陸上・駅伝

特集:駆け抜けた4years.2021

橋岡優輝 東京オリンピックでは「確実にメダルを」日大での学びも力に変え高みへ

日大の4年間で世界レベルのアスリートに成長した橋岡。卒業を機に取材させてもらった(すべて撮影・藤井みさ)

今年3月に日本大学を卒業し、4月から実業団・富士通に入社した橋岡優輝。1年延期された東京オリンピックへの出場が内定している彼は、どのような心境で世界の大舞台に臨むのか。大学卒業を機に、今考えていることを聞かせてもらった。

五輪シーズン初戦に室内日本記録を更新

取材日は日大の卒業式から2日後だった。この日は軽めの練習と、グランドにいる陸上部の面々にあいさつをするということで、終始リラックスした表情。跳躍のドリルでは森長正樹コーチと動きの確認をする場面も見られた。

橋岡は3月18日の日本室内選手権で8m19をマークし、森長コーチが持っていた室内記録を22年ぶりに12cm更新した。試合前までは沖縄で調整し、森長コーチとも「これなら行けそうだね」と話していたといい、日本記録が出たのは想定内だったという。「でも屋外ではまだ(日本記録保持者ではない)なので、屋外もしっかり超えて、室内も屋外も日本記録保持者だとしっかり名乗りたいなというところです」。そして来たるべきオリンピックに向けて「より一層向かっていってるという感じ、加速してる感じがあります」と表現した。

五輪延期にも前向き、陸上を改めて楽しめた

昨年は3月に東京オリンピックの1年延期が決定し、出場予定だった試合もほぼ全てが中止になった。延期になるのはなんとなく予感していたものの、五月病のようになってしまった時期もあったという。

一時期は部全体での練習がなくなり、各自のトレーニングに任された。だがそんなときだからこそ原点に返った。通常はシーズン中になってしまうと、試合への調整がメインになり、技術の修正はできない。時間ができたことをプラスに捉えて、今までの自分の動画を見返したり、海外選手の動画を見たりして新しい動きにチャレンジした。「そうしているうちに五月病も抜けて、陸上を“素”で楽しめたかなと思います。改めて陸上が楽しいな、と思えるきっかけにもなりました」

森長コーチと動きを確認しながら談笑する場面も

橋岡の父は日本選手権を7度制した棒高跳の選手で、元日本記録保持者。母は100mHでインターハイを3連覇し、100mH、三段跳の元日本記録保持者という「陸上一家」だが、普段はほとんど陸上の話はしない。帰省期間中は両親をおもりにスクワットをしたこともあった。だが普段の会話は「練習どんな感じ?」「公園混んでた?」ぐらいのいつも通りの感じでした、と笑う。

東京オリンピックでの目標は「最低でもメダル獲得」だ。改めて1年を振り返って、「さらにメダルを確実にするための1年」だったと充実した表情で話す。実際に昨年9月の日本インカレでは、8m29のセカンドベストで優勝。世界を目指す橋岡にとって、これまでインカレは「調整」という意味合いが大きかったが、この時ばかりは「学生の集大成としてしっかりやろう」という気持ちも入り、いいイメージで学生の大会を締めくくれた。セカンドベストを出したこともあり、疲労や違和感などもあり10月の日本選手権は欠場して休養。その後冬季練習期間に入り、今回の室内日本記録を出したことで「自分がやってきたことが間違いではなかった」という気持ちとともにシーズンインすることができた。

切磋琢磨する同期・江島の存在

オリンピックの年は、橋岡にとっても新たな環境に身を置く年となる。富士通に進む理由として「一般種目へのバックアップ」を上げた。どうしても陸上の実業団というと長距離に偏りがちだが、富士通には日大でも棒高跳のコーチを務め、自らも競技者として第一線で活躍する澤野大地も所属。他にも跳躍、短距離、競歩などにも世界トップレベルの選手がおり「そういう中に身を置くのは、さらに高みを目指すために必要だと思う」という。とはいえ練習拠点は変わらず日大で、森長コーチのもとでさらに技術を磨く予定だ。

富士通には日大の同期で、棒高跳の江島雅紀も入社する。橋岡と江島は、高校2年のときにともに日本陸連のダイヤモンドアスリートに選ばれてから、お互いの記録や成績を気にかける存在だった。日大に入学してからも、競技は違えどライバルとして切磋琢磨してきた。「同じ会社に所属してこれからも続けていくので、近いところにいるいいライバルだと思います」と橋岡は江島のことを表現する。

学生トップレベルの実力を持っていた2人だが、意外にも大学時代には2人が同時に優勝する機会に恵まれなかった。2019年6月の日本選手権で橋岡と江島はともに優勝。その時のことをたずねると「それまで一緒に優勝できなかったんですけど、変なレッテルを覆すような、すごくいい経験だったと思います」と笑う。

すべてがハマれば「予想がつかない」跳躍に

2019年8月にはアスリートナイトゲームズin福井で8m32を跳び、27年ぶりに日本記録を更新した。しかしその40分後に城山正太郎(ゼンリン)が8m40を跳びさらに記録を塗り替え、橋岡の日本記録は幻となった。その年9月の世界陸上では7m97で8位に入り、日本選手としてはこの種目初めての世界陸上入賞者となる快挙。しかし8m32を跳んだ時でさえ、「失敗ジャンプ」だと語っており、森長コーチとも「技術的にもまだ改善の余地があるね」と話していたという。

2019年8月のアスリートナイトゲームズin福井で8m32の自己ベスト。しかしこれも失敗ジャンプだという

では、もしすべてがハマればどれぐらい跳べると思いますか? そう質問すると「まったく予想がつかないですね」との答え。「今までもバッチリハマったことがほぼないんです。もし助走、踏切、着地を完璧にこなせたら、(8m)50は軽く超えてこれるんじゃないかな。そうすれば世界のトップとも渡り合えると思います」といいつつも「なんとも言えないです」と複雑な表情も見せる。自身の中に秘められた力をまだ測りかねているというところもあるようだ。

大学での学びをさらに深めて

大学ではスポーツ科学部競技スポーツ学科に在籍し、4年間学んだ。「海外の合宿に行きながらレポートに追われたりしてたのもいい思い出です」と笑う。陸上以外にも自転車や水泳などさまざまな競技の選手が在籍していたため、授業でいろいろな選手と戦術やトレーニングの話をする機会もあった。大学生活で印象に残っていることは? と聞くと、「学食で友達と他愛のない会話しながらご飯食べてることとかですかね」。ちなみに好きなメニューは、カレーとハヤシライスのあいがけを大盛りで。「でも最後の1年は(オンライン授業になって)学食に行けなかったので、そこがちょっと心残りです」

卒業研究も自らの競技を対象にした。普段、1試合ずつ「この試合はどうだった」と掘り下げることが多いが、2019年シーズンを対象に、試合ごとに戦術がどう変化していったかを振り返りまとめた。記録達成率を算出したところ、各試合でだいたい95%以上の成績を残せていることがわかり、自らの成績が安定していたことを確認できた。逆にどこか痛めたり、うまく調整できてない時、なにかに挑戦していて技術的に安定していない時には記録が出ていない、ということも改めてわかった。自分の跳躍を縦断的に振り返ったことで、弱さも強みに変えていけたらと話す。

最低でもメダル獲得。東京オリンピックに向けて橋岡は充実の表情を見せる

4月からは実業団に進むとともに、通信課程ではあるが大学院にも進む。「最初は競技を続けながら、どこかいいタイミングで(大学院に行きたい)と思ってたんですが、早ければ早いほどいい気づきになっていくのかなと。競技と勉強の両立はかなり難しいと思うんだけど、いろんな人にも協力してもらいながらやっていきたいなと思います。大変だけど、その状況を楽しみます」と前向きだ。

4年間を振り返って、学生としても競技者としても充実した時間を過ごすことができたという橋岡。オリンピックのメダル獲得、そして屋外での日本記録である8m40の更新へ。さらなる高みを目指して橋岡はこれからも学び、進化し続ける。

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