ラグビー

連載:監督として生きる

コツコツ努力、学生スポーツで味わう感動の1ページ 帝京大学・岩出雅之監督2

勇退する帝京大学の岩出雅之監督。大学選手権の京都産業大学戦が復活への一つの鍵となった(撮影・斉藤健仁)

帝京大学ラグビー部を26年間の指導で10度の大学日本一へ導いた岩出雅之監督(64)。今季限りで勇退する指揮官の連載2回目は、4年ぶりに復活した2021年度のシーズンを振り返ります。

26年間で10度の大学日本一、有終の美飾った王者の哲学 帝京大学・岩出雅之監督1

まず対抗戦で3年ぶりのV

昨年9月、いよいよ秋の公式戦に突入した。帝京大は関東大学ラグビー対抗戦の初戦の筑波大戦から17-7とやや苦しんだが、10月からはOBでパナソニック(現・埼玉) のトップリーグ最後の優勝などに貢献した元日本代表PR(プロップ)相馬朋和氏もコーチに加わって、徐々にチーム力を上げていく。そして過去2年間、対抗戦で負けていた早慶明の伝統校すべてに競り勝ち7戦全勝で、対抗戦で3年ぶり10度目となる優勝を果たした。

細木主将(前列中央)は欠場したが対抗戦で10度目の優勝。最後列左から2人目の帽子姿が相馬コーチ(撮影・斉藤健仁)

「春の明治大戦、夏の早稲田大戦、そして対抗戦の早慶明戦はチームをたくましくしてくれました。アウェア(気づき、理解)してコネクトしてプレーをするという言葉をよく話すんですが、言葉だけではない実際の体験から実感し、階段を上らせてもらいました。対抗戦の優勝は僕が思うより選手は喜んでいて、涙している選手もいました。努力が報われて成果を出ることはすごくいいことだと思いましたね」(岩出監督)

天の恵みだった京都産業大戦

12月、第1シードを得て第58回全国大学選手権を迎えた。初戦となった準々決勝で同志社大学(関西大学Aリーグ4位)に76-24と快勝した。そして岩出監督が「申し訳ないですが、優勝するためにキーポイントになった」とキッパリ断言した試合は、やはり準決勝、逆転勝利した京都産業大学戦(同1位)だった。

初めての新国立競技場での試合で、気合は入っていたが、魂から出てくるものではなかった。関西リーグ戦での同志社大との結果を無意識に計算したり、決勝に出たいからケガをしたくないと思った選手がいたりしたかもしれない。経験豊富な岩出監督は、その試合はケガの影響でリザーブだった細木主将が、グラウンドに出る直前に選手たちに「楽しもう!」と声をかけている姿を見て、“ぬるさ”を感じたという。

「僕もよく楽しむという言葉を使いますが、ぬるい時に使うとよりぬるくなってしまうぞ。細木に、今日は危険そうだなと話して、もし前半悪かったら後半、みんなをビシッとまとめろよと言いましたね」(岩出監督)

京産大のタックル、ブレイクダウン、ランで縦に激しく当たってくるラグビーの前に案の定、前半は後手を踏んでしまい10-23でハーフタイムを迎えた。「心に隙が出るとタックルは甘くなってしまう。グーに対してぬるいチョキ出してボギってやられるみたいな感じでした」(岩出監督)

京産大の勢いにセカンドジャージーの帝京大は苦しんだ(撮影・関田航)

後半は気合いを入れ直して試合に臨んだ。さらに後半20分からは岩出監督が細木主将を投入すると一気に流れが変わり、相手の武器であるはずのスクラムで圧倒し37-30で逆転勝利を収めた。

「いい勉強になりましたね。天の恵みかなと思えるような、勝利の女神からのプレゼントのような試合でした。本当に決勝戦に向けて何も言う必要がなくなったかな。1週間後だったので、気合いがもう自然と湧き出るように、決勝に向かっていけると感じたし実際にそうでしたね」(岩出監督)

無名の4年生と英才教育

1月9日、明治大学(関東対抗戦2位)との決勝、深紅のジャージーを着たフィフティーンは攻守ともに紫紺のジャージーを圧倒した。27-14だったが、点差以上の内容だった。「一人ひとりの判断がかみ合うようにするために、前を見て状況判断してみんなが繋(つな)がらないといけないですが、最後の決勝は、まさに15人の選手がアウェアしてコネクトしてプレーしていた。アタックでもディフェンスでも、それが出ていました」(岩出監督)

特に決勝では細木主将だけでなく、高校時代は無名で、今季になってレギュラーとなった4年生のCTB(センター)志和池豊馬(日向)と決勝で「ハットトリック」の3トライを挙げたWTB(ウィング)白國亮大(摂津)の2人の活躍が目を引いた。

大学選手権準決勝で志和池(13)はトライを挙げた白國を祝福する(撮影・西畑志朗)

岩出監督は「指導者として嬉(うれ)しいですよね。コツコツ努力して花開くっていうのは学生スポーツの中で味わえる素晴らしい感動の1ページの一つだと思います。彼らの頑張りを、一番、後輩たちに見てほしいですね。努力がない人間にチャンスはないですからね。彼らは一番、動いていましたしよく頑張りました」と2人を称えた。

その一方で、昨シーズン、鳴り物入りで大阪桐蔭高から入ってきたHO(フッカー)江良颯、No.8奥井章仁を起用し続けて、2年生になった今季、特に決勝で2人は出色の出来を見せた。そして決勝ではLO(ロック)本橋拓馬(京都成章)、FL(フランカー)青木恵斗(桐蔭学園)、SH(スクラムハーフ)李錦寿(大阪朝鮮)の3人の1年生が先発。努力を続けた選手にしっかり目をやるだけでなく、名将は将来のリーダー陣も育成する手腕に長(た)けている。

「1年生は遊ばせているだけですけどね。決勝戦でもノーサイドの瞬間に1年生、3人とも立たせました。攻防の一瞬、一瞬といったプレーだけでなく、あの空間、ロッカールームなどを経験し、今は感動だけで言語化できないと思いますが、上級生になって言語化しないといけない年齢や立場になったとき、必ず、その経験したものが活(い)きてくる。僕が指導するのではなく、彼らが伝えていく。とても大事なポイントだと思います」(岩出監督)

こうして帝京大はV字回復を達成し、4大会ぶり10度目の頂点に輝いた。

「負けて卒業した4年生のおかげ」

岩出監督は「10回優勝させていただいて、個人的にいろんな思いがあります。自分自身はドライに感じていたが、細木の涙を見たとき、グッときてしまいました。いいキャプテンに恵まれて選手たちが頑張った。連覇して止まり、そこから上がってくることは正直、簡単ではありませんでした。今季のチームも急にこう(強く)なったわけではない。この2年間の踏ん張りと負けて卒業した4年生のおかげもあるのではないかな」としみじみと話した。

この試合を最後に指揮官として最後を迎えた名将は「『正しい方向に向かっていく』ことを実践するには、しっかり前を見ないといけない。暗闇だったらやっぱり不安になりますが、今季はまず健全に、安全にラグビーすることを心がけて、決勝戦の国立競技場の空のように太陽の光が当っていたからこそどんどん進むことができ、選手たちが成長してくれた」という言葉で締めくくった。

【続きはこちら】20年後の未来を見据え、指導も退任の決断も

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