陸上・駅伝

連載:あなたにエール

特集:いざ、東京オリンピック・パラリンピック

法大・黒川和樹「なんじゃこれ」と驚く才能、五輪も自分らしく 高校顧問からのエール

黒川は6月の日本選手権で優勝し、自身初となる五輪をつかんだ(撮影・池田良)

アスリートの成長を身近に感じてきた方が独自の目線でたどる連載「あなたにエール」、今回は法政大学陸上競技部の黒川和樹(2年、田部)へ、田部高校(山口)時代に黒川を指導した木田勝久先生(現・西京高校)からのエールです。黒川は5月のREADY STEADY TOKYOの400mHで48秒68をマークして東京オリンピック参加標準記録を突破し、6月の日本選手権では48秒69で初優勝。東京オリンピック代表に内定しました。

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最初から理想の走りができていた

黒川が長成中学校(山口)3年生だった時、長成の河野哲二先生から「目立ってないけどいい子がいますよ」と言われて、県通信だったかな、初めて彼を見たんですよ。ちょうど四種競技の走り高跳びをしている時でした。遠くから見て「あ~そんな感じか」ぐらい。走りを見たわけではないですからね。改めて勧誘に行ってみたら、ひょろっとしてる。四種競技だったら、肩が強ければやり投げかな、でも400mもそこそこ走れるんだったら400mHだなって思ったわけです。

それで黒川が田部高校に来て、走りを見たら「なんじゃこれ」「すごいな」「なにこいつ」ですよ。今まで見たこともないような抜群の動きで、私たちが理想としているランニングスタイルができている。 久保田信先生(現・西京高校)と一緒に見て、「これは筋力ついたらすぐいくやん」って話したもんです。筋力はないけど動きは大きいし、接地の場所がいいところに入ってる。そりゃすごいよね。

私の計画では、1年生の時に基礎体力と動きをしっかりと身につけて、2~3年生で勝負しようと思っていた。いつもそういうやり方でやってるんですよ。だから1年生の時は400mHもさせるにはさせたけど、まずはスピードをしっかりつけていこう、という感じ。長い距離はほとんどやらせてない。1年目だけじゃなくて、3年通して練習で走らせたのは250mまで。ハードルの戦術等については、金子竜二先生(現・西京高校)にお世話になりました。

毎年冬季練習にはタイヤを引いて走る練習もしてます。接地のポイントが良くなるから。でもあいつは元々ええところに入ってた。だから他の子と同じような動きづくりのドリル練習はほとんどやらせてない。やらせたら彼本来の良さが崩れるから。その間に彼にはハードルドリルをさせていたんだけど、ちょっとさぼるんよね。だからさぼらせんようにするのが最大のテーマだった。ネットニュースを見たら、「高校の時はやらされる練習だったけど、大学では自主的にやってます」とか言ってたようだけど、いや、やらされんかったらやらんやろうがって(笑)。だから2年生の春には同じ400mHの安部孝駿(ヤマダホールディングス)の母校・玉野光南高校(岡山)とか、強豪の大塚高校(大阪)とかに連れてって意識を上げようとしました。

黒川(中央)は2年生の時に初めてインターハイに出場。準決勝で組7着となり、決勝を逃した(写真提供・黒川有希子)

黒川には、2年生でインターハイ決勝に行こう、3年生で頭をとろう、というのを何度も言ったんよね。ただまぁ、今振り返ると本人にその気がなかった。自分が勝てると思っていなかった、という方が正しいかもしれん。2年生の時は準決勝までしか行けなくて記録も伸びんかった。ハードル選手としては体が細すぎたから、3年生になるにあたり、黒川に「1.2倍計画」を掲げたんですよ。そこまで大きくなる必要はないから、体重を今の1.2倍にしようって。結果を言うと、食べる量は多かったようだけど、全くダメでした。でも今の体格はその時に掲げていた理想の体格になっていると思います。

あと、2年生の3月には大分であった全国選抜合宿に連れて行きました。私はそれまで全国選抜合宿に生徒を連れて行かんようにしていたんですけど、そこで「自分がある程度、通用するんじゃないか」と自信になったんじゃないかな。選手や指導者など、そこで顔見知りができたしね。

全国大会で全て入賞、優勝を逃したのは「気持ち」の差

あいつは全国的に無名だったと言われているけど、3年生の時には全国大会で全部入賞してるんですよ。インターハイでは400mHは52秒27で3位、110mHは14秒76(向かい風3.0m)で5位。インターハイ以降は、国体スタッフによるロングスプリントチームで何回も練習会をしました。ロングスプリントにいい選手がいたので、競い合いながら質の高い走り込みができましたね。それで迎えた国体では400mHは51秒29で2位、110mHは13秒49(追い風2.7m)で3位。国体の前にあった選抜では、300mHに出て36秒40で優勝(U20日本記録)。300mHは1500mのスタート地点の直線で走り出すから、スピードがついたところでコーナーに入ってみんなふられるんですよ。だからもう別種目。でも彼は対応力がすごいから勝てたんだと思う。

その110mHなんですけど、確かに中学校の時にもやってた種目ではあったけど、高校では2年生になってからしかさせてなかった。400mHでエントリーした2年生でのインターハイで、私たちはちょっと遠い方のサブトラックで練習をしようとしたら、そこには110mH用のハードルしかなかったんです。でもハードルを下げたらなんか言われるかもと思い、「その高さでドリルしとけ」って言ったんですよ。そしたらその高さで普通にボンって跳ぶから、「なんなの? すごいじゃん」って。

これだったら110mHもいけるかもと思って、翌9月にあった県の新人戦に出してみたら14秒73(追い風0.9m)の大会新記録よ。「お前なんなん」って。秋の大会でも出したら14秒台を連発したから、これは3年生でのインターハイは110mHと400mHの両方いけるなって思いましたね。実際、インターハイにつながる中国総体で、110mH決勝では14秒26(追い風2.6m)、400mH決勝では52秒07で2冠してますし。あいつは「110mHの方が短いから楽です」とか言うけど、世界を狙うならそりゃ400mHですよ。

3年生の国体にて。黒川(左)の賞状を木田先生と一緒に(写真提供・黒川有希子)

高校3年間で見ると、想定の80%程度だったと思う。あと20%は気持ち。なかなか最初から行かんかった。今は超前半型って言われているけど、いやいや、あんだけ行けって言ったやんって思うんよね。「とにかくお前は前半から行けば、49秒台は必ず出る」とずっと言ってました。なんなら110mHでも最初から流そうとしてましたから。そんなんできるのは天才だけやぞ。3年生の時の400mH県総体とか、「予選も最初から行きますから、400mは欠場させてください」とあいつが言い出したから、「本当か?」って聞けば、「絶対行きますから」と。だから400mは欠場させたのに、いざ走ったら1台目、2台目は行ったけど後はてれーっと走る。「行くって言ったやん!」って言ったら、「最初は行きましたよ」って。そんな感じですよ、ずっと。

だから本気で走るのは決勝だけ。そりゃレーン的にも記録が出んやろ。インターハイの時とか、400mHで優勝した出口晴翔(現・順天堂大2年、東福岡)が4レーンで黒川が5レーンで、様子を見ながら走っていた黒川はインレーンから出口に行かれたわけよ。国体でもインレーンの出口に負けた。黒川の高校時代の最高記録は51秒06。「始めから勝負しとけば49秒台で勝つのはお前だったんじゃないんかね」と、あの時は言いましたね。

インターハイでまぁ、彼らしい話があるんですよ。予選が終わって翌日に準決勝と決勝があったんですけど、予選が終わった夜9時半くらいに黒川から電話がかかってきて、「先生、ユニホームがありません」って。「は?」ですよ。しょっちゅう忘れ物をするんです。おそらく忘れ物が大会本部に届いているだろうけど、借りる方法もあるにはあった。でも私としてはTシャツで走らせるのもありかなって。「Tシャツで走って何位」ってニュースバリューがありそうじゃないですか(笑)。しょうがないから「明日の朝は予定より30分早く行くぞ」って伝えていたのに、時間になっても顔を出さん。「何しとるんや!」って部屋に行ったら、「歯磨いてます」って。本当にもう、大物よ。会場に行ったら、ちゃんと忘れ物としてユニホームが届いていたんですけどね。

安部に絶対勝てるから」

いろんな大学から声をかけられていたけど、最終的にはあいつが法政大学に行きたいと言い出した。それで初めての日本インカレは49秒19で2位。でもその年の日本選手権決勝はガチガチだったな。2レーンだったのもあるんやろうけど、あれだけ緊張したのは初めてだったと思うんよ。49秒73で2連覇した安部とか雲の上の存在だったわけで。

でもその時に私は、ショートメールで「安部にはかなわんと思っとるやろうけど、安部に絶対勝てるから。その気持ちで練習していったら、来年絶対オリンピックにいけるぞ」と送った。そしたら「はい、頑張ります」だけだったな。黒川のお母さんにも「本人がその気になったら来年のオリンピックに行けますよ」と言った。そしたら「いや~、木田先生は何言ってるんだろう」って思っていたようだけど、彼の素質を見れば、あとは黒川自身が本気になるだけだと思っていました。

黒川(右)が「雲の上の存在」と思っている安部にも勝てる、と木田先生は確信していた(撮影・池田良)

それで、今年5月9日のREADY STEADY TOKYOであの走りですよ。私は黒川が走るとは知らなくて、寮の宿直室からテレビで見たんですけど、体が一回り大きくなってました。身長の伸びが落ち着いて、やっと筋力がつき始めた頃だと思うんですよ。法政で周りがやるから、黒川も質の高い筋トレができたんだろうな。そこで48秒68を出して、東京オリンピック参加標準記録を突破。去年1年勝って、自信がついたんでしょう。それまでのタイムを考えると急に伸びすぎではあるけど。だったら高3の時に49秒半ばを出しとけよ(笑)。

五輪がかかった日本選手権、最初のハードルで確信した

6月の日本選手権は元々、私は応援に行かないつもりでした。でも周りの人たちが「いやいや、目の前でオリンピックが決まるのを見るべきでしょう」と言うから、じゃあ行こうかって。私は正直言って、自分の教え子が自分の目の前から卒業したらそこまで興味はないんですよ。最大限のことは高校で教えるから、後は自分次第。でも結果的に行って良かったね。決まった時はさすがに感動した。不覚にも涙が出た。

レース前にサブトラックでちょっと言葉を交わしたんですよ。「頑張れよ」と。そしたら「はい」と一言。インターハイとかもそんな感じでした。私がアップ見てて「どうか?」、「いいと思います」、「よし」。そのくらいです。決勝のレース前なんかは相当緊張しているようだったけど、最初のハードルをスパンって行ったから、これは決まったって確信しました。その後に失敗する子じゃない。高3でもあれだけ安定して全部入賞してるわけですから。

その日本選手権の前、「3位とか言ってたら7位になっちゃうんで、優勝します!」とか言ったらしいな。大口叩(たた)いてって言われてたようだけど、あれは私が言っていたことなんですよ。目標が「インターハイ出場」だけだったらそこで終わってしまうから、「インターハイで何位になる」まで考えないとダメだって。一応、それは頭に残っていたんだな。

「高校時代に基礎から徹底的に鍛えられました」と黒川は言う(撮影・池田良)

私の恩師・田村好明さんはアテネオリンピック男子マラソン日本代表の国近友昭さんを指導して、今度は私が黒川を指導して、恩師と私で2代連続でオリンピック選手を教えることになりました。東京オリンピックまでもう日があまりないけど、黒川にはまだまだ伸びしろがある。日本選手権の走りを見てたら、最後の9台目、10台目で上半身がぶれてる。もうちょっと筋力アップして、持久力的な練習を積めれば、それこそ決勝も難しい話ではないと思うんよね。

自分らしく走ってほしい。東京大会以降のオリンピックも狙えるだろうし、いつかはメダルを取ってほしいです。まずは入賞だな。日本記録(47秒89、為末大)の更新もそう(黒川の48秒68は日本歴代10位タイ)。そのためにはもうちょっと賢くならんといけんね(笑)。本当に楽しみしかないですよ。

あなたにエール

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