陸上・駅伝

特集:第90回日本学生陸上競技対校選手権大会

山内大夢と黒川和樹の学生ラストマッチは山内がV これからも競い合いながら強くなる

今シーズン、黒川(左)に負け続けてきた山内(右)が最後の勝負で優勝をつかんだ(撮影・松永早弥香)

第90回日本学生陸上競技対校選手権大会 男子400mH決勝

9月19日@熊谷スポーツ文化公園陸上競技場

1位 山内大夢(早稲田大4年) 49秒28
2位 黒川和樹(法政大2年) 49秒51
3位 山本竜大(日大大学院2年) 49秒98
4位 出口晴翔(順天堂大2年) 50秒05
5位 村上翔(同志社大2年) 50秒09
6位 田中天智龍(早稲田大2年) 50秒45
7位 大串弦徳(日大4年) 50秒67
失格 後藤颯汰(早稲田大3年)

日本インカレ男子400mHでは、2人の選手に注目が集まっていた。ともに東京オリンピック日本代表選手で、1人はオリンピックセミファイナリストの山内大夢(ひろむ、早稲田大4年、会津)、もう1人は今シーズン学生相手に負けなしの黒川和樹(法政大2年、田部)。2人は準決勝と決勝で相まみえ、その2戦とも山内が勝ち切り、日本インカレ初優勝を成し遂げた。

父が指導する会津高で全国2位、東京五輪は見えていなかった 早稲田・山内大夢(上)
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東京五輪で受けた刺激

東京オリンピック後、山内はすぐに大学の夏合宿に参加した。「世界のトップ選手の速さを肌で感じて、このままではいられないなと強く感じました」。見つかった課題は「全部」と前置きした上で、「あえて言うなら、ハードリング技術の部分とかレース展開です。前半行かれてしまって、僕は後半と割り切っているんですけど、それでも世界の選手たちには後半でも全然追いつけないのをすごく感じました。走力もつけてレース展開をもっと練り上げていかないといけない」。最初はオリンピックに出場するだけで満足してしまう自分がいるかもしれないと山内は感じていたが、終わってみると悔しさばかり。「もっと強くなりたい」と改めて思うようになった。

一方、黒川は東京オリンピック後、ジョグなどに切り替えたオフを設けた上で練習を再開し、トップ選手の走りを見ての気づきを行動に移した。「(カルステン・)ワーホルム選手が45秒とか意味分からない記録を出して(45秒94の世界新記録で優勝)、自分と同じ(インターバル)13歩なんですけど、刻みつつ力を逃がしているという意味分からない走りをしてて、自分も真似できる部分は少ないんですけど、でもそこから拾って拾ってという感じで試行錯誤してます」。イメージしている走りを形にできれば、日本記録(47秒89)超えはできる。その確信はあるのだが、13歩で刻む難しさを痛感し、次第に自分の走りができなくなっていたという。

そして両者は日本インカレを迎えた。特に山内にとっては最後の日本インカレであり、早稲田大の選手として戦う最後の対校戦だ。黒川も「山内さんにいいとこ取りはされたくない」と、勝負の時を待ち望んでいた。

準決勝で早くも勝負

400mHは2日目の9月18日に予選と準決勝、翌19日に決勝というスケジュールだった。加えて山内は4×400mリレーにも出場。18日に予選を走り、19日に決勝というハードスケジュールだった。

黒川は予選、前半から攻める黒川らしさが見られなかった(撮影・藤井みさ)

400mH予選、山内は危なげなく1着で通過したが、黒川は前半から遅れての2着通過。「レース自体も久しぶりですし、練習自体もあまり詰めてないので変な感じです。東京オリンピック明けくらいから、ちょっと自分のレースが分からなくなってます……」と黒川は言い、不安が残る走りとなった。

その夜の準決勝では山内と黒川は同じ組となり、山内は「ちょっときついな」と感じたという。疲労がある中でどう走るかを意識して臨み、得意とする後半で黒川を抜いての50秒35で1着通過。黒川は予選よりも前半から自分の流れをつくると決めて挑んだが、思うような走りにつながらず、50秒73での2着となった。レース後、黒川は山内に「(レース展開が)うまいっすね、先輩」と声をかけたようだが、決勝を前にして2人はともに「明日は勝ちます」と口にした。

4×400mリレー予選、400mH、そして400mH準決勝で山内は疲労を感じていた(撮影・藤井みさ)

6人と1人で一緒にWポーズ

決勝では山内が5レーン、黒川は7レーンとなった。特に黒川はこの7レーンで5月の関東インカレと6月の日本選手権で優勝しており、相性のいいレーンという印象があったという。レース前にはその過去の動画を見直すと前半から攻めた走りをしており、今回も前半に意識を向けた。

その狙い通り、黒川は前半から攻めてトップに立った。5レーンで黒川の背中が見えていた山内は、準決勝とは違う黒川の勢いを感じていたが、5台目を跳んだ時にそこまで離れていないことを見て、「後半で刺せるな」と確信。9台目と10台目をしっかり跳びきることを意識し、黒川の背中を捉えた。ゴールの瞬間、山内は両腕を空に突き上げ、1人、フィールドに膝(ひざ)を突いて喜びをかみしめた。

今大会、早稲田大は400mHで男女ともに3人全員が決勝に進出。一緒に走った後輩の後藤颯汰(3年、五島)と田中天智龍(2年、八王子)はレース後すぐに山内のそばに行き、3人で肩を抱き合った。山内は涙をぬぐいながらフィールドを後にすると、女子400mH決勝を走り終えたばかりの関本萌香(4年、大館鳳鳴)と村上夏美(4年、成田)、川村優佳(2年、日大櫻丘)も笑顔で迎え入れてくれた。早稲田大6人で記念撮影をする際、「俺もいいっすか?」と黒川が加わり、6人と1人で早稲田大の“Wポーズ”を決めるシーンもあった。

3人そろって決勝に進めたことが山内(左)もうれしかった(撮影・松永早弥香)

山内自身、6人そろって決勝に残るとは思っていなかった。そんな中、全員が力を出し切り、山内と川村でアベック優勝を成し遂げた。「監督・コーチ陣に手厚く指導してもらえたというのはあるんですけど、僕たちはコロナで試合が制限される中で1本1本を大切にしてきました。特に男子は女子に比べて弱かったんですけど、後輩2人も決勝に残ったことで更に力をつけたんじゃないかな」と、山内は後輩たちのこれからの走りにも期待している。

黒川「山内さんは一番負けて悔しくはないな」

黒川はレース後、笑顔を振りまきながら優勝した山内を祝福していたが、選手たちがフィールドを離れると、疲労がたまった黒川は横になって立ち上がれなくなった。高校時代からのライバルだった出口晴翔(順天堂大2年、東福岡)が黒川を気にかけ、起こそうと手を差し伸べる。なんとか立ち上がった黒川は、ゆっくりとメディアの前に顔を出した。

「気持ちはもう、昨日(予選と準決勝)の100倍入れて臨みました。やっぱり、最後に勝てるのは山内さんのような意志が強い選手だな。山内さんはなんかずっと俺に勝ちたいとか言ってくるんで……。最後にいいとこ取りされたくなかったんですけど、まぁ、あ~って感じです。でも山内さんなんで、まだいいですね。山内さんはずっと一緒に戦ってきて仲もいいし、負けちゃ駄目なんですけど、一番負けて悔しくはないな」

東京オリンピック以降、「日本記録がずっと頭にある」という黒川は、今大会でそのイメージを形にすることはできなかった。「早稲田の礒(繁雄)先生に(後半の持久力のために)『山を走れ』と言われてるんで、今年の冬は山を走ろうと思います」と、自分の課題と向き合っている。

山内「今度は48秒前半を」

山内はその後、4×400mリレー決勝でアンカーを走り、トップでバトンを受け取った。しかしすぐ後ろにつけていた東洋大学の中島佑気ジョセフ(2年、 城西大城西)に敗れ、2年連続で2位だった。これから実業団に進む山内がリレーを走るのは今回が最後になるかもしれない。その上で「やり残したことは?」という質問に対して、「優勝しかないです」と苦笑いを浮かべた。

「2年生の時に日本選手権(リレー)で優勝し、もっとマイルで勝ちたいなと思い、今年は4継(4×100mリレー)で優勝して流れがきてたんですが、自分のところで刺されてしまって……。また2位なのかという悔しさはあるんですけど、一人ひとりがベストの走りができたと思うので、負けたことは悔しいんですけど、内容はこれがベストだったのかなと思います。僕らの姿を見て、後輩にもっと成長してもらいたいですし、マイルで勝ちたいという気持ちになってくれたらうれしいです」

山内(右)のステージが変わっても、黒川との勝負はこれからも続く(撮影・松永早弥香)

ただ本職の400mHでは、最後の最後に黒川に勝つことができた。このラストイヤーはリオデジャネイロオリンピックセミファイナリストの野澤啓佑(ミズノ)が持っていた早稲田大学記録を更新し、夢だった東京オリンピックで準決勝に出場。「今年立てた目標はほぼほぼ全て達成しました」。しかし現状に満足しているわけではない。「48秒をもっとコンスタントに出せるようにして、今度は48秒前半を出せるようにしたい。そのための課題は色々あるんですけど、シーズンオフの間に見直し、走力もまだまだ高めて、全てにおいてもう一段階ギアを上げたいです」

東京オリンピックを経験し、山内自身も日本を代表する選手になったという自覚が芽生えた。「これからは黒川とともに400mHを牽引(けんいん)する選手としての責任を持って戦っていきたいです」。大学4年間で競技力とともに人間性も鍛えられた山内は、これからも前だけを見ている。

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