サッカー

早稲田大・平川功「YouTubeの番組を作りたいから」 名門へ前代未聞の入部

平川は早稲田大学ア式蹴球部の魅力を伝えたいと考え、部のYoutubeを立ち上げた(撮影・杉園昌之)

入部動機はYouTubeの番組を作りたいから。前代未聞である。早稲田大学ア式蹴球部(サッカー部)は、インカレで最多となる12回の優勝を誇る名門中の名門。マネージャーを志望して歴史と伝統ある部の門をたたいた平川功(現2年、作陽)は、熱意を持って外池大亮監督に訴えかけた。

「ア式蹴球部、大学サッカーを盛り上げるためには、今までにないプロモーションが必要だと思っています。ア式の選手たちをアイドル化したい。ただサッカーがうまいだけでも、顔(外見)だけでもない。人柄、キャラクターがにじみ出るようなYouTubeの番組を作り、多くの人に魅力を伝えていきたいんです。サッカー面だけではなく、違う角度から違う方法でアプローチしていきたい」

決して軽はずみな言動ではない。サッカーに情熱を注いできた作陽高校(岡山)から二浪の末、早稲田大に入学した平川は一浪した時からア式蹴球部に入り、プロモーション活動に打ち込むことを心に誓っていたのだ。

早稲田大・外池大亮監督「どれだけ挑戦できるかどうかが大事」、社会での活躍を見据え

早慶クラシコで魅せられて

浪人1年目の7月。神奈川県の等々力陸上競技場で見た早慶クラシコ(早慶サッカー定期戦)に心を打たれた。当時の志望校は慶應義塾大学。知り合いに頼んだチケットも慶應側の応援席だった。ただ、脳裏に焼き付いたのは、目の前の光景ではなく、自分の座席から少し離れたスタンドである。

「早稲田の応援がすごくて。一体となっている雰囲気に惹(ひ)かれました。あの時、僕も早稲田に入り、ア式に入部したいと思いました。自分の競技レベルを考えれば、選手として難しいのは分かっていたので、プロモーション活動をしてやろうって。大学サッカーは観客が少なくて、選手を売り込むようなコンテンツもあまりないのが実情としてあります。だから、絶対に俺が盛り上げてやるんだと思いました」

親元の淡路島を離れて、東京での浪人生活。明確な目標を持って、受験勉強に励んでいたが、努力は簡単に報われなかった。一浪では早稲田に合格できず、仮面浪人の道を選んだ。都内の他大学に通いながら、二浪目に突入。「プライドもありましたが、早稲田に行かないと、僕の目標は達成できないと思い、もう1年頑張ることにしました」

何度も心が折れそうになり、「もうどうでもええわ」と泣き言も言った。でも、夢は諦めきれなかった。大学の単位を取りながら、一人図書館で大学受験用の参考書に向かった。早稲田大スポーツ科学部(入学後、文化構想学部に転部)の合格通知を受け取った時には、涙がほおを伝った。経済的に支援してくれた両親には感謝しかないという。

2浪を経て憧れの早稲田大学へ、ア式蹴球部へ。平川はやる気に満ちていた(写真提供・早稲田大学ア式蹴球部)

まずは「周囲に信頼されないといけない」

入学後は脇見をすることもなく、ア式蹴球部が練習する東伏見のグラウンドへ足を運んだ。「懐かしい感じがしましたね。青春が戻ってきたようでした。これは本気になれる、とすぐに思いました」。面談、仮入部を経て、マネージャーとして正式入部を果たした。ただ、外池監督からは念を押された。「組織の中で新しいことをやるには、周囲に信頼されないといけない」。不安はなかった。むしろ、自信と意欲にあふれていた。

最初に任された仕事は、新入生を紹介するコンテンツの作成。同期のマネージャー3人(当時)と話し合った末、部員一人ひとりの動画を作ることになった。当然、気合が入った。

「他のどの部もやっていないような新入生紹介にしたい、他と差別化を図りたいと思いました。いかにも学生が作りましたという安っぽい内容、演出にするのは避けたかった。僕はこういうことができるんだ、とアピールの場でした」

睡眠時間を削り、動画の編集を一から独学で学んだ。時間はかかったものの、周囲から評価されるものができた。部内外での評判は上々。最初に公開した森璃太(現2年、川崎フロンターレU-18)の動画は、1日で1万回以上も再生された。

「同期の仲間たちが喜んでくれたのはうれしかったですね。『俺の動画も作ってほしい』という言葉を聞いた時は、やって良かったなと思いました。でも、僕はこれだけでは満足できなかった。もっといろんなことをやりたいという気持ちが沸いてきました」

「俺たちの浪人時代」に込めた思い

そして、昨年は早慶戦のプロモーション映像に携わり、今年1月からは念願のYouTube番組にも着手。約2カ月、企画会議を重ねて3月からようやくスタートにこぎつけた。入学前から温めていた「受験生必見!! 体育会サッカー部員による『俺たちの浪人時代』」の企画も実現。苦労の末に早稲田大ア式蹴球部に入部してきた選手たちのバックグラウンドを包み隠さずに視聴者に届けた。

今年1月、部の公式Toutubeを開設した

「多様性を受け入れるア式を知ってもらいたかった。体育会にも浪人経験者はいるし、実際に選手として活躍しています。今、浪人生でア式を目指している人たちに少しでも励みになればと」

番組最後のテロップには<協力:外池大亮>の文字がさらりと流れている。学生たちの新しいチャレンジを後押しする外池監督は、豪快に笑いながら話す。

「サッカーとあまり関係ないと批判されることもありますが、どんどんやっていいと話しています。一人ひとりの背景を尊重し、チーム作りをしていることを知ってもらうことは大事。あの動画はキャスティングにもこだわり、サッカー一筋でスポーツ推薦で来ている選手も出演させていました。きっと彼らからすれば、浪人生の生活は想像できないでしょう。そういう仲間のことを知ることも必要」

ア式蹴球部の主力は高校時代にJクラブのアカデミー組織、全国高校選手権で活躍したエリートたちが占められているが、歴史を振り返れば、浪人生活を経て入学し、その後に日本代表まで上り詰めたレジェンドたちも少なからずいる。元日本代表監督の岡田武史さん(現・今治FCオーナー)、元ロンドンオリンピック日本監督の関塚隆さんは、その代表格だろう。

「愛があるコンテンツを作っていきたい」

二浪して入部し、マネジャーとなった平川も、パイオニアになろうとしている。グラウンドでの練習補助をこなしつつ、動画を使ったプロモーション活動にも精を出す。一時期はその両立に苦しみ、悩んだ時期もあったが、今は覚悟を決めて、取り組んでいる。

マネージャーとして部を支え、YouTubeの番組を作る。その両立に苦しんだ時もあった(写真提供・早稲田大学ア式蹴球部)

「なかなか理解されないこともありましたが、ア式蹴球部をもっと良くしていきたいという思いは強いです。外池監督もサポートしてくれています。サッカーを一所懸命に頑張っている仲間と一緒に僕もできることをしたい。投稿回数を増やし、YouTubeのチャンネル登録数も増やしていくことが目標。まずは今年中に1000人、それから5000人、1万人となっていけばいいですね。愛があるコンテンツを作っていきたい」

平川にとっては、今年が勝負。来年からは就職活動も始まる。プロモーション活動の地盤をしっかり築き、後輩に引き継ぐことまで考えている。いまだかつてない挑戦は、これからも続く。

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