陸上・駅伝

特集:第98回箱根駅伝

東洋大学は箱根駅伝総合4位 意地を見せた4年生と「1秒をけずりだせ」への原点回帰

3回目の5区を走った宮下。この1年多くの苦労をしてきた(撮影・佐伯航平)

第98回箱根駅伝

1月2・3日@東京・大手町~箱根・芦ノ湖間往復の217.1km
東洋大学
総合4位(往路9位、復路2位)

「往路優勝、総合3位以内」を目標に箱根駅伝に臨んだ東洋大学。往路は9位と苦しんだが、復路2位と意地を見せ、総合4位に食い込んだ。チームを支えていたのは「その1秒をけずりだせ」の東洋スピリッツと、4年生の意地だった。

2区松山「エースの自覚を持って」

出雲駅伝は3位だったが、全日本大学駅伝では10位とまさかのシード落ち。そこから選手たちが危機感をもってまとまり、酒井俊幸監督も「全日本の前とは別のチームぐらいの雰囲気が出てきた」と話していた。事前の合同取材では「思い切った布陣で往路優勝、そして総合3位」と掲げており、ルーキーながら出雲駅伝、全日本大学駅伝でともに区間賞を獲得した石田洸介(1年、東農大二)の区間配置も注目された。しかし当日変更でも、石田の名前はなかった。

1区と2区は昨年と同じく、児玉悠輔(3年、東北)と松山和希(2年、学法石川)が担当。1区では中央大学の吉居大和(2年、仙台育英)が6kmすぎで飛び出し、2位以下は大集団となった。16.5km付近で東海大学の市村朋樹(4年、埼玉栄)と関東学生連合の中山雄太(日本薬科大3年、花咲徳栄)がペースを上げると集団は縦長になり、児玉は集団からこぼれる。トップとは1分27秒離された12位で松山へと襷(たすき)をつないだ。

松山は昨年ルーキーながら2区を走り、1時間7分15秒の好記録で区間4位、日本人2位だった。今シーズンは前半に不調がありうまく練習が積めない時期や、両足の靴擦れなどもあり、大きく出遅れてしまった。全日本大学駅伝では調子が6割程度の中で出走し、7区区間13位と苦しんだ。「昨年の自分のタイムを超えること」「全日本で失敗してしまった借りを返すこと」を目標に走り出し、創価大学のフィリップ・ムルワ(3年、キテタボーイズ)を先頭とした5人の集団につき、前を追う。ムルワ、山梨学院大学のポール・オニエゴ(4年、モコンガ)がペースを上げて離れてからも松山は自分のペースを守り、トップと1分37秒差の8位で戸塚中継所へ。1時間7分02秒は区間5位、日本人2位だった。

エースの役割を「最低限果たせたかな」と話した松山(撮影・藤井みさ)

「最低限自分の目標は果たせたかな」とレース後に松山は話した。全日本が終わってから、酒井監督に「エースとしての自覚を持ってやっていこう」と改めて言葉をもらった。「どうしても弱い部分があったので、最後の1カ月を切り替えて練習できたことが結果につながったのかと思います」。昨年は15km付近、権太坂の手前で勝負をしかけて最後にきつくなってしまったため、今年は権太坂を落ち着いて通過、昨年きつかった18km以降で逆にあげようと意識し、その通りに走れたという。だが「あと2秒少しで(1時間)6分台が出たと思うと、最後の追い込みが足りないなと。70点ぐらいの走りだったかな」と自らの走りを評価した。

主将・宮下、苦しんだラストラン

3区、4区は耐えて5区の宮下隼人(4年、富士河口湖)で前に。酒井監督はそんなプランを描いていた。3区の佐藤真優(2年、東洋大牛久)は区間8位の堅実な走りで、順位を2つ上げて4区の木本大地(3年、東洋大牛久)へとつないだ。木本は9.5km付近で駒澤大学の花尾恭輔(2年、鎮西学院)の前に出るシーンがあったが、花尾に抜き返されると10km以降で失速。後ろから来た創価大学の嶋津雄大(4年、若葉総合)らに抜かれ、順位を12位に落としてしまった。

木本(右)の腕にも「その1秒をけずりだせ」の文字(撮影・北川直樹)

酒井監督は木本の起用について、「実績のない子でしたが、直近の調子がよく上りに適性があり、コース適性もあるかなと思い、勢いを優先して起用しました」。10kmまではプラン通りだったが、駒澤大に追いついて後ろから複数名の選手が来たところで「経験値のなさが露呈してしまったかなと思う」と話した。

宮下が襷を受け取った時点で、トップとは4分52秒の差がついていた。3年連続の5区となった宮下は、2年前に自らが作った区間記録(1時間10分25秒)の更新を目指して走り出した。しかし思うようにペースが上がらない。足がうまく回ってこない、動かない、重い感覚があり、焦りも感じた。だが「諦めるわけにはいかないし、耐えていけば何かあるかな」と必死に足を前に。

宮ノ下(9km付近)を過ぎてから体も動くような感覚になり、酒井監督からも「最後の箱根だから頑張ってこい」の言葉をもらい、踏ん張った。最後の箱根は区間8位、自らの記録より2分近く遅かった。実績だけでなく、人として成長させてもらった5区のコースへの感謝、支えてくれた人、すべてのことに感謝する気持ちで、走り終わった宮下はコースに対して一礼した。

あらゆる感謝の気持ちをこめて、宮下はゴール後にコースに対して一礼した(撮影・佐伯航平)

「往路優勝を決めてくるから、と伝えていたので、その役目が果たせず申し訳ない気持ちです。でも後ろを向いていてはいけないので、明日はチームを鼓舞していきたい」と主将としての発言。最後の5区について改めて問われると「苦しい場面も多くありました。往路9位で終わって、こんなこと言うのもなんだけど、楽しかった面もあったかな」と少し笑みを見せた。

蝦夷森から前田へ「たのむぞ」

復路には当日変更で9区に前田義弘(3年、東洋大牛久)、10区に清野太雅(3年、喜多方)が入り、石田の起用今回の箱根駅伝では見送りとなった。6区九嶋恵舜(2年、小林)は2年連続の山下りとなり、昨年の自らの記録を46秒更新。区間10位の堅実な走りで7区のルーキー梅崎蓮(1年、宇和島東)へ。梅崎は東海大の越陽汰(1年、佐久長聖)に抜かれ、法政大学の中園慎太朗(3年、八千代松陰)にも前に出られる。中園にぴったりとついて走りつづけると、19kmすぎで中園を離し、さらに國學院大學の木付琳(4年、大分東明)も抜き去り、9位で8区の蝦夷森章太(4年、愛知)へ。

蝦夷森は後ろからきた國學院大の石川航平(4年、日体大柏)を11kmすぎで振り切ると、前を追う。通過順位は9位と変わらないが、前の帝京大学とは4秒、東海大とは1秒とその差を着実に詰めた。前田に襷を渡すと「たのむぞ!」と大きな声をかけた。

蝦夷森(左)は笑顔で前田に襷リレー(撮影・松永早弥香)

蝦夷森は寮長の役目をもって、4年生のシーズンを過ごした。4年生で箱根メンバーに選ばれたのは、主将の宮下と蝦夷森だけ。「昨日(往路)はチームとしては目標通りとはいかなかったんだけど、宮下が意地の走りを見せてくれたので、つないでくれた襷を順位を上げて渡そうと思って冷静に走りました」。抜くことはできなかったが、前との差は縮まった。襷をつないだ前田は副将として、けがで離脱した宮下のかわりにチームを引っ張っていた時期も多かった。頼もしい後輩に感謝の気持ちを伝えたい、その意味での「たのむぞ」だったと話した。

「今までで一番走り込めた」という夏合宿を経て、スタミナを強化できた前田。3年連続の箱根路に、一つでも順位をあげようと力強い走りを見せる。東海大、帝京大、創価大を抜き、後ろから来た國學院大の平林清澄(1年、美方)に抜かれるも、前を行く東京国際大と1秒差の7位でアンカーの清野に襷がわたった。

清野は昨年もアンカーを走り、区間9位だったが、今年はそれを上回るペースで走っていく。東京国際大の野澤巧理(4年、白鴎大足利)と長く並走したが、20kmすぎで前に出て、ペースを落としていた中央大の井上大輝(4年、須磨学園)も捉える。駒澤大の青柿響(2年、聖望学園)にあわや、最後の直線でも追いつきそうになるがわずかに及ばず、駒澤大とは2秒差の4位でフィニッシュ。1時間8分50秒は区間2位、昨年の自身の記録よりも2分22秒も速かった。だが目標の「総合3位」にあと1歩で届かなかった悔しさか、清野は涙をぬぐうような場面もあった。

宮下(右)が清野(中央)を出迎えた。清野は思わず涙をぬぐう場面もあった(撮影・藤井みさ)

「1秒を削り出す」に原点回帰して

酒井監督はレース後、あと少しで3位でしたねと声をかけられて「3位になりたかったですね。最後もう1回スパートを溜めていたほうが……運営管理車が離れちゃって、最後(声かけで)つけなかったから」と少し残念そうな様子を見せた。そして優勝した青山学院大の走りを「規格外」と評し、「10000m28分30秒、(1km)2分50秒押し、それぐらいの走りを復路でもやっていかないと。それを10数人そろえていかなきゃいけないし、2区を走れるレベルを何人そろえられるかが、箱根を制することになるでしょうね」と高速化している駅伝について口にした。東洋大にもトラックで上を目指す選手がいることに触れ、「(速さの追求とロードの強さを)両立していきたいですね」と話す。

5区の宮下が自分の力を出しきれず、不完全燃焼に終わってしまったが、その分6区以降、復路の選手の奮起は大きかった。「特に8、9、10区と区間上位でまとめてくれました。あのへんは本当に計画通りの走りだったので。本人たちも自信を持ったし、他のメンバーも続きたいな、というぐらいの手応えがあったと思います」。まさに1秒をけずりだす走り。そう話を向けられると「6区以降、ラストスパートですごく粘ったんですよね。それが10区につながっていって、最後の3位まで2秒のところまで詰めていった。そういう姿勢が本当に出たなと。今年だいぶ苦心したチームだったんだけど、そういうときこそ原点回帰で、と思います」。「その1秒をけずりだせ」を掲げてから10年目。改めて原点に戻ることで、東洋大の底力が引き出されてきた。

「1秒を削り出す」東洋スピリッツは、これからもチームに息づいていく(撮影・藤井みさ)

今回、起用を見送った石田については「注目選手なだけに、中途半端な状態では出せないなと。彼に求めるレベルは(1km)3分押しではないので。まだ20kmを、高いパフォーマンスで出し切るのは(難しいかなと)。20kmはごまかしが効かないので」と、彼の将来を優先したことを明かした。

今シーズン、主将の宮下のけがから始まり、チーム全体が思うようにいかなかったことも多かった東洋大。シーズン締めくくりの箱根で、目標にはわずかに及ばずながら、確かな底力を見せた。宮下は卒業後は実業団・コニカミノルタに進み、マラソン日本代表を目指す。「未来の東洋大のランナーに、夢や希望を与える選手になりたいと思います」。鉄紺の襷は見えないところでもつながっていく。

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