実のギャップに苦しんだルーキーイヤー

千明は立候補して主将になった。何人か立候補者がいた中で、最後は千明と半澤のふたりに絞られた。主将としてどんなチームにしていくか、どんな主将を目指すのか、色々と互いに意見を出し合い、最終的に主将が千明、副将が半澤に決まった。「半澤は僕に対して『私生活で少しだらしないところがあるからちょっと心配だ』と言ってくれて、僕も改善しようと強く思いました。自分の足りないところをちゃんと指摘してくれるような同期をもててよかったなって」。千明ひとりがチームを支えるのではなく、自分が足りないところは半澤に補ってもらい、同期が中心になってチームを支えていけたらと考えている。

千明は早稲田大に入学した時から「主将として引っ張っていきたい」と思い描いてきたという。「日本代表で活躍できるような選手になる」という夢を胸に、早稲田大の門をたたいた。前述の通り高校時代に活躍していた同世代の選手はそろって早稲田大に進んだ。そのメンバーを見て、「僕らの代でまた早稲田を優勝させたい」という夢も加わった。

そんな早稲田大への注目度は高く、実際、千明たちが1年生だった18年の出雲駅伝では全6区間中3区間、全日本大学駅伝では全8区間中4区間を1年生が担った。千明も全日本大学駅伝で1区を、箱根駅伝では3区を任され、「1年生なのに背負うものが大きくて、理想と現実のギャップの大きさにちょっと苦労したことがありました」と振り返る。2年生になってからは上級生の活躍もあり、重荷も軽くなっていった。今は最上級生としての責任も加わったが、それをプレッシャーにすることなく、自分たちのチームを高めるための力に変えている。

2年生になってからは太田智樹(23番、現・トヨタ自動車)ら先輩の活躍もあり、背負っていた重荷が軽くなった(3番が千明、撮影・北川直樹)

学生ハーフで狙うユニバ代表

例年であれば、箱根駅伝の後には都道府県駅伝があり、チームで冬季合宿に臨んでいる。しかし今年は新型コロナウイルスの影響で都道府県駅伝がなくなり、冬季合宿にも行けなかった。ただ例年に比べて、Aチームの選手の故障が少なく、多くの選手が練習を継続できている。

練習の質にも変化が起きている。「以前であれば僕とか中谷、太田くらいしかできていなかった練習が5~6人、時には8人でできていることがあって、そのひとつ上の練習を僕や中谷、太田、鈴木ができていることもある。一人ひとりのレベルが上がっていることをすごく感じています」

直近では3月14日の学生ハーフが目指す大会だ。この大会はワールドユニバーシティゲームズ(旧ユニバーシアード)の選考会にもなっており、千明はその出場枠を狙っている。更に新シーズンでは、トラックで5000m13分40秒切り、駅伝ではまだ大学で獲得できていない区間賞を狙い、チームの目標を自分の走りで引き寄せる。

3月14日の学生ハーフでは3位以内に入り、ワールドユニバーシティゲームズ出場枠の獲得を目指す(撮影・北川直樹)

21年度もコロナの影響を受けることが予想されている。だからこそどんな状況になっても、主将としてみんながモチベーションを保てるように、チームが同じ方向を向いていけるように、その場その場にあった行動をしていきたいと考えている。

また昨年8月の「Sugar Elite」で大迫から学んだトレーニングをチームに還元し、新たに週2回、五味宏生トレーナーがつくった補強メニューを始めた。「大迫さんからは、今だけを見るのではなくて遠くの目標を見てそのために何をすべきか、継続していくことの大切さを学ばせてもらいました。この補強は希望者だけですが、長期的な目線で取り組んでいけたらと思っています」。20年シーズンはけがに苦しんだからこそ変えていく必要性を感じたが、それを自分だけでなくチームで取り組むことで、一人ひとりの意識転換につなげていく。

近年の早稲田大は学生駅伝で「総合3位以内」という目標を掲げ、その度に相楽監督は「優勝を目指す努力と、3位以内を目指す努力の間に差があるのか?」と問い続けていた。「関東インカレ・日本インカレで全種目表彰台」「学生駅伝3冠」という近年では最も高い目標を掲げた新シーズン、従来とはまた違う覚悟で突き進む早稲田大の姿を見られることだろう。

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