サッカー

早稲田大・外池大亮監督「どれだけ挑戦できるかどうかが大事」、社会での活躍を見据え

外池監督はプロを経験してから一般就職し、母校の監督になった(撮影・杉園昌之)

夏の大学日本一を決める総理大臣杯の関東予選を兼ねたアミノバイタルカップの2回戦で日本大学に敗れた翌日だった。早稲田大学の東伏見キャンパスを訪ね、ア式蹴球(サッカー)部の外池(とのいけ)大亮監督(46)に「迷わない思考法」という取材のテーマを投げかけると、椅子に腰掛けながら苦笑していた。

「僕自身、昨日の試合でも迷いましたからね。正直、寝られないくらい悔しくて」

「早稲田・ザ・ファースト」よりも……

長いシーズンを戦っていれば、試合に勝つこともあれば、負けることもある。課題が見つかれば、修正もしていく。それでも、根本的な取り組みが変わることはないという。ア式蹴球部では、年度始めに外池監督と4年生たちの間で必ずチームの方向性について、話し合いを行っている。

「ビジョン、目標、ミッションを整理し、前提をつくります。試合の勝ち負けに左右されるものではありません。全員が持つべき心構えです。方向づけがはっきりしていれば、迷うことはないので」

外池監督はプロサッカー選手を引退後、広告業界、テレビ業界を経て、2018年に21年ぶりに母校に戻った。まず始めたのは、大きな柱となる部分の見直し。1924年の創部以来、天皇杯4回、全日本大学選手権12回、関東大学1部リーグ27回の優勝を誇る歴史と伝統のある名門には、代々受け継がれてきた「早稲田・ザ・ファースト」という言葉がすでにあったものの、形骸化していたのだ。

「“人として一番であれ、選手として一番であれ”という意味です。とても崇高な言葉ですが、現実的に日本サッカー界のピラミッドを考えると、今の大学生が形にしていくのは難しいと思いました。ビジョンはしっかり落とし込めないといけない」

学生たちには客観的な視点から今の大学生の立場を理解した上で、再考することを促した。当時の主将だった岡田優希(現・FC町田ゼルビア)は、熟考の末にしっくりくる言葉を持ってきた。

「日本をリードする存在になる」

昨日の自分よりも今日成長したかどうか

あれから約3年半。今年も同じビジョンを引き継ぎ、社会に出てから日本をリードできる存在になるために日々取り組んでいる。外池監督は、学生たちの積極的なトライを阻害することはない。公式戦では相手チームの分析も学生に任せ、意見を尊重する。指揮官としては忍耐強さが必要になってくるものの、その分だけコミュニケーションの量は増える。

「大学生の間にどれだけ挑戦できるかどうかが大事。当然、エラーも発生します。トライに対しての“壁打ち(アドバイス)”は必要になってきますが、ここで正解を見つけ出すことができなくてもいいんです。むしろ、やり残しがあるくらいの方がいいと思っています。その方が社会に出た時のモチベーションになりますから」

A、B、Cチーム、それぞれに目標を定めている(写真提供・早稲田大学ア式蹴球部)

毎週、指導陣と学生幹部が集まり、ディスカッションをする。計画を立て、実行し、チェックする。100人の部員全員が当事者の意識を持って、主体的に取り組める環境づくりをしている。A、B、Cとチーム分けがあり、それぞれで目標を設定。AのためにB以下が犠牲になるようなことはない。Bチームは社会人リーグに参入し、試合の経験だけではなく、企業で働きながらプレーする先輩から生き方、取り組み方のヒントを得ている。学生を評価する方法も異なり、Aは相対評価になるが、BとCは絶対評価となる。

「昨日の自分よりも今日成長したかどうかを見ています。評価軸は必ずしもサッカーの競技力だけではないです。プロセスが重要。100人中10人をJリーグに送り込むのが目的でもなければ、ゴールでもないです。残りの90人にも活躍の場をつくり、サッカー部での経験を役立てながら社会で活躍してもらいたい」

現在、ア式蹴球部には主務、マネージャー、トレーナー、学生コーチなどを志願して入部してきたスタッフが17人在籍。選手兼任で分析を担当する者もいれば、プロモーションチームでPR活動を積極的にこなす学生もいる。広告代理店、テレビ放送局で勤めた経験を持つ外池監督は、運営の重要性を深く理解している。ゴールドマン・サックス証券で勤めていた同期の矢後平八郎さんをマネジメントコーチとして招き、運営に力を入れているのもそのためだ。

「サッカー以外の取り組みがサッカーをつくり上げています。職人の世界ではない。共感、共鳴を広めていきたい。そこがスポーツの価値でもあります。今の早稲田を高いステージまでもっていくためも、競技として勝負にはもちろんこだわりつつ、それだけではダメ。PRの方法やサッカー自体の捉え方を広げるなど、より良い運営をしていくことで、チーム力はさらに引き出されていくものと思っています」

一人ひとりがリーダーになる組織づくりを

時代の流れとともに社会に求められる体育会系の人材も変化している。一昔前のように理不尽を受け入れて、上からの指示に忠実に動くだけの学生の需要は少なくなってきた。90年代に学生時代を過ごし、現役引退後は企業で働いてきた外池監督はそのことを肌で感じている。

「もう『考えるよりも動け』という時代ではないです。自分で考えて行動できないといけません。サッカーで学んだことをいかに転換していけるかどうかです。正解を出すだけなく、自分で課題を見つける力が必要になってきます」

ア式蹴球部での学びはその後の人生にも生きてくる(写真提供・早稲田大学ア式蹴球部)

ビジョンに掲げる“日本をリードする存在”も、先頭で引っ張るようなイメージではない。ア式蹴球部が求めるリーダー像はチームを見渡す力を持った人であり、カリスマではない。

「一人ひとりがリーダーになる組織づくりをしています。トップダウンよりもボトムアップ。自分の意見を持ちながら他人の意見も聞ける、調整する能力を備えてほしい。もちろん、東京オリンピック日本代表の相馬勇紀(現・名古屋グランパス)のように突き抜けていく才能を持っていれば、それはそれでいい。日本をリードするとは経済的な成功でもなければ、地位や名声でもない。他者を慮(おもんぱか)ることを忘れず、心の“豊かさ”を持つことです」

例え一時的に迷いが生じたとしても、立ち返るべき明確なビジョンを胸に刻むア式蹴球部が、進むべき道を迷うことはない。

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