東京ヴェルディベレーザ・植木理子、早大生との二足のわらじ乗り越え 世界の舞台へ
サッカー女子日本代表のエースになりつつある植木理子。2023女子ワールドカップ・アジア予選を兼ねた今冬のAFC女子アジアカップ2022ではチーム最多の5得点を挙げて、9大会連続となる本大会出場に大きく貢献した。昨年9月からスタートした女子プロサッカーのWEリーグでは、名門の日テレ・東京ヴェルディベレーザの得点源として活躍し、上位を走るチームを牽引(けんいん)している。いま勢いに乗る22歳は、二足のわらじを履いて上り詰めてきた。
練習後、そのまま早稲田大の卒業式へ
WEリーグ15節の大宮アルディージャVENTUS戦を翌日に控えた3月26日、植木は読売ランドの練習グラウンドをあとにすると、すぐにトレーニングウェアからフォーマルな服に着替え、高田馬場へ駆けつけた。早稲田大学の卒業式に出るためである。戸山キャンパスの早稲田アリーナで証書を手に取り、あらためて卒業したことを実感した。
「まさか、この私が早稲田に入学して卒業するとは思わなかったです。正直、高校生の頃は、自分が行ける大学ではないと思っていました」
中学校時代から日テレ・東京ヴェルディベレーザのアカデミー組織に所属し、サッカーのエリート街道を歩んできた。年代別日本代表でも活躍し、2016年U-17女子ワールドカップでは準優勝を経験。神奈川県立住吉高校時代からなでしこリーグ(当時の日本トップリーグ)に出場していたが、大学進学の希望はずっと持っていた。「将来のために学びたいことがあったんです」
近年、大学の入学試験は多様化しており、早稲田大もその一つだった。日テレ・メニーナ(高校年代のチーム)の寺谷真弓監督(当時)からトップアスリート入試を勧められ、スポーツ科学部に見事に合格。高校時代に女子サッカーで申し分のない競技実績を残したことが評価されたという。志望理由が具体的だったこともあるだろう。
「サッカー選手を引退した後は、女子サッカーをもっと広める活動していきたい。大学で勉強し、自分のできる選択肢を少しでも多く持っておきたいと思いました」
「チャンスをものに」貫いた選手と大学の両立
ただ、サッカー選手と大学生の両立は、生易しいものではなかった。1年次は毎朝、6時40分の列車に乗り込み、所沢キャンパスまで電車通学。チーム練習は主に夕方だったため、授業は3限まで。大学の教室で講義を受けて、その足で練習場に向かった。2年次からは東伏見キャンパスでの履修科目が増えたものの、授業を受けて練習をこなすリズムは変わらなかった。
体育会の部活動とはまた違う。当時は完全にプロ化されていなかったとはいえ、サッカーを中心に生活している女子選手たちが集う厳しい世界。結果を残さなければ、契約もなくなる。大学生であっても例外ではなかったが、勉学をおろそかにするつもりは一切なかった。
「正直、しんどくて授業を休みたくなった日はありましたが、大学を辞めようと思ったことは一度もなかったです。せっかく入学できたのだから、チャンスをものにしないともったいないなって。絶対に無駄な時間にはしないという気持ちを持っていました」
自らで選択したスポーツビジネスコースでは、第三者の視点でプロスポーツの興行がいかにして成り立っているかを学んだ。知らないことばかりで必死に吸収した。
「選手の立場なので、気が付かないことも多いです。一歩引いて外からスポーツの試合を見ることは大事だと思いました。1試合をつくるためにどれくらいの人が動き、どれくらいのお金がかかるのか、いままではまったく分かっていなかったです」
卒業論文のテーマは「観客特性からWEリーグの今後を考える」
最終学年で取り組んだ卒業論文のテーマは「なでしこリーグとWEリーグの観客の特性の違いからWEリーグの今後を考える」。夏休みからアンケートなどの準備を進め、昨年9月からの開幕5試合でサンプルを収集。自らで調べたデータをもとに考察し、論文を執筆した。プロリーグ発足1年目でのタイミングで調査することにも意義があった。アンケートの結果からは新たな気付きもあった。
「WEリーグが開幕したときは世間でも話題になっていると思っていたのですが、盛り上がっていたのは、もともと女子サッカーを知っている人たちばかりでした。実際、女子サッカーの輪の外に出てしまえば、なでしこリーグ(前身)もWEリーグも見え方はあまり変わっていないと思います」
WEリーグは当初、1試合平均5000人の集客を目標にしていたが、人気チームの日テレ・東京ヴェルディベレーザでもいまだ5000人に届いた試合はない(4月3日・16節終了時点)。植木は現状に危機感を感じており、女子サッカーの認知度を上げるために考えをめぐらせている。「レジャー感覚でスタジアムに足を運ぶ人を増やしていきたいです。これからは既存のファン層以外に目を向けてもらえるような仕掛けや工夫ができれば、と思います」
SNSで漫画の話をするわけ
選手個人によるSNSの発信はその一つ。植木はクラブ公式以外に趣味の漫画を紹介するアカウントを設けている。以前はサッカーとは関係のない話を露出することは避けていたものの、現在は積極的に発信している。
「マイナスにはならないと思います。少し大げさかもしれないですが、漫画好きとサッカー好きをつなぎたいなって。漫画をきっかけにサッカーを知ってもらえることだってありますから」
植木の漫画熱は相当なもの。Instagramで紹介している作品のジャンルは幅広い。アニメ化された人気どころではファンタジー系の「約束のネバーランド」、グルメ系の「食戟のソーマ」、スポーツ系の「GIANT KILLING」などなど。1作品ごとに丁寧かつ簡潔な説明文が添えられている。誰かの受け売りではない。植木の言葉でしっかりつづられている。自宅の本棚には1000冊近くのコレクションがあり、ネタが尽きることはないようだ。もちろん、プロサッカー選手としての本分は胸に留めている。
「勝負の世界は、勝ち負けが大事。勝てば、一番注目されます。ワールドカップ予選を兼ねたアジアカップでも、準決勝で負けずに優勝して出場権を取っていれば、もっと多くの人たちに認知されたかもしれないです。選手としては、結果にこだわりたい。何かのきっかけでスタジアム、映像で試合を見たもらったときに、面白くなければ、また次も見たいと思わないですよね。初めて見た人にも『面白かったね』と言われるような試合をしないといけません」
W杯初優勝、あの熱狂をもう一度
植木には忘れられない原風景があるのだ。小学生の頃は男子の中に混じって、ボールを追いかけていた。クラスメートの女子にサッカー仲間は皆無。ピッチに女子一人の日常が変わったのは6年生の夏だった。2011年女子ワールドカップでなでしこジャパンが初優勝を成し遂げ、列島でフィーバーが起きると、小学校でも異変が起きた。「私もサッカーしたい」という女子がいきなり10人くらい押しかけ、急きょ女子チームが編成された。学内で練習試合まで実現したという。「もううれしくて、うれしくて。今でもずっと2011年の記憶は残っています」
日本女子サッカーにあの熱狂をもう一度――。植木のワールドカップに懸ける思いは強い。ケガで辞退した前回大会の悔しさも頭から消えていない。次こそは世界の大舞台で“なでしこの花”を咲かせることを誓う。