アメフト

桜美林大学QB水越直、退学し本場アメリカへ 「自分を一番成長させるチャレンジ」

走りながら投げる、パスを決めるスキルが高い(本人提供以外は撮影・すべて北川直樹)

桜美林大学で昨年まで活躍したQB水越直(なお、横浜)が、米国のジュニアカレッジ(短大)に編入するために渡米する。水越は3月に桜美林大を退学し、本場でアメフトに向き合う決意をした。エースQBとして、2年間チームを指揮してきた水越の決意、フットボーラーとしてのビジョンについて話してもらった。

大学デビューは彗星のごとく

春シーズンを前にして、水越が大学を辞めたという話を耳にした。これまで2年間水越のプレーをサイドラインから撮り、会話をしてきた身として大きな衝撃を受けた。本人に連絡をとると、米国のカレッジフットボールにチャレンジするためという。水越の心の中心にアメフトがあることを知って、素直に安堵(あんど)と喜びを感じた。

敵のラッシュをかわしながら走る能力が水越の持ち味だ

米NFLデンバー・ブロンコスのファンである父、紀之さん(49)の影響を受け横浜高校でアメフトを始めた。素質がありながら無名選手のひとりだった水越は、桜美林大入学後間もなくして才能を開花させる。高校の3年先輩でもある野地健太らのサポートを受け、夏前には「お前が一本目じゃないか」と言われるほどに急成長、秋のリーグ戦で彗星(すいせい)のごとくデビューを果たす。新型コロナウイルスの影響で春のオープン戦がなく、ぶっつけ本番の登場だったことも存在感が際立つ要因だった。

桜美林大学のカギを握る新人QB水越直、TOP8にスリーネイルズクラウンズ旋風

初戦の早稲田大学戦から先発し、試合には惜敗したが前年の東日本王者を苦しめた。続く明治大学、立教大学に勝利を上げた(ともに創部初)。関東地区の決勝として行われた日本大学との試合でもパスで先制TDを決め、1年生とは思えない堂々たるプレーでチームを引っ張った。試合には負けて甲子園ボウル出場はならなかったが、水越は桜美林大の躍進を象徴する存在として異彩を放っていた。

伸び悩み、出した結論は「シンプルに」

しかし、2年に上がると伸び悩む。先輩の野地は卒業し、QBの最上級生に。「1年のときはよくわからないからこそ思い切りやれてた部分がありました」と水越。守備のカバーや仕組みの理解が進むにつれて相手を見すぎてしまい、思い切りが鈍り判断が遅くなった。加えて、高校日本一の実績を引っ提げて入ってきた後輩の近田力(こんた・りき、現2年、佼成学園)が台頭し、併用となって出番も減った。

1学年下の近田(右)とは「試合のあとうちでレビューをして、よく風呂屋にも行きました」

はじめにアメリカ行きを考え始めたのは、そんな秋シーズンの最中だった。当時、オフェンスコーディネーターだった富永一コーチに相談すると「俺がお前をもっと成長させるから、まだ待て」と言われた。水越自身も、チームでエースと認められるレベルにいくまでは今の環境で頑張ろうと考えた。

焦らずアメフトと自分自身に向き合い、すべてをシンプルに考えるよう腹をくくった。そしてシーズン終盤には再びエースに。普段から綿密なコミュニケーションをとり、富永コーチがデザインしたRPO(ランかパスかを守備を見て決めるプレー)の精度を高めた。秋の最終戦、アサイメント上は投げてはいけないパスを守備を見て自分の判断で投げ、通した。「お前、良くやったな!」。原則に縛られずに結果を出したプレーを富永コーチは褒めてくれた。水越にとっての一番の思い出だ。

年末に決断「失うものない」

年末を前にして体制面の動きがあった。QBコーチを兼務していた関口順久監督と、富永コーチがチームを離れることになった。アメリカに挑戦するタイミングは今かもしれないと感じた。富永コーチからは「お前はエースになったし、チャレンジしてみたらどうだ」と背中を押された。関口監督はアリゾナ州立大出身ということもあって「こっちの当たり前と向こうの当たり前とは全然違う。困ったら連絡してこい」と発破をかけてくれた。

ともに桜美林オフェンスをつくってきた富永コーチ(右)とは、強い信頼関係があった(本人提供)

自分にやれるのかやれないのか、頭で考えていても物事は進まない。すぐにシーズンのプレーをまとめたハイライトビデオをつくった。父・紀之さんと母・聡子さん(51)がコロラド州のジュニアカレッジ出身だったこともあり、家族の理解は早かった。「相手にされないかもしれないし、とにかく連絡だけしてみることにしよう。ダメでも失うものはないって」。水越は当時の気持ちをこう振り返る。

桜美林大の先輩で留学経験のある林風之慎さん(Mary, Star of the Sea School、22卒)、彼と高校の同級で卒業後にロングビーチシティカレッジに進んでプレーした毛利元紀さんが相談に乗ってくれて、本場の事情と情報を親身に教えてくれた。アドバイスをふまえて2月に入り約10校にメールでビデオを送ったが、返事はなかった。

「相手にされない」と諦めかけたが、オレンジコーストカレッジ(OCC)のQBコーチから前向きな返事が来た。水越は、得意なプレーとアピールしたRPO、走るスタイルが評価されたされたのではないかと話す。本来ならエージェントをつけて行う手続きは、父が全面的にサポートしてくれた。渡米後はまず語学学校に通い、編入に必要な基準をクリアする必要がある。これをパスすればすぐにOCCに入れる準備が整っているという。

「難しい、でも可能性があるのなら」

水越が掲げている目標は、自分の体が持つかぎりフットボールを続けることだ。上を目指す過程で、アメリカの四年制大学に編入できるのか、それとも日本に帰国するのかはわからない。ただ、「アメリカでプレーするなら、学生のうちに」と、いまアメリカでチャレンジすることが自分を一番成長させることができると考えている。「(アメリカで)日本人がQBで活躍するのは前例がないことですし、めちゃくちゃ難しいとわかってます。でも少しでも可能性があるならそこに向かいたいんです」

水越の口から出る言葉は控えめだが、節々に気持ちの強さが表れている。「アメリカといったら強豪のUSC(南カリフォルニア大)やUCLA(カリフォルニア大ロサンゼルス校)を目指せっていう人もいますが、そんな簡単に言うなって思いますね(笑)。でも、NCAA(全米大学体育協会)加盟の大学を目指したい気持ちは当然あります」。大口はたたかないが、決してはなから諦めているわけではない。

自分の体が持つかぎりフットボールを続けることが目標だ

憧れのNFL選手はティム・ティーボウ(元QB、2021年はTEとしてジャクソンビル・ジャガーズに所属)。「自分と同じ左利きでよく走る。気が強くて頭から相手に突っ込む。パス成功率はNFLの中だと低いですが、それでも勝つ。ティーボウのそんなスタイルが好きです」。高校の頃からコーチに言われてきたことがある。それは「試合が終わった時にチームを勝たせているQBが、良いQB」ということ。「僕はアメリカ人に比べれば、当然長いパスの精度は劣る。でも、短いパスを刻みながら攻撃をマネジメントすることはできると思います」。生き生きと言う。

桜美林大主将の奥田泰輝(4年、埼玉栄)をはじめチームメートは、「お前に負けないように頑張る」と気持ちよく送り出してくれた。だからこそ水越は「簡単に帰ってきたり、成長せずに帰ってくることはご法度だ」と話す。できることを全力でやりきる。何かをつかむ、泥臭くアピールしてアメリカでやっていく。試合に出られる出られないではなく、自分が精いっぱい努力しもがくことで、人間として成長することはできると考えている。

「桜美林のみんなにも、2年間一緒にやらせてもらった富永さんにも、成長した自分の姿を見せたい」。5月末、水越は感謝と成長の覚悟を胸に日本を飛び立つ。

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