陸上・駅伝

特集:第98回箱根駅伝

早稲田大・相楽豊監督“全員駅伝”で箱根優勝を 千明龍之佑が率いる個性の強いチーム

6位だった出雲駅伝と全日本大学駅伝の悔しさも最後の箱根駅伝にぶつける(撮影・全て松永早弥香)

早稲田大学は今シーズン、大迫傑さんが1年生だった2010年度以来となる「駅伝三冠」を掲げてきたが、10月の出雲駅伝でも11月の全日本大学駅伝でも6位に終わった。全日本大学駅伝後にミーティングを開き、箱根駅伝でも優勝が目標でいくのか、皆の気持ちを確認した。「やっぱり、このメンバーで優勝したい」。その思いを強く持っている選手が強かったという。12月19日の箱根駅伝合同取材でも相楽豊監督はまず、「箱根駅伝総合優勝という目標を変えるつもりはありません」と力強く言った。

主力の4年生が相次いでけが

今シーズンの早稲田大は中谷雄飛(4年、佐久長聖)、太田直希(4年、浜松日体)、井川龍人(3年、九州学院)と3人の10000m27分台ランナーを擁している。また、5月の関東インカレでは菖蒲敦司(2年、西京)が男子1部3000mSCで優勝、同1500mで2位となり、6月の日本選手権5000mでは千明(ちぎら)龍之佑主将(4年、東農大二)が8位入賞(学生1位)を果たすなど、トラックシーズンから結果を残してきた。

その一方で主力のけがが相次いだ。中谷は関東インカレで左足のすねを痛めたことを皮切りに、疲労の蓄積から両足の複数箇所に痛みが出てしまい、状態が戻ったのは出雲駅伝の直前だった。それと入れ違いに千明が腰の痛みを訴え、大事をとって出雲駅伝を回避。検査の結果、骨盤の中心に位置する仙骨が折れていることが判明し、本格的な練習を再開できるまでに1カ月ほどかかった。また出雲駅伝後に太田が脚の不調を訴え、他の選手の状態も良かったこともあり、大事を取って全日本大学駅伝のメンバーから外れることになった。

出雲駅伝でも全日本大学駅伝でもルーキーの石塚陽士(早稲田実)の区間で見せ場を作ったが、ともに6位という結果に対し、相楽監督は「スタートラインにベストメンバーを準備できなかったこと」を課題に挙げ、悔しさをかみしめた。2大会をテレビ越しに見ていた千明は「主力が抜けていながらも下級生は頑張っていましたし、十分トップを狙えるところでレースをしてくれました」と下級生たちをたたえたが、それ以上にチームを自分の走りで引っ張れない悔しさ・申し訳なさを強く感じていた。

千明主将が涙ながらに伝えたこと

自信をもって挑んだはずの舞台で跳ね返され、チームの雰囲気が悪くなっているのを皆が感じていたという。特に全日本大学駅伝ではエースとしての走りが求められた千明や太田を欠いた影響は大きく、「誰も口には出さなかったですけど、もしかしたら優勝という目標がぶれてしまった選手もいたかもしれない。直希がいない分、もっと自分がやってやろう!という選手が多く出てくれたらよかったけど、それがなかった」と中谷は当時を振り返る。その一方で、4年生にけが人が相次いだこともあり、「4年生の元気がない」と感じている下級生もいるようだった。

千明主将(左)に対して半澤黎人副将は時に注意を促すこともあったそうだが、半澤は「この1年で一番変わったのは千明」だと言う

全日本大学駅伝後のミーティングでは、そうしたチーム内の不安を払拭(ふっしょく)し、自分たちが何を目指しているのか、皆の思いをぶつけ合う場となった。その場をまとめたのは、「勝ちたい」という思いを涙ながらに訴えた千明の言葉だった。「千明はあまり感情を出すタイプではないので……。あれがチームを1つにするきっかけになり、動き出すきっかけにもなった」と中谷は言う。

けがで離脱していたメンバーもチームに合流し、箱根駅伝を前にして少しずつチームの状態も上がっている。相楽監督は「準備が万端というわけではありませんが」という前置きはあったものの、「今年のトラックシーズンも踏まえて非常に個性の強いチームになっていますので、その個性を生かして全員でコツコツ貯金を積み上げていくような戦い方をして、目標達成に向けてしっかり頑張りたい」と言い、全員の力で総合優勝を目指す。

伊藤、地元・長野で鍛えた足腰で5区を

けがが完治した千明は現在、負荷の高い練習も継続してできており、「20kmも問題なく走れる状態」だと言う。過去3大会に出場し、3区(区間10位)、4区(区間7位)、8区(区間5位)を経験してきたが、最後の箱根駅伝でイメージしているのは8区。後半から続く上りで自分の強みが生かせると考え、もし競り合いになったとしてもトラックシーズン中に培ったスピードを生かし、ラストスパートで勝ちきる。優勝をたぐり寄せる走りで、自身初となる区間賞を狙う。

上りが得意という意味で、千明は5区も見据えているが、ルーキーの伊藤大志(佐久長聖)も5区に向けて練習をしてきた選手だ。伊藤は「僕の持ち味を生かせるのがアップダウンがあるコースだなと考えていて、元々長野県駒ヶ根市出身ということもあり、他の人に比べてアップダウンへの苦手意識は少ないのかなと思ってます」と言う。駒ヶ根市内はアップダウンが多く、家の近所を走ろうとすれば自然とアップダウンの練習となる。また佐久長聖高校(長野)では峰の原高原クロスカントリーコースでの練習が多かったことも、伊藤の上りの強さを高めるきっかけとなった。

伊藤(右)と石塚はともにルーキーイヤーから出雲駅伝と全日本大学駅伝出場。両駅伝で結果を出した石塚を「チームメートとして頼もしい」と思う一方で、やっぱり負けたくない

伊藤は自身初となる箱根路を前にして、「総合優勝という目標に向かって走っていけば自分の結果もついてくると思うので、自分の結果よりもチームの結果を重視して走りたい」と言い切った。意識しているのは自分のタイムではなく、首位との差。「首位から2分以内なら総合優勝も見えてくるだろうし、その走りができればおのずとタイムや区間順位も上がってくると思います」。伊藤は5区に限らず、どこの区間でも行けるように準備をしているが、エース級の走りができる選手がそろっている今、「僕が5区を走った方が多分全体的にはうまく回るだろうな」という考えが個人的にはあるという。「僕がしっかり走ることが前提ですけど、僕が5区を走って、他の区間で楽をさせてあげたいです」

また伊藤にとっては佐久長聖の先輩である中谷の存在も大きい。中谷とは3つ違いのため同時期に佐久長聖で戦うことはできなかったが、中谷は進学先を決める際に相談に乗ってくれ、前回の箱根駅伝の直後には「来年は3大駅伝で勝ちにいきたいと思っているから」とメッセージを送ってくれたという。「あの時の中谷さんのメッセージが今の原動力になっています」。中谷たち4年生を笑顔で送り出すためにも、伊藤は箱根駅伝に向けて万全の準備を整えている。

中谷、レースをかき乱して区間賞を

その中谷は「エース区間で区間賞」を目標にしている。「チーム的には2区と言われるのかなと思うけど、僕的には1区の方が好きです」と1区を希望している。

中谷も千明同様、1年生の時から箱根駅伝を走り、1区(区間4位)、1区(区間6位)、3区(区間6位)と過去2回、1区を走っている。特に前回大会では1区の最初の1kmが3分33秒で、高速レースとなった前々回より48秒も遅いスローペースだった。「近年はレベルが高いのでゆっくりになってしまうんだろうけど、見ている人からすると、スローで最後に勝負というのはあまり面白くないだろうな。見ている人が楽しめるのは高速レースだと思う」と中谷。高速レースを経験しているアドバンテージを生かして序盤から積極的な走りでレースをかき乱し、優勝候補にプレッシャーをかけられればと狙っている。

中谷(後列中央)は最後の箱根駅伝に向けて「最終学年というのもそうだし、メンバーも充実しているので、ここで勝負しないともったいないな。チームでやれることをしっかりやって、勝負していこうと思っています」(4年生の同期とともに)

もし2区になった場合、狙うは区間賞とともに第71回大会(1995年)で渡辺康幸さんがマークした早稲田大学記録(1時間06分48秒)超え。前半にうまく流れを作って“省エネ”しながらリズムで押し切り、ラスト3kmからのアップダウンに備える。もし追う展開でスタートとなった場合、「先頭と30秒差だったらまだ前が見えるのかな。あと、極端に前との差が開いているよりも、ある一定の間隔にいる位置で来てくれたら走りやすいと思う」と言う。過去3回の箱根駅伝も今年の出雲駅伝と全日本大学駅伝も、中谷自身は「ちょっとパッとしなかった」と振り返る。だからこそ、最後の舞台ではインパクトのある走りを目指す。

相楽監督は1区間で大勝ちするような大エースはいなくても、それぞれの個性を生かし、全区間で小エース・中エースとなる走りをし、「早稲田らしい全員駅伝」を目指している。相楽監督が言う“全員駅伝”に選手たちも異存はない。ただ「大エースはいなくとも」という言葉に、「見てろよ」と中谷がこぼしたように、他の選手たちも同じ思いだっただろう。それを証明する舞台は、間もなくだ。

in Additionあわせて読みたい