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連載:監督として生きる

勝ち点2の躍進、原点は選手と約束した「当たり前」 京都大学・近田怜王監督(上)

就任最初のシーズンで、勝ち点2を挙げた京都大学の近田怜王監督(すべて撮影・朝日新聞社)

兵庫・報徳学園高校で投手として甲子園に3回出場し、プロ野球の福岡ソフトバンクホークスで4年間プレーした近田怜王(れお)さん。コーチ、助監督を経て昨年11月、京都大学野球部の監督に就いた。戦力外通告を受けて社会人野球に転じ、引退後は駅員として働いたことも。32歳の新監督が率いるチームは早速、関西学生野球の春季リーグ戦で勝ち点2を挙げ、終盤まで優勝争いに絡んだ。

「選手は戦うごとに強くなっている」

5月10日、立命館大学との3回戦。試合後の近田監督は、会心の笑みを浮かべて振り返った。「まだ優勝の可能性が残っている試合で、僕が一番緊張していたかも。選手は戦うごとに強くなっている」

同点の九回に青木悠真(3年、四日市)の二塁打でサヨナラ勝ちを決めると、ベンチはお祭り騒ぎに包まれた。京大は開幕第1週の関西大学戦に2勝1敗で勝ち越し、実に40年ぶりに関大から勝ち点を挙げると、立命大にも2勝1敗で20年ぶりの勝ち点奪取。リーグに旋風を巻き起こした。

関大戦は3試合で10盗塁と走りまくった。学生コーチの三原大知(4年、灘)ら、部のアナリストを中心に、相手投手の癖や配球を研究した成果だ。3回戦では正捕手の愛澤祐亮(4年、宇都宮)を先発投手に立てる奇策もはまった。

三塁側ベンチの一番外野寄りで試合を見つめる

自ら投げて「投手目線」で打者を評価

立命大戦は、相手投手の速球に振り負けなかった。練習では元プロの近田監督が打撃投手を務める。選手たちは、監督がマウンドの手前から投げ込む130キロ台後半の速球を打ち込んできた。

青木は「変化球もミックスで伸びのある球を投げてくれるのでありがたい。近田さんの球が打てれば自信が持てます」という。近田監督自身も「練習で後ろから見るより、自分が投げて投手目線で見る方が評価しやすい」と語る。

それにしても、1982年の新リーグ発足後、京大の最高成績は2019年秋の4位。なのに、監督はもちろん、選手たちも堂々と「優勝が目標」と口にする。これが近田イズムだろう。昨秋、就任して最初のミーティングで「優勝」を掲げた。

「やっぱり優勝という言葉を口に出すと、本気度が高まる。勝負事は勝たないといけない。今まで僕が取り組んできた野球がそうだった。京大といえども1番をめざそうと。リーグ優勝して神宮へ行こうといいました」

近田監督(右端)はときにメモを取りながら、指揮を執る

勝てば「文武両道」が当たり前の世の中に

近田監督によると、京大の勝利には、大きな影響力があるという。

「目先のことで言えば、メディアにとりあげられる。みんな、注目されるのはうれしいよねと。大きな視点で言えば、京大が勝てば文武両道が当たり前の世の中になっていく。野球界、日本にとってもいいこと。それを体現していくのが君らだよ、と言いました」

もう一つ、選手と約束したのは基本的なことだった。

「あいさつをする。忘れ物をしない。練習に無断遅刻、無断欠席をしない。そういう選手は使わないよと言いました」

当たり前のことだが、できていなかったという。「結局、忘れ物をするというのは準備ができていないということ。余裕のなさが隙を作り、野球にもつながるんです」

近田監督自身、京大のOBではなかったからこそ、強調したかったことだ。

高校卒業後は、プロ野球の世界に飛び込んだ

「頭が良ければそれでいいのか。忘れ物をしても、あいさつができなくてもいいのかと思っていたんです。団体競技をしている以上は、他人に迷惑をかけてはいけない」

結局、大切にしているのは選手とのコミュニケーションだ。その根底には、プロで戦力外通告を受けた後、JRでのサラリーマン生活があった。

JR三ノ宮駅で培った「コミュ力」を指導に生かす 京都大学・近田怜王監督(下)

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