和歌山大学「ノーサイン野球」の神髄 作戦は選手で練り「指示待ちにしない」
第71回全日本大学野球選手権大会、1回戦
6月6日@東京ドーム
近畿大学 4-2 和歌山大学
「善戦」に満足していなかった。
第71回全日本大学野球選手権に2大会連続で出場した和歌山大学。「ノーサイン野球」を掲げ、昨年は九州産業大学に勝ち、優勝した慶應義塾大学と接戦を繰り広げた。今年は1回戦で近畿大学と対戦し、2-4で逆転負けしたが、強豪を苦しめた。主将の金谷温宜(かねたに・はるき、4年、創志学園)は「勝てた試合だった。自分たちの力の半分も出せていない」と悔しがった。
力はない分、高い「勝負勘」
金谷は2018年の第100回全国高校野球選手権記念大会に出場し、甲子園球場の土を踏んでいる。1学年下の2年生、西純矢(現阪神タイガース)がエースだった。
とはいえ和歌山大には、プロ野球から注目されるような選手もいない。練習グラウンドはアメリカンフットボール部と共用。環境に恵まれているとはいえない国立大学がなぜ、ここまで戦えるのか。この日の試合に、答えの一端があった。
和歌山大の打者は、ほとんど初球を打たない。カウント2ボールや3-1といった打者有利のカウントでも、1球待つ。第1ストライクから積極的に振る近大打線とは対照的だった。
三回まで無安打だったが、バントの構えで投手を揺さぶるなど、3四死球を得て相手投手に48球を投げさせた。
それが1点を追う四回に生きた。安打や死球などで2死満塁と攻め、9番松田遼太(2年、履正社)が左中間に一時は逆転となる2点二塁打を放った。六回に逆転3ランを浴びて敗れたが、見事な攻撃だった。
「スピードやパワーでは勝てないので、走塁や細かいことで相手を崩す。それが自分たちの野球です」と金谷は言う。大原弘監督も「力はないけど勝負勘に長(た)けている。出塁率が高いとか大量失点しないとか」と説明する。
実戦練習中に、重ねたミーティング
6校で争った春の近畿学生1部リーグ戦。和歌山大は優勝したにもかかわらず、リーグ全体の中で最も打率が高かった選手は、7位の金谷だった。粘って何とか出塁していく姿勢が身についている。たとえば4月25日の大阪観光大戦は、3投手を相手に9イニングで計210球を投げさせている。
和歌山大の代名詞となったノーサイン野球だが、好き勝手に打つという意味ではない。選手たちがあらかじめ話し合って作戦を選んでいる。
ある日の実戦練習。一回1死一、三塁でヒットエンドランを試みた。だが打者は空振りし、二盗失敗となった。ここでプレーを止めて全員がマウンドに集まった。ミーティングだ。
「なぜスクイズを選ばなかったのか」
「バントに自信がなかった」
「打つのはいいが、なぜ空振りしたか」
「右狙いを意識して、ヘッドが下がってしまった」
「走者がスタートを切っているのだから、窮屈に右狙いをしなくてもいいんじゃないか」
こんな具合に話し合い、互いの意思を確認する。1球1球、ベンチのサインで動くのではない。「指示待ち族にならず、自主性が身につく。これが教育だと思うんです」。大原監督はうなずく。
昨年の断水では自衛隊と給水作業も
地域に根付いた国立大学として、地元への貢献もめざしている。選手たちは、高校野球の和歌山大会では、ボランティアでグラウンド整備や消毒係をする。時には塁審も務める。
昨年10月に起きた和歌山市内の水道橋の崩落による断水の際には、自衛隊と一緒に給水作業を手伝った。金谷は「国立大で資金もない中、物心両面で支援してくれる方がいる。野球をやらせてもらっている。地域で困難なことがあれば、少しでも形で恩返ししたい」と話す。
この日の敗戦後、金谷は言った。「自分たちの野球が少しは通用することがわかった。あとは強い気持ちを持って、いかに成功させていくか」。精度を高め、秋にもう一度、この舞台に戻ってくるつもりだ。