サッカー

桐蔭横浜大・安武亨監督「がむしゃらにやるしかない」プロを目指す学生たちへ

安武監督は母校・桐蔭横浜大で2009年からコーチ、18年から監督となった(写真提供・桐蔭横浜大学サッカー部)

桐蔭横浜大学サッカー部の安武亨(とおる)監督(42)は、「逆境を乗り越えた経験」をテーマにした取材依頼のメールを開いた時、文面のあるキーワードに引っかかりを感じた。「そもそも、学生たちにとって『逆境』とは何を指すのか。彼らは自らの意志で桐蔭横浜大に来る道を選んで入学してきているんです。何を持ってして『逆境』と捉えるのか」

競い合うのがプロの世界だから

桐蔭横浜大の学生数は2000人ほど。数万人規模の学生を抱えるマンモス大学に比べれば、サッカー部の強化費は推して知るべし。2012年に関東1部リーグに初昇格するなど、部の歴史もまだ浅い。数多のタイトルを手にしてきた名門と呼ばれるような大学とは明らかに違う。

「桐蔭横浜大の立ち位置は、入る前から分かっていること。もしもスタートの時点から『逆境』と思うのであれば、それは違う。自分で選んだ道だろと」

毎年、多くの新入生たちが“大学の壁”にぶつかる。腕に覚えのある学生たちは、当たり前のように1年目からレギュラーとして試合に出るつもりで桐蔭横浜大の門をたたく。ただ、現実は甘くない。リーグ戦のベンチ入りはおろか、トップチーム(1軍)のメンバーに名を連ねるのも簡単ではない。関東大学1部リーグのチームは、プロに限りになく近いレベルと言ってもいい。ルーキーイヤーから活躍できるのは、ほんの一握りである。

「学生たちは入学する前に1回以上は大学の試合を見て、レベルは知っているはずです。もしも分かっていないのであれば、自己分析能力が足りないと思います。出だしの段階から腐ってしまう選手は、大学でサッカーを続けていくのは難しいでしょう。ドライかもしれませんが、最初から手を差し伸べることはないです。何とか自力ではい上がってきてもらいたい。うちの場合は、プロを目指して入ってくる選手がほとんど。サッカー界で生きていきたいのであれば、ずっと競い合っていかないといけません」

「悩むことは当たり前」

安武監督は、あえて厳しい顔を見せている。寄り添うだけが指導ではない。指導者が歩み寄ることで、学生たちは自らが困難な状況に陥っているとより意識してしまうことも多いという。もがきながら新しい環境に慣れるまで、じっと待つことも必要である。

「悩むことは当たり前。がむしゃらにやるしかないんです。一般社会に出ても同じことが言えるのではないですか。1年目は困難なことばかり。一番好きなサッカーに全力を尽くせない人間は、きっと他の何に対しても全力は尽くせません。生きていく上で、自分の力で壁を乗り越えることは大事だと思います」

とは言え、指導者として静観しているだけではない。成長を促すために、チャレンジの場を数多く与えるようにしている。トップチームが戦う関東大学1部リーグだけではなく、トップサブ(2軍相当)は関東社会人リーグ、2~3年生の伸びしろがある選手たちは神奈川県強化育成リーグ、1年生はインディペンデンス・リーグ(各大学のセカンドチーム以下が参加するリーグ)に参加。実戦経験を積ませることを重要視している。

「どのカテゴリーであっても、サッカー選手は公式戦を戦っていれば、そこまで腐ることはないと思います。1年生には『焦らなくてもいいから』と言っています」 

選手たちは成長のステップを踏んで強くなる(撮影・杉園昌之

進路選択では厳しく、でも説き伏せない

ただし、最終学年を迎える直前には、学生たちと必ず面談する。安武監督はかつてサンフレッチェ広島でプレーした経験があり、厳しい世界も目の当たりにしてきた。だからこそ、学生には厳然たる事実を伝えているのだ。

「3年生の終わり頃には、将来プロとして活躍できる可能性が低い選手にははっきりと言います。一般社会で歯を食いしばっていく道もありますからね。社会に出た方が、これまでサッカーを続けてきた人間力が評価されるぞ、と。正直、うちの大学で4年生まで頑張っている選手であれば、サッカー界にしがみつくことができると思います。でも、本当にそれでいいのかと。経済的にかなり厳しい現実が待っていますから」

自らの実力を把握し、見切りをつけることは決して逃げではない。客観的な視点を持つことも必要である。サッカー界の先輩として、プロ経験者として、できるかぎりの助言をしている。それでも、夢を追いかけたいという者は止めない。

「情熱を燃やし続ける学生を無理に説き伏せることはしません。しがみつくのと、強い覚悟を持ってやり続けるのは違いますから。そういう選手は、例え5年後にサッカーで生きていけなくなっても、熱意を持って他のことにも打ち込めると思います。社会に出るのがただ5年遅れるだけです」

「サッカーは人間力を育てるツール」

シビアな指摘ができるのも、学生とまっすぐと向き合っているからだろう。プロ予備軍と呼ばれるようなチームで選手の育成に励んでいるが、サッカーの技術、戦術だけを教え込んでいるわけではない。

「サッカーは人間力を育てるツールです。競技力を向上させることが全てではないので。どれだけ失敗してもいいから、トライ・アンド・エラーを繰り返してほしい。間違いを受け入れて、素直に謝ることができればいい。情熱を注げる人になってもらいたい。熱を持って取り組んでいれば、自然と周りも助けてくれるものです。人間は1人では生きていけませんから」

川崎F内定の早坂勇希(左)は安武監督への感謝を口にする(撮影・杉園昌之)

安武監督自身もまた熱血漢である。今年3月に桐蔭横浜大を卒業し、現在はJ1リーグの川崎フロンターレで活躍する橘田健人が、1年前にしみじみと話していた。

「熱い監督ですよ。情熱を持って取り組むこと、熱く戦うことの大切さを教えてもらいました。むしろ、大学ではそればかり言われてきたかな。でも、僕からすれば、すごく良かったです」

熱い人だからこそ、熱い人材を育てられるのかもしれない。パッションがあれば、逆境も逆境と思わず、進んでいける。



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